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競馬・日本ダービー&地球温暖化対策

本題に入る前にブログ『「熱意ある社員」6%のみ 日本132位、米ギャラップ調査&「恋愛観」 』に”15いいね”ありがとうございます。

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毎回、記していますが、僕は馬券は買いません。


なので、僕にとって競馬はギャンブルではなく、スポーツというカテゴリーに入ります。


僕はパチンコとかもしませんし、ギャンブルは僕にとって遠いものであり、その魅力が分かりません。

 

1着はレイデオロが1馬身差で優勝です。


あのね、…今年の3歳馬は、特に強い馬がいないので、見ていて面白くありません。


やはり、4、5馬身差をつけて1着になってくれないとね。

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地球温暖化対策がG7で話し合われた。


これは本当に重要な課題。


もうオゾン層を壊してしまった人間達に、いつかは終わる地球が迫ってきている。


それはそれは気の遠くなる、長い長い時間の経過の後だけれどもね。


地球温暖化対策が難しいのは、人口14億の中国、人口13億のインド、人口約3億のブラジル。


これらの新興国が問題。


この3ヵ国の人口でエアコンが使われるだけで、益々、地球温暖化は進む。


しかし、最初に地球汚染をしたのは、産業革命をしたイギリス(およびヨーロッパの大国)、アメリカ、日本である。


なので、中国、インド、ブラジルに対して規制を求めるのは筋から外れているし、批評する資格もない。


年々、地球の気温は上がっている。 確実に。


日本は、僕の地元、横浜で、5月の最高気温は28度。


真夏には猛暑どころではないでしょう。


熱中症で死亡する人々も益々増えるだろう。


残暑も厳しくなること必須です。

 

もっともっとロングスパンで見れば、地球は確実に滅びる。


もちろん地球だけではない。


恒星(太陽)の終わりで人類も滅亡する。


太陽の寿命は100憶年と言われています。


太陽は誕生してから45億年が経過しているので、寿命は長くてあと55億年です。


太陽の終わりは、膨張し(続け)大爆発を伴います。


あとは太陽の核だけが残り、それもいつかは燃え尽きて無くなってしまいます。


これが太陽の終わりです。

 

また、氷期が4万年から10万年の周期でやってくる。


過去地球上では、少なくとも4回の大氷河期があった。


それぞれの氷河期と氷河期の間には数百万年続く温暖な期間がいくつかある。


なのでロングスパンとショートスパンの間に「氷河期」があるという事です。


なので、ここでは緑が残る地域では、人類は生き残るが、人類が築いた文明は崩壊する。


そうと分かっていても、人間が生きるエネルギーを持つのは、滅亡が気の遠くなるほどの未来だからである。


ようは、自分とは関係がないという事。


ショートスパンで見れば、公害に悩まされた、イギリス、アメリカ、日本が新興国に公害を低減させる技術を与えることです。


今年の夏の気温、東京や横浜でも40度を超えるのでは?

「熱意ある社員」6%のみ 日本132位、米ギャラップ調査&「恋愛観」

<本題の前に『思想家の西部邁 「ナショナリズムの仁・義」を読んで』。に”41いいね”ありがとうございます。>

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2017/5/26 0:29

世論調査や人材コンサルティングを手掛ける米ギャラップが世界各国の企業を対象に実施した従業員のエンゲージメント(仕事への熱意度)調査によると、日本は「熱意あふれる社員」の割合が6%しかないことが分かった。米国の32%と比べて大幅に低く、調査した139カ国中132位と最下位クラスだった。

企業内に諸問題を生む「周囲に不満をまき散らしている無気力な社員」の割合は24%、「やる気のない社員」は70%に達した。

かつて「会社人間」と言われた日本の会社員は勤務先への帰属意識を徐々に無くしてきた。それでも仕事への熱意がなぜここまで低下したのか。どうすれば改善するのか。来日したギャラップのジム・クリフトン会長兼最高経営責任者(CEO)に聞いた。

 ――日本ではなぜこれほど「熱意あふれる社員」の割合が低いのですか。

 「日本は1960~80年代に非常によい経営をしていた。コマンド&コントロール(指令と管理)という手法で他の国もこれを模倣していた。問題は(1980~2000年ごろに生まれた)ミレニアル世代が求めていることが全く違うことだ。ミレニアル世代は自分の成長に非常に重きを置いている」

 「それ以上に問題なのは『不満をまき散らしている無気力な社員』の割合が24%と高いこと。彼らは社員として価値が低いだけでなく周りに悪影響を及ぼす。事故や製品の欠陥、顧客の喪失など会社にとって何か問題が起きる場合、多くはそういう人が関与している」

 ――どうすれば改善しますか。

 「主な原因は上司にある。上司の言ったことを、口答えせずに確実にやれば成功するというのが従来のやり方だった。このマインドセットを変えないといけない。上司と部下が一緒になってどう結果を出すか、部下をどうやって成長させていくかを考えることが上司の仕事になる」

 「それには部下の強みが何かを上司が理解することだ。これまでは弱みを改善することに集中するのが上司の仕事だったが、得意でないことが強みに変わることはない。無気力な社員の半数は自分に合っていない仕事に就いている。合った仕事に変えるだけで無気力な社員を半分に減らせる」

 ――米国でマインドセットが変わったのはいつごろですか。

 「15年ほど前に動きが始まった。それまでは大手テレビ局も3つ、自動車メーカーも3つ、航空会社も3つと、どの業界も寡占で安定していた。自由化が進んで厳しい状況に追い込まれ、強みを伸ばすことに注力したことで、米国では『熱意あふれる社員』の割合が高まり生産性も上がった。強みを伸ばし熱意ある社員を増やせば業績向上につながることは当社の顧客の事例から証明されている」

 ――日本企業も変われますか。

 「日本企業は今、厳しい状況にある。私は過去20年で10回訪日した。当初は日本のリーダーはマインドセットの変革に興味を示さなかったが、今回来日した際の興味の高さに驚いた。生産性を高めることに対する危機感が強い。大きな変革は困った状況にならないと起きないという点で、今は逆にチャンスだ」

 

 


うん。

まずね、世論調査ほど当てにならないものはない。

30人にアンケート調査をしたのか、1万人にアンケート調査をしたのかが、まず分からない。


「日本は「熱意あふれる社員」の割合が調査した139カ国中132位と最下位クラスだった。」

ほんまかいな、って僕は思うけどね。


ちなみに僕は、やりたかった職種につけています。


タブレットやノートPCの修理です。


(子供の頃、プラモデルが大好きだったので。)


本当に直すのは大変だけど、…直った時の達成感があります。


そして、外資系なのでね。


かなり日本の企業とは体質が違います。


製造課や総務課は定時でアガれますが、僕達リペア課はほぼ毎日残業です。


でも、なんの不満もありません。


僕は、この記事、ちょっと信じられませんねぇ~~


基本的にマスメディアを信じていません。


彼等は、世論を煽りたいだけ(いつも)。


安倍首相が「憲法改正」を表明したでしょ。


ま、あくまで自民党総裁としてだけども。


この世論調査、…反対の方が多かったのが、朝日新聞毎日新聞です。


賛成の方が多かったのが、読売新聞、産経新聞です。


左と右で、こうまで違う。

 

何よりも、米ギャラップのCEOに、色々聞いているのが情けないなぁ~~って思いますね。


この世論調査が本当なら、まず、マスメディアに関わる人間が考えないといけない。


考える前に、もう聞いてしまっている。


思想家の西部さんがよく言うように(著書で)、マスメディアは幼稚です。


だから相手にしない方がいいんです。


新聞を読んで、賢くなれますか?


国民側にも、もちろん責任重大なことです(記事が本当なら)。


責任をもって叱れる上司が少なくなったんじゃないでしょうか。


これは、学校でも同じ現象だと思います。


親も子を叱れない。


教師も上司も叱れない。


じゃぁ、誰が叱るんですか???


子供達にナメられているんですよ、今の大人達は。


僕も大人の一員ですが、まだ叱る立場にありません。


なんかねぇ・・・いつ頃からなのか、この国ってヘンなんですよ。


戦後平和主義にまみれてしまっている。


それを煽動しているのはマスメディアです。


それに追随してるのが世論です。


何がヒューマニズムの時代ですか?


そんなのタテマエ論なんですよ。


労働者が法律で守られ過ぎてると僕は感じます。


外資系なんてね、…ノルマを達成できなかったらクビですよ。


僕はノルマ主義者ではありませんが、やはりノルマは必要だと思います。


多くの労働者が、日々、汗水流して頑張ってるんですよ。


後輩をみていて、だらしない奴なんて1人もいないですよ。


ただねぇ・・・派遣さんが多いからねぇ~~


僕のリペア課には派遣さんはいませんが、…製造課とかは、ほぼ100%派遣さんですよ。


うぅ~~ん・・・僕は人材派遣とかでは働きたくないです。


ですが、誰がどの職業に就こうが、それは本人が決める事ですからね。


あとねぇ~ 僕等の世代は年金が心配なんですよ。


貰えても、1ヵ月、10万円の年金だったら食べていけませんよねぇ。


そういうのも影響していると思います。


日本社会の中に、様々な格差がありすぎて、シラけてしまう気持ちも分かりますがねぇ。


自分のやりたいように生きればいいんじゃないですか。


政治のせいにしたり、家庭や学校や企業のせいにしたりしないで、言いにくい事ですが、義務は果たしましょう。


実はね、「自分のやりたいように生きる」って大変なことなんですよね。


そんな社会ではないよね。


でも、まず自分が努力しないと、何も手に入らないと僕は思います。


組織の中で生きるのは息苦しい事も多々あるとは思いますが、なんていうのかなぁ~~ ある程度の割り切りも必要なんじゃないかと思います。


ある種の諦めは自分自身、認めざるを得ない。


ただ、そこで腐っていても、しょうがないですよね・・・。


前を向いて生きていかないとね。


下を向いちゃ駄目なんです。


たった1度の人生ですからねぇ~~


女性からさぁ、草食男子などと言われたら、もう最低ですよ。


肉食系男子でいかないとね。


少し生意気ぐらいが丁度いいんじゃないでしょうか。


僕は、日本は「熱意あふれる社員」の割合が調査した139カ国中132位と最下位クラスだった。という、このニュースを信じません。


そもそも”熱意あふれる”と問う自体が間違っています。


僕は、Twitter日経新聞をフォローしています。


ニュースは、それで十分です。

 

うん…、世界的にね、ちょっと不安定な社会になってきましたよね。


それは強く感じます。


資本主義も民主主義も、もう限界のところまできちゃってる感がありますよね。


格差は広がりつつあるのだから、もう平等主義の時代ではなくなってる。


じゃぁ、軍国主義全体主義に戻るか。


そんな事、誰ひとり賛成しません。


う~~ん・・・なんていうのかなぁ~~


ism の時代は終わったような気がします。


うん、…でもね、先にも述べたけれど、そこで腐っててもしょうがないんですね。


こんな時代だからこそ、やりたいように生きたいように生きればいいって思います。


その理想は絶対に捨ててはいけない気がする。


理想があるから希望もあるわけでね。


希望のために努力があると思います。


義務といってもよいと思います(偉そうに、すみません…)。


でも、…闘わずして、逃げ出したくはないですよね。


僕等にはプライドというものがある。


自尊心だってある。


人生とは自分との闘いなんでしょうね・・・。


25歳の僕が言っても説得力はありませんが。

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ここでついでに、僕の「恋愛観」を話そうと思います。


僕には約3年間付き合ってる彼女がいます。


同僚です。

 

僕の「恋愛観」。


① まず、怒らないこと。


② 嘘をつかないこと。


③ 大事にすること。


④ 心から信じること。


⑤ お互いを尊重すること。


⑥ 優しい嘘をつかざる得ない時があることです。

 


⑥はね、…過去にどれだけ好きであった元カノの話や、モテ期などは話さないことなどです。

 

もうね、相手の御両親にも会っています。


「●●さんとお付き合いをさせていただいている●●です」と。

思想家の西部邁 『ナショナリズムの仁・義』を読んで。

<これまで利用してきたHPが来月から課金されるので、HPを別の所に移しました。

https://welcomeakisbar.jimdo.com/ です。>


(この本は2000年に発行されました。名著です)


1、そして価値といい組織といい、「ナショナルなもの」と無縁ではおれないというのが、遅くみてもここ200年の人類の経験である。
振り返れば、近代そのもが二枚舌を駆使してきたのであった。
近代は一方で個人主義を標榜してきたが、他方では合理主義を推進した。
前者の個人的自由は人間の特殊な個性というローカルなるものの極小値に固執することであり、後者は技術的合理は人間の普遍の理性というグローバルなるものの極大値に拘泥することである。


2、ローカリズムグローバリズムを同時に唱えるというような二枚舌が生じている。
そうした白昼公然の自家撞着から近代が抜け出せないでいるのはなぜか。
それは、そのジレンマから脱出するには「ナショナルなもの」を正面から引き受けさるをえないからであり、それを引き受けるということは、近代に寄り添うのを習わしとしてきた大方の知識人にとって、自己抹殺にも等しい反省を強いられるからである。
いや、近代の理念はジレンマのなかにありつづけたとはいえ、近代の現実は易々とジレンマを乗り超えていた。
つまり近代は、実際には、国民政府の発展という姿をとりつづけてきたのである。


3、現実が理念の中味を奪取していくというこの構図は今も変わっていない。


4、見逃すわけにはいかないのは、理念と現実のあいだに正面切った応答がないために、特定国家の政府(今の場合はアメリカ)の個別利益に普遍性のシュガーコーティングがほどこされ、その結果、他の国民の政府(たとえば日本)の個別利益が損なわれることである。
こうした成行きは国際社会を晩かれ早かれ不安定にし、それがひいては各国の国内社会を動揺させる。


5、ここは一つ、理念の水準にナショナリズムを登場させ、そうすることによて(個性と理性の矛盾やグローバリズムローカリズムの葛藤といったような)板挟み状態から現代の理念を救い出さなければならない。
またその救出作業は理念と現実のあいだを架橋する企てともなる。
なぜといって「ナショナルなもの」は、冷戦構造が解体したあとのこの10年間、世界の随処に現実として噴出しているのだからである。
そして各国のナショナリズムの絡み具合がかつてなく複雑になっているという現状をさして(グローバル化ではなく)高度国際化とよぶべきであろうし、さらに各国内で各地のローカリズムがかつてなく複雑に錯綜していることをさして(ローカル化ではなく)高度なインターリージョナル化と名づけるべきだと思われる。


6、福沢諭吉が望んだのは、「一身独立」した日本人たちが「一国独立」を成し遂げる、という自発的な運動のなかでの文明開化なのであった。
諭吉は和魂洋才という便宣主義的な文明観には反対していた。
誇張を恐れずにいえば、和魂洋才の日本型文明を諭吉は構想していたとすらいえる。
つまり洋才はかならずしも見習うべきものにあらず、と諭吉は考えるに至った。
諭吉は「公智」と結びついた「公徳」が文明の土台となると考えていた。
そしてひとたび公徳に論が及べば、それが国の歴史・慣習・伝統と深い関係があるのは論を俟たない。
このように福沢諭吉という文明開化の知的指導者はナショナリストであった。
そのことが1世紀経っても確認されないという事実のなかに、日本の近代化が西洋への受動的適応に大きく傾いていたことを示している。
これもオルテガの科白なのだが、「外から受け身で取り入れた文明はその国にとって命取りとなる」のである。


7、つまり、歴史の確認、慣習の保持そして伝統の探索は戦後にあってめったにみられない。
だが、それゆえに「ナショナルなもの」に軽侮を寄せるのは思想として落第であろう。
歴史忘却、慣習破壊そして伝統無視のせいで、戦後の文明の進歩が(精神的)文化の退歩であったとするなら、「ナショナルなもの」は是が非でも想起され再興され重視されなければならない。


8、日露戦争のあとの日本は、「一等国になったんだという高慢な声は随所に聞く」といった状態になった。
しかし夏目漱石には、外発的近代化をやってしまった国民に特有の危機が遠からず到来するであろうと予感され、そうした「急場を切り抜けるかと質問されても名案も何もない」という心境のなかで、漱石は「出来るだけ神経衰弱に罹らない程度に於いて、内発的に変化していくが好かろう」といっておくほかなかった。
私のみるに、80年代の日本がまさにそれと同じサイクルにあった。
つまり当時の日本は「経済大国になったんだという高慢な声」で充ちていた。
そして90年代に次々と急場が押し寄せてくるや、日本人は内発的に高度情報化に立ち向かおうとして、「個人の自立」や「自己責任」をいいはじめた。


9、これは「内発」ということの履き違えだとしかいいようがない。
福沢諭吉のいう一身独立が「ナショナルなもの」の地盤の上に個人が自覚的に立つということであったのと同じく、夏目漱石のいう内発的開化も、自己ののうちにおいて「ナショナルなもの」との対話をなすという努力にもとづくものである。
個人の自立といい自己責任といい、自分の感性や理性の最も奥深い根拠として「ナショナルなもの」が、いいかえれば歴史の感覚と意識と伝統の英知とがあるのだと自覚することから始まる。


10、人格のインテグリティは個人的自由によっても技術的合理によっても、つまり近代の価値によっては、保証されえない。
福沢諭吉が武士道に、そして夏目漱石が江戸文化に、それぞれ思いを寄せつつ徳義について思索したのは、こうした近代への懐疑があったからである。


11、いや、そのナショナルな潜勢力は、アメリカの覇権を張子の虎とみえさせるほどの激しさで、随時に随処で世界の表面へとせり出している。
その例証の一つがユーロ経済圏の誕生である。
ナショナリズムという特定主義の克服でありグローバリズムという普遍主義の拡大であると(一時は)言祝がれていたユーロ経済圏にしてすらが、ドルと円の経済的覇権に抗しようとする、ヨーロッパ・ナショナリズムに動きにほかならない。


12、人間の生誕とは、特定の人種、特定の風土、特定の言語そして特定の風習のなかに産声を挙げることである。
しかしこれは選択の強制でも自由の抑圧でもない。
逆に、人間が自由選択をなしうるのは、こうした運命的な状況を進んで引き受けることによってなのである。
人間の生理的な衝動も精神的な欲求も、慣習化された行動も意図的な行為も、すべてこうした「運命」の引き受け方として発揮される。


13、事実、高度情報社会におけるグローバリズムなるものはそのように人類を同質化させようとしてもいる。


14、ネーション・ステートの別名はネーションフッドである。
それは、直訳すれば「国柄」という意味の言葉であるが、実際は「国としての政治的独立」をさすとされている。
つまり、何ほどか目立った国柄を示す人々の集まりは政治的な独立体を形作るのが普通であるということだ。
私の主張したいのは、この意味でのネーションフッドは「乗り超え不可能」だということである。
国際社会は、国家間の相互関係がいかに緊密になろうとも、様々に異なったネーションフッドのインターにおいて発生する社会なのである以上、グローバリズムとは似て非なるものとしなければならない。


15、逆にいうと、ナツィオの本質である伝統のそのまた本質は何かとなると、その国に何ほどか特有の「ルールのことば」の形式だということになる。


16、しかいそういう方法がアメリカで広まるとなると、最初に個人ありき、という存在論に変質し、挙句に、諸個人の自由選択の調整結果としての市場均衡は効率的であり、それは(個人尊重の価値観からして)望ましいのだという判断にまで昇格してしまった。
皮肉なことに、アメリカ流の個人主義は、アメリカ人たちの個性の奥底にあるアメリカ的なナツィオのみが優等であるとする国家主義を帰結している。
他の諸国民がおのれらのナツィオに愛着しているということが、ナツィオを無視したアメリカ人たちには理解できないのである。
こういうアメリカニズムとでもよぶべき国家主義が現代世界の表層を覆いつつある。
その表層にとどまっているかぎり、アメリカに屈服するか、それともそれに抗して自分らの国家主義をアメリカにぶつけるか、の二者択一に追い込まれる。
この閉塞した心理状態から逃れるべく、グローバリズムによって諸国民の政府が融解する、という作り話に長けているのが世紀末人類の偽らざる姿であり、その見本が我ら日本人だということになっている。


17、人間は精神的動物であり、それゆえ、精神→言語→歴史→物語→想像、というふうに遡っていくと、人間は想像的動物であるといって大過ないのである。


18、国家は、その出来具合の善し悪しは別として、「想像の共同体」にほかならない。


19、というのも、資本主義を支える勤労や投機や技術革新のモラール、デモクラシーの根底をなす世論の健全さ、コミュニティ形成の支柱となる住民たちの信頼感そしてリベラリズムの礎石となる人々の個性の充実ぶり、そういうものを保証する条件は「アメリカ」にあって何一つ準備されていないからだ。
そこにあるのは、戦争において勝利したものを称える野蛮、多数を制したものが我が物顔で威を張る傲慢、目立つことによって人気を博するものの示す軽薄、攻撃的に自己主張するものの前で席を譲る虚無、おおよそそうした類の心性なのである。


20、精神の健常者は、ほとんどすべて、ナショナリストである。
つまり、自分の属する国家への心配を他の諸国家へのそれに優先させるという意味で、常識あるものはナショナリストでしかありえない。
ところが、ナショナリストとよばれるのを嫌悪する、そしてナショナリズムの持ち主とみなされるのを忌避する、それがとくに先進国における国民の常識となっている。


21、しかしもう一つ、平凡にして重要な論点が残されている。
それはイズム(主義)という接尾語にたいする反発の感情が現代人に広く抱懐されており、それゆえにナショナリズムと聞いただけで警戒を差し向けるという言葉遣いの習わしが出来上がっているということである。


22、国民の感性と理性の根底および枠組みをなすものとしてのナショナリティは、国民の心身にすでに内在しているがゆえに、通常はさして刺激的な存在ではない。
しかし国民は、自己の存在が脅かされるような危機に直面したとき、自分はナショナルな基盤の上に立ちナショナルな環境に包摂されていたのだと知らされる。
そのことを通じて、ネーションの持つ強い持続性が確認されるのである。


23、あえていえば歴史の蓄積においても文化の尺度においても貧弱きわまりないアメリカは、王道ではなく覇道として、能動的ナショナリズムに狂莾しているのだ。
つまり、歴史・文化に根差すものとしての受動的ナショナリズムを排撃して、政治と経済にのみかかわるものとしての能動的ナショナリズム、それが現在のアメリカの流儀である。


24、しかしまずはっきりさせらなければならないのは、ステイティズム国家主義と訳すのは誤りだという点である。
少なくとも政体と国体の区別を踏まえていえば、ステートは政体のことをさし、それゆえステイティズムは政府主義と訳すのが適当なのだ。
そして、もしナショナリズムが政府主義と直結すること必定というのならば、たしかに、脱ナショナリズムは適切な思想方向だということになる。


25、ナショナリティ、それは国民一人びとりの「精神の皮膚」とでもいうべきものである。
「いなばの白兎」めいた哀れな状態に自分がいるのだ、と自覚するところからしか健全なナショナリズムは生まれてこない。
そこまで戦後(というより敗戦後)日本人の精神力は落ち込んだのである。


26、このような現実を眺め渡すと、国民自決とするのが現代の民主主義の平均的な在り方だとみるほかない。
それもそのはず、民主主義とは「国(民)」の「(主)権」を謳う主義のことだとみなされつづけているのである。
しかし、諸国間の国際関係がかくも濃密になっている状況において国民自決をいうのは、少なくともその半ばは、欺瞞にすぎない。
他国の内政に直接的に関与するような外交政策を避けることは、今日、不可能である。
そうと認めつつも、国民自決をまったく認めないというのでは、世界は弱肉強食のジャングルと化し、国際社会を「社会」たらしめる国際ルールが存在しえなくなる、あるいは最強国の恣意が国際ルールを、せん称するという不当な事態に陥る。


27、オーストリア政変のことを例にとると、「政権の成立」についてはオーストリア国民の自決を俟つべきであるが、その「成立せる政権」が極右的政策を発動して国際社会を混乱させると予想されるのならば、それへの内政干渉を準備すべきである、というふうにである。
各国の意思決定を質的に層化するのはもちろん容易ではない。
グレーゾーンがつねに存在していて、国民自決に委ねるべきか内政干渉を許容すべきかが判然としないような決定問題が多々あるに違いない。
しかし、その困難な仕分けをあえてなそうとする努力のなかにこそ、内政と外交との安定した結びつき方が、さらには国際社会におけるルールの安定した発展の仕方が探られる。


28、国際社会は、国内社会よりもはるかに大きな程度において、そのルールが形成途上になる社会である。
それゆえ、各国の外交政策がつねに何ほどか相手国への内政干渉となる。
それが国際社会の現実である。
そうであるからには、国家主義という概念は死語に括られて然るべきだ。


29、権利と義務は互いに補完的である。
両者を平衡させる支点は、各国の歴史が異なるために、同じではない。
その差異を確認しようとして、そして縮小できる差異と縮小できない差異を仕分けしようとして、国内社会ではルール形成のための審議・決定が休みなく続けられる。
この常道から外れて、自国の国内社会における特殊な原則を自国にかかわる国際社会の普遍の原則に仕立て上げようとしている、それがアメリカである。


30、知性といい徳性といい、それを合理的に展開するには適切な前提が必要なのであるが、それは合理それ自身によっては準備されえない。
歴史の英知によってその前提が与えられているときにはじめて、知性・徳性の「進歩」が保証されるのである。


31、このように国民主権は伝統の精神(良識)によって基礎つけられている。
このことを度外視してしまえば、デモクラシーとはデモス(民衆)という名の多数者が国家のクラティアに参加し、そしてマジョリティ・ディシジョンで事を決する「方式」のことをしか意味しない。
だから、歴史感覚の乏しいアメリカやソ連(あるいは現・中国)およびそういう国々の差配に屈従してきた戦後日本にあっては、デモクラシーが「多数者の専制」に、あるいはその思想的な表現としてのポピュリズムあるいはポピュラリズムに、転落する根強い傾きがあるといわなければならない。


32、デモクラシーは、「決定」の方式であるからには、リーダーシップなしには進行しない。
だが、リーダーシップは、昨今の日本で誤解されているように決断力と同義ではないのである。
それに並んで説得力がなければ、指導力なんぞは軽挙妄動と大差ないものになる。
説得的な前提と論理、これこそがあらゆる社会に必須の「公共性」の支柱なのだ。


33、ピープルのかざす主権とはポピュラリティのことだ。
つまり現代の主権者にはおのれに独個の意見などみじんも備わっていない。
「主権者の声」とされている世論たるや、「世論マイナス自分の意見」にすぎない。
それゆえ自分の論は、前提も論理もまったく定かならぬ束の間の気分や御座成りの理屈にとどまっている。
そんな限りなくゼロに近い代物が、マス(大量)の規模で集計されてマス(大衆)の世論になっている。

 

34、なぜなら、分析・評価もまた何らかの「精神の形」によって遂行されるのだからである。
つまり、あらゆる意識の究極的に拠るべき「精神の形」、それが伝統であると規定するということは、意識の前提たるいわば「先意識」の位置に伝統をおくということであり、したがって良習と悪習を区別する意識そのものが伝統に服属することになる。
このようにいうからといって慣習が貶価されるわけではない。


35、「精神の形」といってあまりに抽象的だというのなら、人間行為のクライティリオンあるいはマナーが伝統の本質なのだといいかえてもよい。


36、たとえば、人間は「聡明」が正価値を有することを知っているが、同時に、それだけが過剰に追い求められたとき、聡明が「狡猾」という負価値に転落することをわきまえている。
自分が狡猾であることに堪えられない人間は、狡猾の否定たる「誠実」という正価値を我が物にしようとする。
しかし誠実は、それだけが過剰に実行されると、かならずや「愚鈍」という負価値に墜落する。
それを知って人間は、愚鈍の否定たる聡明へと逆戻りし、そのままでは人間はいわば善と悪のあいだの往復を繰り返す始末になる。
この循環から逃れるには、まず「聡明と誠実」というジレンマをはらんだ二つの正価値のあいだを「平衡」させ、次に両者を「総合」しなければならない。


37、平衡(それはしばしば中庸ともよばれる)の感覚は、上の例でいうと、聡明と誠実をともに減量させることによって両者のあいだのジレンマを弱めようとすることではない。
そういう精神の活力を減退させるやり方は「折衷」にすぎないのであって、平衡とは、極大化されたジレンマのただなかで、複数の正価値が葛藤に苛まれるのを避けることなのだ。
したがって総合というのも、それぞれ適度の聡明と誠実を張り合わせるということではない。
両者を化合させてより高次の精神段階へと登り、そこでたとえば「英知」とよんでさしつかえないようなみごとな「言葉遣い」に達しようとすること、それが総合の作業である。
ごとな「言葉遣い」に達しようとすること、それが総合の作業である。
このようなものとしての平衡・総合の英知を、知性においても徳性においても不完全であることを免れない一個人が(さらには一世代や一時代が)自分だけの才覚で身につけられるわけがない。
しかしそこに「歴史」という名の時間の流れがあるならば、その時間的持続に堪えて現在の個人・世代・時代に伝え残されし伝統のなかに、平衡・総合の英知が、というよりそれへの手懸りが示されていると考えることができる。


38、事実、たとえば宗教・道徳、そして政治についての過去の慣習と、それに内臓されている伝統を探るということは、信条、徳目、そして網領といった類の、理想の形成にあずかる精神的要素について考究を深めるということなのである。
過去への現実主義的なリトロスペクトは未来への理想主義的なプロスペクトと互いに連関している。
そのことを保守思想は知悉している。


39、「良き言葉遣い」としての伝統とは「常識」を支える「精神の形」のことにほかならない。
コモンセンスつまり「共通の感覚」にもとづく「共通の観念」、それが日本語でいうところの「常識」の本質をなす。
逆にいうと、伝統と常識とを等値することはできないということだ。
なぜなら、常識とは慣習化された知識のことにほかならず、それはしばしば偏見の寄せ集めにすぎないのだからである。


40、現代にかぎらず古代からずうっと、人間は、人間の拠点ともいうべき良き言葉遣いをめぐって、その不足感に悩まされているがゆえに、その充足感を求めてきた。
その希求と探求の歴史が、伝統をかろうじて耐久させてきたのだといってさしつかえない。


41、というよりそれらの同質性や統一性を人々に共通の物語として確認するところから国家の歴史が始まるというべきであろう。
その意味で、いろいろな国家起源説のなかで有効なのは神話共有説だけだといってさしつかえない。


42、それら様々な個別的物語のあいだの葛藤を解決して国民の共同性を意識的に確認しなければならない。
そのためには、何らかの種類の「聖」なる精神の次元へ向けて、それらの葛藤を「昇華」させなければならないということになる。
それが神話の誕生であり、文化人類学の知見が教えてくれるように、各国各様に国造りの神話を持っているものなのである。


43、国家のなすべき重要な仕事の一つは、歴史の連続性を象徴的に表現すべく国家儀式を司ることであり、そして国家儀式に具体的な象徴が、たとえば国家や国旗という形で、伴うのは当たり前のことである。
一切の儀式的なるものを、合理的でないという下らぬ理由で排するのは、近現代の悪習といってよい。


44、日本国憲法で(それ自体はアメリカ的迷妄の産物にほかならないのだが)天皇を「日本国の象徴であり、日本国民統合の象徴である」と規定してあるのをみて、反儀式的であることを合理とみなす戦後進歩主義者たちは、象徴にすぎない、として天皇のことを貶めようとした。
その傾向は、皇室の出来事を大衆の娯楽の種にするという形で、ますます強まっている。
しかしこうした天皇観は、神話→歴史→慣習→儀式→象徴という観念の脈略が国家にとってどれほど重要かということをまったく理解していない。
私の強調したいのは、天皇を敬愛するかどうかという心情の問題の前に、健全な歴史観と健康な国家観にもとづいて、儀式や象徴が国家にとって必然であると認めようということである。
それらは、国民の共同精神の聖なる次元を神話を通じて覗き見ようとする仮説形式の営みに発する。


45、したがって天皇制の本質は「元号」にこそあるということができる。
なお天皇「制」という言い方を、コミンテルン流の「階級的支配の道具」としての天皇制という理解に繋がるとの理由で排するものがいる。
しかし、天皇は国民の情緒的なコミットメントの対象である前に、国民の意識のメカニズムにかかわるものであるという観点からすれば、天皇制とよぶほうが適切だともいえる。
そしてそれが、天皇を統治の機関とみる天皇機関説とも異なることはいうまでもない。
つまり、おのれの生死を意識にのぼらせざるをえないのが人間の本質だとすれば、その意識に時間軸を与えるという元号の役割は計り知れぬほどに大きいのである。
もちろん、元号をめぐって一世一代となったのは明治以降のことである。


46、いずれにせよ、天皇という国家象徴は、まぎれもなき人間であるがゆえに、時間の流れのなかで生の起点と死の終点を持つ。
そのことにもとづく元号の制度は、日の丸や君が代といった「モノ」による国家象徴とは異なり、生死の意識から自由になれず、また共同で生きるほかない人間にとって、歴史の感覚と共同性の意識の最も基底的な次元を構成する。
つまり、元号におのれらの時代意識を仮託することによって、国民は生と死にはさまれた有限の時間に共同の物語を与えようとするのである。


47、しかも、国民の歴史感覚という点からみて、天皇制は君主制よりも勝れている。
なぜといって、君主は、最強の武人としてであれ最賢の哲人としてであれ、あくまで世俗の代表者である。
それにたいして天皇は、いわば最高の神官として、人間精神における聖と俗との境界線上におわします存在である。
俗のがわからみれば天皇は単なる人間であり、聖のがわからいうと天皇は神聖なものと仮構される。
つまり半神半人のフィクション、それが天皇なのであり、その両義性によって、俗世の葛藤の描写とその葛藤の(神話による)昇華とをともども可能にすべく、歴史物語のための時間的基礎が与えられるのである。


48、天皇は、平和のみならず戦争をも、民主のみならず独裁をも、福祉のみならず悲惨をも、「歴史の英知」の源とみなすための観念的仮構として、存在している。
戦争も独裁も悲惨も多々含まれている日本の歴史のすべてが国家統合の精神的土壌となる。
その歴史の総体を象徴するのであるから、天皇は現憲法のごとき特定の時代の特殊な産物に拘束されてはならない。


49、また、世間で改憲派が7割に達したからといって、戦後体制の抜本改革を期待するわけにもいかない。
戦後体制のさらなる前進を促すべく、あるいはすでに憲法の枠を超えるまでに膨らみ切った「戦後的なるもの」を追認すべく、憲法を改正するというやり方もあるからだ。
現にあちこちの新聞がやっている世論調査では、改憲理由の第一位もしくは第二位は「新しい権利」を憲法に盛り込めというものである。
間もなく、子供の権利や夫婦別姓の権利、知る権利(マスコミの情報公開権)や知られない権利(プライバシー権)、介護を受けて長生きする権利や心地よい環境でののんべんだらりと暮らす権利などで憲法が溢れ返ることになるのではないか。


50、いや、あらゆる憲法条項の意味を日本の国民的常識にもとづいて解釈することが、普遍的・抽象的・理想的な「前文」によってあらかじめ禁じられているのである。


51、だが、自由・権利の利用にかんする適切な範囲も形態も、現憲法には何ら示されていないのだ。


52、現憲法下において、戦後日本人民は権利観念を極大化させ義務観念を極小化させている。


53、非常の例外状態を何ら予定していない現憲法は混沌へ向けて開口したままの未完結の規範体系にすぎない。
いや、非常事態が発生すればアメリカが日本の秩序を回復するという暗黙の想定の下に占領軍はこの憲法の草案を書いたのである。
それが占領軍の仕事であり権限ではある。
情けないのは、被占領期はとうに過ぎているのに、そんな憲法を後世大事に抱え込んできた我ら敗戦国民の属国意識だといわなければならない。


54、これまでの憲法論の焦点であった第9条については、晩かれ早かれ、国軍に近いものができるように変更されるのであろう。
そうしなければ今の国際軍事情勢に対応できないという現実的な要請があるからである。
しかし、それがまともな国軍になりうるためには、現憲法の第9条をただちに改正しなければならない。
つまり、「侵略戦争を放棄するためには、あらゆる戦力の不保持とあらゆる交戦の禁止とが必要である」というふうに規定してあると読める第9条がどれほど国辱的なものでありつづけてきたかを理解しておかなければならない。


55、危機管理は、一つに「集団」の機能という社会的な要因に、そして二つに「過去」の経験という歴史的な要因に頼らざるをえない。


56、そういう状況をよしとするものをさしてマスマン(大衆人)とよぶ。
はっきりしているのは、マスマンの代表者たちが社会のあらゆる部署の権力を簒奪した状態としての現下の高度大衆社会は、アルゴリズムによっては(危険は処理しえても)危機は回避できたないために、長期的に安定することはけっしてないということである。


57、そこで、ギリシャ語のカイベルンからもう一つの言葉が派生していることに注目せざるをえない。
それは、ほかでもない、ガヴァン(統治すること)である。
つまりガヴァメント(あるいはガヴァナンス)もまた「舵取り」ということを意味する言葉なのである。
そして、今の語法からいえば、サイバーが人口頭脳による未来への舵取りを意味するのにたいし、ガヴァンは人間頭脳による舵取りを意味すると定義してさしつかえないであろう。

 

58、いよいよもってK・ヤスパースのおいう「高貴なるものへの最後の出征」を大衆が開始した、との感が深い。
日本が「先行く不透明」であるどころか、日本人におけるクリティークの精神が深い昏睡状態に陥っているといわざるをえない。


59、100年ほど前、ということは前の世紀の変わり目に、現代の哲学・思想が言語学転回を遂げたといわれている。
要するに、人間を言語的動物としてみる視点が確立されたということだ。
それなのに現代人は、とくに我が国の戦後知識人は、流行語に弱いせいで、あるいはネオテリズムに毒されているために、自分たちの頻用している言葉についてさほど敏感ではない。
その一つの見本が「大衆」という言葉である。


60、家庭であれ学校であれ、職場であれ市場であれ、巷間であれ国会であれ、新聞であれテレビであれ、現代の諸制度は堕衆の拡大再生装置に堕落している。
少なくともそうかもしれないと考えてみると、現代に生起する諸現象が普通のとはまったく異なった姿形と色調でみえてくる。
たとえば、インターネットに向かう人間がキツツキに、テレビでニュースやキャストとしている人間が吠え猿に、そして電車で化粧している人間が夜鷹にみえてくる。
その他あれこれ、賢治の「よだかの星」におけるように自分の醜さに羞恥を覚える、といった素振りの一片もないものとしての堕衆が大衆社会を休みなく膨らませ、ついに、堕衆から抜け出たいと願うものたちの一途な気持ちを余すとろこなく呑み込んでしまった、それが高度情報化なるものの実相なのだとみえてくる。


61、90年代の日本政治において、とりわけ選挙の場面で、最も威を張っていたのは無党派大衆とよばれる連中であった。
森首相によれば、選挙民の4割が無党派なのだという。
その4割が「寝てくれていれば助かる」、というようなことを首相がいい、それで自民党の得票がガタリと減ったのだと選挙通は分析している。
たぶんそうであろう。
プラトンの「高貴な嘘」を持ち出すまでもなく、高い地位にあるものには、嘘を吐かなければならない時が多々あるのであって、森首相は「無党派の方々よ、起きて歩いていただきたい」と懇願すべきであったのだ。
しかし氏の愚鈍さはいわば誠実の過剰として生じたもので、無党派を寝ているべき連中にすぎないと規定したことそれ自体については、大概のインテリより
はるかに聡明である。
というのも、インテリ諸氏は、遅くみても90年代あたりから、無党派なる言葉をポジティヴ・ワードとして遣っているのだからである。


62、政党所属という点では、私とて、さほど積極的に応援したい政党がなく、また自分で政党を作るような強い関心と能力を政治にかんして持ち合わせていないので、無党派である。
遜っていうのではないのだが、自分が所属政党をみつけられないのは寂しいことであり、また自分で政党を作れないのは恥ずかしいことだと自覚している。


63、しかも現下の選挙制度たるや、小選挙区においては実質的に、比例代表区においては形式的にも、政党選択を選挙民に問うものになっている。
だから、選挙において前日まで無党派であるものは、政党選択を選挙という形で示すことについて無関心もしくは無能力なのであり、それゆえ、おのれらのそうした意識状態を素直に表現するなら、選挙において棄権する(あるいは白票を投じる)ほかないはずなのだ。
それなのに無党派層たるや、投票日が近づくにつれテレビや新聞や雑誌の作り出す雰囲気に操作されたり、立候補者の名前や顔相からくるちょっとした気分に動かされたりして、どれかの政党に投票する。
あっさりいって、これは政治的不具合の投票行動である。
そういう不具者がたくさんいるのが大衆社会というものなのであるから、無党派が8割になろうとも私は驚かない。


64、匿名であるのをよいことにして、自分らの無関心・無能力を天下の公道においてさらけ出す、それが堕衆のつねなる振る舞い方である。
その最もわかりやすい例が無党派の党派選択である。
8割方はそういう堕衆の演じる茶番劇になってしまっている選挙の場にあえて立候補してくるものたちは、そもそも何者であるか。
おそらくは、8割が堕衆の代理人としてのポティシャン(政治屋)であり、そして2割が、マスマンのなかに埋もれているコモンマンへの可能性に期待を寄せ、さらにはその可能性へ向けて訴えかける関心と能力を有したステーツマン(政治家)なのであろう。


65、現代政治が無党派の懐に深く抱かれたことのひとつの証拠、それは与党が無政策で選挙に臨むという事実である。
2000年6月の選挙は、その意味でも、際立っていた。
景気浮揚効果がさして大きくはないと判明している公共事業、加えて汚職の温床と批難されつづけてきた公共事業、それのみをプラットフォームに掲げるというのは無政策も同然である。
無党派大衆も景気のことならば少しは関心を持つであろうとの算段があったにしても、無政策との印象をみずから散布して歩くことの弊害はけっして小さくないのである。
与党がいったい何に「与る」のかといえば、いうまでもなく、統治の権力にである。


66、統治策を持たない統治党、それが最大与党たる自民党の姿となってしまった。
それは、無党派の党派選択と同じ種類の矛盾といってよい。
いいかえると、与党すらもが無党派に堕ちたということである。
問われるべきは、無党派層の選挙民は、なぜ、自分らのみごとな代理人になりはてている自民党に投票しなかったのか、ということについてだ。
ほかの言い方をすると、現代の無党派には、政治にかんする無関心・無能力だけではなく、別の特質があるとみなければならないのである。


67、都市部に大量に発生した堕衆は、情報なるものをおびただしく身に帯びているという意味ではけっして愚かしくない。
しかし、その情報量が増えれば増えるほど、自分らの物事にたいする感じ方、考え方そして振る舞い方に自信を持てなくなるという点では、彼らははなはだしく燸い。
また、自分らの弱さを他人(とくに権力の座にいるもの)のせいにするというところでは、つまり反権力のきれい事をいいつのるあたりでは、彼らは卑しさを剥き出しにする。
ともかく、自己不信を根強く抱きながらもその自己不信を執拗に隠蔽するのに長けている堕衆は、自分らの弱さの代表者であるかのような、統治策を持たないオポジションが表明されているならば、多くの場合、自分らの卑しさに促されて、支持を与えるという仕儀になる。
自分は情報を持っているという自信、しかし自分で情報を解釈し応用するに当たっての不安、そしてその自信を表明しつつその不安を隠すための反権力のポーズ、これら堕衆の特性はマスメディア人士たちにあっても、そっくりそのまま、共有されている。
だから堕衆はマスメディアの動きに合わせて動こうとし、マスメディアのほうも堕衆の動きを察知して動こうとする。
この共犯関係に注目すれば、堕衆のことをメディアマスつまり「情報媒体と歩調を合わせる大衆」とよんでもよいであろう。


68、だが、これもホイジンガの洞察したところなのだが、現代のインテリは情報をめぐる「あそびの小児病」にとりつかれている。
つまり、物事のほんの一側面に触れるにすぎない専門知にもとづいて物事の全体を裁断する、というふしだらな営みを、ふしだらと自覚しないどころか社会全体への意義ある貢献とみなしつつ、マスメディアのど真ん中で演じている。
ここにおいて、「大衆人の見本は専門人である」というオルテガの科白のことを繰り返し確認すべきであろう。


69、ここ20年間ばかり、エコノミストが、学界のであれマスコミ界のであれ産業界のであれ、堕衆にたいするリーダーシップを発揮してきた。
彼らは、事物の観察が容易で数量化が簡単な側面にのみ関心を払い、そして事物の全体にかんする把握については、凡庸きわまる観念体系にまるで精神的小児病の患者のようにとりすがってきた。
そこから彼らの思考に特有のメトリオクラシーが導き出され、それが大衆社会における「多数者の専制」と合体した。


70、選挙前日になっても、政党間の相対比較でしかありえない今の選挙において、支持政党なしと平気で答えるような徒輩は、要するに政治について無関心もしくは無能力なのであるから、投票には棄権するか白票を投じるのがよろしい。


71、国体という言葉は、物の本によると、ずいぶん古くから用いられており、その初発は出雲国国造神賀詞にあるという。
ただしその意味は国状一般のことをさし、その発音も「くにがた」ということであった。
ここで留意しておいたほうがよいと思われるのは、体と形は、元来、同義語だということについてである。
国体というと、たとえば肉体や身体といった言葉からの連想なのであろうか、国の実体のことを思い浮かべる向きが多い。
それで、一言でまとめ上げられるような日本の実体などはありはしない、だから日本の国体という言い方は無効になったといわれる。
その結果、「この国のかたち」といったような表現が流行語になるわけだ。


72、慣習の根底には道徳がある。
なぜといって、人間の振る舞いの本質は、優れたものを選び劣ったものを選ばないという選択行為にあるからだ。
そうである以上、選択における価値基準をその根本において内蔵してるのでなければ、慣習は人間行為の支えにはならない。
つまり、国柄の実体は慣習であり、慣習の根本は道徳なのであるから、国柄のことを実在として論じるときには、何にもまして、道徳のことを取り上げなければならない。
道徳の「道」は、そこを人々が往来するのである以上、空間的にも時間的にも長いものである。
つまりその長さによって、道徳は慣習なり、ということが示されている。
英語のモラルにしても、モーレスから派生してきた言葉である。
また、個人の倫理などとあっさりいわれるが、「倫」とは人々の間柄のあるべき姿のことをさす。


73、日本の歴史を紐解いてみれば、聖徳太子聖武天皇空海最澄栄西道元法然、親鷹、日蓮といった仏教の系譜がある。


74、その証拠を一つ挙げてみると、ある著名な「百科事典」には、「法律は主として人間の社会的なあり方について、道徳は主として個人的なあり方について規定する」と書かれているのである。
この単純な文章には、道徳にたいする二つの致命的な破壊工作が含まれている。
一つは、法律を社会の慣習的道徳にもとづかせるのではなくて、民主主義の名の下に、現在世代の多数派の欲望によって決定しようとしている点である。
もう一つは、道徳を社会の歴史的慣習の基礎としてとらえるのではなく、個人の価値にかんする嗜好の問題に解消せんとしている点である。
これが「戦後」の基本精神なのであるから、国柄・慣習・道徳が音立てて崩れるのは当たり前だ。


75、そうならば、国民(およびそれの作り出す統治機構としての政府)は根本価値の体系を身につけるように教育されなければならない。
これは、国家が価値→規範→教育→国民→政府という論理的発生の仕組みのなかにあることを示すものである。


76、日本国憲法昭和憲法)と教育基本法が同時に施行されたのもまったく論理的な事柄である。
教育勅語から半世紀余が経って教育基本法が施行され、その教育基本法が同じく半世紀余ぶりに改革されようとしている。
その改正においていかなる国家意志を日本人(および日本政府)が表示するのか、けだし見物といわなければならない。


77、脱宗教の現代においては、国民にとっての不動の共有価値はナショナリティつまり「国民性」としてしか規定できない。


78、「戦後」のなかで思想的モラトリアムをやりつづけようと決断している類のエゴティストには、主人←→従僕の弁証法が理解できない。
なぜなら、その弁証法を成り立たせるためには、「自分」が国民性という価値によって成り立たせられていることを、あらかじめ理解しておかなければならないからである。


79、また、日本の大人達は、世界平和のためといえども一兵も海外には派兵したくない、と構えているのだから、自分の子供達に義勇兵の手伝いをしにいってこい、といえた義理ではないはずだ。
子は親の背をみて育つ。
親たちが家族の作り方、地域共同体での暮らし方、産業の運営の仕方、議会の進め方において公共性・国民性を大切にしているのなら、それをみているだけでも、子供たちは日本の歴史・伝統について、また公的な価値に奉仕するのが国民の義務であることについて、大いに学ぶことができる。
「學ぶ」という言葉の原義は、「世の中の仕来たりの手振りを(まねぶ)こと、つまり真似すること」である。
大人達が世の中の仕来たりを壊すことに「進歩」の悦びを見い出してから、遅くみても半世紀は過ぎている。
必要なのは、そういう大人達への教育基本法であり「奉仕の義務化」なのである。


80、具体例として国語の知育を取り上げてみよう。
どういう教材を選んで、それをいかに解説するのか。
その作業が美しく説得的な国語とはどういうものかについての価値判断を抜きにして成り立つとは思われない。
事実、各国の国語教育は国語に習熟することには大きな価値がある、という判断の下に組み立てられている。
国語をめぐる真善美と偽悪醜の区別を学習することは、その人の「精神の活力」を決定的に左右するほどに意義深い仕事なのである。
また歴史の知育についても然りである。


81、おそらく、小学校においては国語、中学校においては歴史、そして高校においては道徳的古典、それらの知育が、それらの持つ徳育との結びつきの強さのせいで、知育の全体系にとって扇の要となる。
それらの三者を省いたり縮めたり歪めたりしてきたのが戦後教育である。


82、そして正理に近づく自由と正理に従う責任とが国民にあるのだということを、偉そうに子供に教える前に、まず大人達が知らねばならない。
「戦後」が正理からいかに遠かったかを知らねばならない。


83、事態はまったく逆の方向に進んでいる。
一方で高度情報化が進んでいるのは確かであるが、他方では「先行き不透明」とか「海図なき航海」とか「不確実性の時代」とやらが懸念されている。
情報化の進展につれてエントロピーが増大しているというこの皮肉な状況をどう解釈するのか。
そのことについて一向に目処が立っていないのに、IT革命を叫び立てるのもやはりピュエリリズムに属する。

 

<思想家の西部邁さん、哲学者の柄谷行人さん、思想家の佐伯啓思さん、国際政治学者の舛添要一さん、国際政治学者の三浦瑠麗さんは、東大の先輩にあたります。

三浦さんとは同じく「理一」です。>

 

HP 「Aki's Bar」
https://welcomeakisbar.jimdo.com/

WESTLIFE 『THE GREATEST HITS-UNBREAKABLE』

<本題に入る前に、『思想家の佐伯啓思 『日本の宿命』を読んで。』に”34いいね”ありがとうございます。>

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WESTLIFEアイルランド出身のコーラス・グループです。


WESTLIFE は全員がリード・ヴォーカルをとれるグループでもあります。


実質的なリード・ヴォーカルはシェーン・フィランです。


7曲連続でUKチャート1位、UKチャート1位最多獲得数などの世界記録をもっています。


さて、このベスト盤、…アレもコレも入れてしまった結果、駄曲も多いです。


ベスト盤なのだから、もっときちんとセレクトしてほしかったです。


なので、すぐに聴き飽きてしまうと思います。

 

 

Westlife - Fool Again (With Lyrics)
https://www.youtube.com/watch?v=mU-75VUSg8c

恋人同士の、すれちがい・・・。
僕も、このような経験があるので、この曲を聴くと涙が零れそうになります。

 

Westlife - If I Let You Go (With Lyrics)
https://www.youtube.com/watch?v=17Tpxa1fhBw

この曲も男女のすれちがいを歌っていますよね。

 

Westlife - Uptown Girl
https://www.youtube.com/watch?v=0HTexqxo1og

ビリー・ジョエルのカヴァー曲です。

思想家の佐伯啓思 『日本の宿命』を読んで。

(この本は2013年に発行されました。

佐伯啓思氏は思想家の西部さんを師と仰いでいます)


1、しかも、90年代医らの改革論は、グローバル化のなかで日本をもう一度再生させる、というものでした。
そのために採用されたのは、成果主義能力主義や財政健全化や自由競争などからなるいわゆる「新自由主義」政策でした。
そして橋下改革もきわめて新自由主義的傾向の強いものです。


2、そこへもってきて、今日の社会のもうひとつの特徴であるマスメディアによる「人気主義」や「面白主義」という、これまたいかにもニヒリズム的な世相がある。
往来の規範やモデルや価値が見失われば、一時しのぎの「人気」が暫定的に価値を決める。
どれだけ売れたのか、どれだけ票が取れたのか、どれだけ視られたのか、これはいずれにせよ「人気」です。
この「人気」が価値を生むという時代なのです。
するとどうしてもパフォーマンスが決定的な意味をもってくる。
「野蛮」さと「面白さ」が今日の価値基準になりつつあるといってよい。
こうなると橋下現象とはまさしく現代日本の象徴というほかないでしょう。


3、その前に述べておきたいことは、「民主主義者」は橋下発言を簡単には批判できない、ということです。
独裁は民主主義と対立するものではありません。
独裁は民主主義のなかからでてくるのです。
しかしそれでも、地方にせよ、国政にせよ、議会を抑えなければなりません。
すべて議会政治のルールに従うほかない。
その意味ではいかに独裁的といえども議会政治の形式的ルールに従う以外にないのです。
にもかかわらず、事実上独裁に近いほどの権力を手にできるとすれば、それはどういう状況か。
それは自らの背後に絶対的な「民意」があると主張できる時なのです。


4、それどころか、、民主政治のもとでは、「民意」はだいたいにおいて正しくない、というのが最初の政治哲学者であったプラトンの政治論だった。


5、さらに不適当なことをいえば、そもそも多数決が正しいという確かな根拠ははどこにもありません。
「民意」がフィクションだとすれば、多数決が「民意」を示している理由もないのです。
多数決による議決とは、多数派が正しいという前提があれば成り立ちますが、本当はそんなことは確かではありません。
それどころかたいていの場合、正しい見解は少数派に在することが多いでしょう。


6、しかし、「非常事態」の規定がないから独裁の心配がない、などというとすればとんでもありません。
これは実は日本国憲法の大きな欠陥なのです。
きたるべき大災害やあるいは他国からの突然の攻撃などという本当の「非常事態=危機」において「例外状況」が規定されていないのは実は大きな問題でもあるのです。
政府が機能不全に陥ったり、瞬時の決断を要するときに、一種の独裁的な権力が必要とされるのです。
それがないのは、そもそも戦争などの非常事態を戦後日本の平和主義はまったく想定していなかったからにほかなりません。
非常事態の「独裁」をどうするかは実はまともに考えるべき問題なのです。


7、「政治とは、不確定で何が起きるかしれない将来に向けて、集団の利益や価値を実現するという決断と説得の行為である」と。
そして、この三つの能力をもった政治家をわれわれ国民は見抜かねばなりません。


8、われわれは政治家のなかに隠されている能力と品格を見る必要があるのです。
そのことをわれわれ自身が試されているのです。
簡単にいえば、国民は、政策や面白さで政治家を選ぶのではなく、その「人物」で選ばなければならない、ということなのです。


9、しかし、今日でも日本の侵略戦争を断罪する人は、たいていあの戦争が不戦条約違反である、といいます。
そこでかなり譲って大東亜戦争を不戦条約という国際法の違反であるとしましょう。
しかし、もしもそれが国際法違反であるというなら、そもそも東京裁判も国際的慣例に違反する疑いが濃厚です。
適切な法廷かどうかも疑問です。
アメリカの占領政策もいかなる国際法的な根拠があるのでしょうか。
さらにアメリカの原爆投下は、明らかに国際法違反です。


10、そして、いうまでもなく、「世界征服の意図」をもった共同謀議などというものは日本の場合、まったくありませんでした。
それはナチスとは大きく異なるところでした。
アメリカは日本を買いかぶりすぎたのか、必要以上に脅威をもったのか、あるいは意図的なのか、ともかくも、ナチスを基準に日本を裁こうとしたわけです。


11、丸山寘男をはじめとする多くの人が、日本の軍国主義は「無責任の体系」であったといい、日本の指導者たちは無責任だったという。
しかし「無責任」といえば、アメリカの正義を借りてきて、自分は「文明」の側にたって「野蛮」な日本人を「無責任」となじる人達も十分に「無責任」なのではないでしょうか。
むしろ、そのささやかな「優越願望」を、アメリカの威や外圧を口実にして満たそうという方がもっとたちの悪い「無責任構造」というべきではないでしょうか。
そして、戦後日本を支配してきたのは、この種のたちの悪い「無責任構造」なのです。
戦後の日本の「主体」とは、つねにこういう構造のもとで成立したのです。
憲法にせよ、安保にせよ、構造改革にせよ、日本は「主体」的にやっているようにみえる。
自意識としてはそうかもしれません。
しかし、構造としては、その背後に「アメリカ」が控えています。


12、誰もがいまこの時代をたいへんに殺伐とした時代だと思っている。
先にも述べたように、グローバル競争の中で日本経済は大停滞から抜け出すことができず、仕事も不安定で、将来への見通しももたない。
民主党も含めて既存政党の政治は何も成果をあげない。
学校教育は崩壊寸前であり、家庭生活はどこもかしこもうまくゆかず、家庭内での殺傷事件も次々とおきる。
このような殺伐たる時代なのです。
このなかでは人々は、ただこれまでのルールや慣習や道徳を守って折り目正しく生きていくことはできない。


13、しかもさらにプラトンは、それだけでなく、この衆愚政治のなかから、民衆の代表としての僭主つまり独裁者が現れるだろうとさえいったのでした。
民主政治が独裁をうむ、というのです。


14、しかもシュミットはそれが必要だと考えた。
なぜなら、何か本当に重要な決断をしなければならないような「危機の時代」には、悠長に議会で決まりもしないことを討議したり、調整にやたら時間をかけている閑はない。
これは「例外状態」であって、この「例外状態」では国民の意志を付託された独裁が必要とされる、というのです。


15、2011年11月11日に当時の野田首相がTPP交渉へ向けた参加を表明しました。
まだ参加が確定したわけでなく、交渉次第では不参加もありうると首相は述べていますが、実際には「国益」に反するという理由で交渉打ち切りという事態は考えにくい。
なぜなら、そうなれば、ますます「日本は閉鎖的で特異な国である」というレッテルをはられることになります。
そうなった時に、果たしてそれを跳ね返すだけの度量と説得力が首相にあるのでしょうか。


16、丸山寘男は、戦国から安土時代へかけてが「第一の開国」、明治維新が「第二の開国」、そして終戦後が「第三の開国」だといいました。
また松本健一氏は、明治維新が「第一の開国」、終戦後が「第二の開国」、そして1990年代のグローバリズムを「第三の開国」と呼んでいます。
両者を足し合わせれば、すでに日本は4回開国しており、今回は5回目の「開国」なのです。
「開国」の大安売りで、「開国」、「続開国」、「続々開国」…と、いったいどこまで開けばよいのでしょう。


17、このような理解が妥当かどうか、それはまた別に論じましょう。
ただ、ここで注意しておきたいのは、「開国論者」がほとんど無意識のうちにもっているある種の自己満足的な優越感についてなのです。
そして、それこそ私には近代日本の抱えこんだ宿痾であり、ひいては今日の日本の「無脊椎化」の原因のようにも思うのです。


18、これだけを書き出すと別におかしなことではないかもしれません。
しかし、私はこのようないい方そのものにある種の胡散臭さを感じてしまうのです。
どうしてか。
それはここにみえる構図が次のようなものだからです。
開国論者はこういっている。
「世界」=「先進的」=「普遍的」であり、「日本」=「後進的」=「特殊的」である。
その上で、「開国論者」である「私」は「普遍」の側にたち、そして「閉国論者」である大方の「日本人」は「特殊」だ、といっているのです。
ここで独特の自己特権化がおきています。
「世界」を知っている「私」という主語がこの背後にしっかりと据えられているのです。
つまり、自分自身を普遍の側において、その普遍ゆえにこそ、特殊な立場にある日本人に対してモノをいう権利がある、と考えている。


19、たとえば、アメリカやフランスやドイツで、「世界の潮流は…である。
我が国は特異で遅れている」などという議論が大勢を占めるでしょうか。
中国やロシアまでくると、「おかしいのは世界の方だ」とでもいうのではないでしょうか。
だからもしも「世界標準」というのなら、「我が国は異質で遅れている」などとは決していわないのが「世界標準」なのではないでしゅうか。


20、では彼らが本当に西洋を理解していたかというと全くそんなことはありません。
たとえば、彼らは、西洋社会は、民主主義が根付き、個人の自由や人権が保障され、合理的精神が行き渡ったいわゆる市民社会であるとことあるごとに強調しました。
しかし、現実は大きく違います。
アメリカには今でも根深い差別意識があり、ヨーロッパには強烈なエリート主義や穏然たる階級意識があります。
古代ローマギリシャへの敬意は未だに強く(だから、あの「だらしない」ギリシャをわざわざEUに入れたのです)、中世的なものはいくらでも残っています。
アメリカは合理的どころか一部では未だに進化論を拒否する宗教大国でもあります。
どうしてこういうことになったのでしょう。
それは、彼らは、彼らにとって都合のよい「西洋」を切り取ってきて、それを大きく広げて見せて、ほら西洋は近代市民社会だぞ、日本も西洋並みに近代化しなければだめだ、といったからです。
これは、彼らの欺瞞というより、むしろ、近代日本が生み出した構造なのです。
「外に開くこと」は普遍的で先進的であり、「内に閉ざすこと」は特異で後進的だ、というあの近代日本のフォビアが生み出したものでした。
つまり、ひとたび「西洋は進んでいる」という観念が一般に受け入れられると、後は、「西洋では」をもちだせば、日本の部族社会を管理することができるのです。
「西洋」が絶対的な権威になってゆくのです。
そして、「西洋」に近いと見なされる知識人が大衆を指導や啓蒙できるというわけです。
西洋の権威を借りることで、敵対者に「封建的」とか「日本主義」とか「遅れている」などとレッテルを張ることができる。
そして、実は、これこそが丸山が批判した「抑圧移譲の原理」というものだったのではないでしょうか。
しかもここにはもう少し手の込んだ事情があります。
それは彼らは、彼らに都合のよい西洋の思想や学問を取り入れて、それを「科学」といい、自らを「専門家」と称したことです。
「西洋の学問」=「科学」=「専門的」=「先進的」であり、これに対して、「日本的思考」=「非科学」=「大衆的」=「後進的」とみなした。
その上で、自らの身を前者の「科学」「専門家」「先進的」の方においたのでした。
これは、「世界」=「先進的」=「普遍的」であり、対して「日本」=「後進的」=「特殊的」というあの図式と同じものです。
この両者を重ね合わせれば、西洋の知識を身に付けた知識人は、あたかも日本の外にたって日本を眺めつつ
、その特異性を批判する、という特権的立場を手に入れることができたのでした。
端的にいえば、近代以降の日本の学問の主流が西洋から輸入学問だったということです。
それでも戦前は、哲学など、デカショ(デカルト、カント、ショーペンハウアー)などといいながらも、それをいかに「日本化」するか、あるいは「日本的なもの」といかに対峙させるか、という意識があったのですが、戦後になると、それもほぼなくなってしまう。

 

21、しかし、現実は大きく違います。
アメリカには今でも根深い差別意識があり、ヨーロッパには強烈なエリート主義や穏然たる階級意識があります。
古代ローマギリシャへの敬意は未だに強く(だから、あの「だらしない」ギリシャをわざわざEUに入れたのです)、中世的なものはいくらでも残っています。
アメリカは合理的どころか一部では未だに進化論を拒否する宗教大国でもあります。
どうしてこういうことになったのでしょう。
それは、彼らは、彼らにとって都合のよい「西洋」を切り取ってきて、それを大きく広げて見せて、ほら西洋は近代市民社会だぞ、日本も西洋並に近代化しなければだめだ、といったからです。


22、これは、彼らの欺瞞というより、むしろ、近代日本が生み出した構造なのです。
「外に開くこと」は普遍的で先進的であり、「内に閉ざすこと」は特異で後進的だ、というあの近代日本のフォビアが生み出したものでした。


23、つまり、ひとたび「西洋は進んでいる」という観念が一般に受け入れられると、後は、「西洋では」をもちだせば、日本の部族社会を管理することができるのです。
「西洋」が絶対的な権威になってゆくのです。
そして、「西洋」に近いと見なされる知識人が大衆を指導や啓蒙できるというわけです。
西洋の権威を借りることで、敵対者に「封建的」とか「日本主義者」とか「遅れている」などとレッテルを張ることができる。
そして、実は、これこそが丸山が批判した「抑圧移譲の原理」というものだったのではないでしょうか。


24、それは、彼らは、彼らに都合のよい西洋の思想や学問を取り入れて、それを「科学」といい、自らを「専門家」と称したことです。
「西洋の学問」=「科学」=「専門的」=「先進的」であり、これに対して、「日本的思考」=「非科学」=「大衆的」=「後進的」とみなした。
その上で、自らの身を前者の「科学」「専門家」「先進的」の方においたのでした。
これは、「世界」=「先進的」=「普遍的」であり、対して「日本」=「後進的」=「特殊的」というあの図式と同じものです。
この両者を重ね合わせれば、西洋の知識を身に付けた知識人は、あたかも日本の外にたって日本を眺めつつ、その特異性を批判する、という特権的立場を手に入れることができたのでした。


25、端的にいえば、近代以降の学問の主流が西洋から輸入学問だったということです。
それでも戦前は、哲学など、デカンショデカルト、カント、ショーペンハウアー)などといいながらも、それをいかに「日本化」するか、あるいは「日本的なもの」といかに対峙させるか、という意識があったのですが、戦後になると、それもほぼなくなってしまう。

 

26、だから「世界」とは常にひとつの単なるイメージであり、もっといえば、「日本」なるものを、特殊な国として定義するためにもちだされたフィクションでもあるのです。
しかし、だからこそ、「開国の論理」はなかなか強力であり、しかも延々と続いてしまうことになる。
「世界」が無内容であって、その時々でイメージするものが変化してゆくからこそ、いつまでたっても「世界に乗り遅れる日本」というこの構図は生き延びるのです。


27、ところで、「開国」とは何でしょうか。
先ほどから、「開国」とは、「世界の潮流に乗ること」であり、「世界という普遍性に向き合うこと」だといってきました。
いや、近代以降、日本ではそう考えられてきたのです。
しかし、本当はそうではないでしょう。
世界は実は多様です。
「開国」とは異質なものに出会い、世界は多様であることを知ることなのではないでしょうか。
「開国」とは、何よりまず、異質な文化、社会、宗教などに出会うことです。
そして、己の独自性を改めて知ることなのです。
特異性ではありません。
独自性です。
自国の、自文化の独自性を認識することなのです。
しかしわれわれは「普遍的な世界」や「グローバル・スタンダード」といった時に、決してイスラムやインドやアフリカなどを思い浮かべません。
「普遍的」や「標準的」ということで、常に西洋先進国を思い浮かべるのです。
いやもっと端的にいってしまいましょう。
少なくとも戦後、われわれが「世界」といった時に「世界」とは何かというと、実は「アメリカ」なのです。
「世界標準」とはアメリカの示したルールなのです。
「普遍的な世界」とはアメリカのことなのです。
「世界に乗り遅れる」というのは、実は「アメリカに見捨てられる」ということなのでした。

 

28、たとえば、2011年12月1日付の産経新聞竹中平蔵氏が論考をよせて次のように述べています。
自由貿易が国民全体に大きな利益をもたらすことは、アダム・スミスの『国富論』以来、世界が経験してきた共有の理解だ。
日本自身これまで、自由貿易で最も大きな利益を得てきた。
だからTPP不参加など論外だ、といいます。
これは、竹中氏に限らず、「開国派」の典型的な論理なのです。
「世界では自由貿易グローバル・スタンダードになっている。
日本だけがこのスタンダードに追いついていない。
日本も世界に国を開かなければならない」という。
私は、このたった2、3行のセンテンスに対してたちどころに四つの疑問を感じてしまいます。
第一に、アダム・スミスはそれほど単純に自由貿易を擁護したわけではありません。
彼は、金融グローバリズムというべき当時の重商主義を批判したのですが、それは、自由主義にすれば安全で確実な国内に投資がなされ、国内の産業が活性化すると考えたからです。
第二に、自由貿易が世界を利する、という命題は今日では簡単に成り立ちません。
金融グローバリズムができあがって、ヘッジファンドの資本が世界各国へ影響をあたえる今日では、自由貿易が世界全体の利益になるという命題は成り立ちません。
第三に、自由貿易の教義が世界中で受け入れられている、などということはありません。
中国やロシアやインド、アラブ産油国など、世界経済に大きな影響を与える国をみてもとてもそうはいえないでしょう。
アメリカでさえ、他国の経済構造に口を突っ込んできたり、時には保護主義にはしったり、決して自由貿易をやっているわけではありません。
それにそもそもTPPとは一種のブロック経済なのです。
第四に、TPP参加が無条件に日本の利益になるかのようにいわれますが、これもとんでもない暴論と思われます。
なぜなら、TPPとはこれから経済連携のルールを決めるのです。
ルールがまだ決まっていないのに、どうして経済的利益を計測できるのでしょうか。
それは日本の政治的な交渉力によるのです。

 

29、すぐにひとつのことに気づきます。
第一の開国も第二の開国も第三もすべて「アメリカの圧力」によるものだということです。
別に自発的に開国したわけではない。
あくまで外圧、とりわけアメリカの圧力によるものだった。
少なくともそれが背後にあった。
こうなると開国論は未だにあの「黒船ショック」を引きずっているのではないか、といいたくもなってくるでしょう。
精神分析学者の岸田秀氏は、近代日本の歴史には、「黒船ショック」というトラウマがあり、未だにその後遺症から回復していない、と述べましたが、それもあながち間違っているわけではない。


30、じっさい、日本は東洋において初めて近代化した。
19世紀における東洋唯一の近代国家になった。
そのことは格別な意味をもっていました。
なぜなら、近代化とはそもそも西洋においてでしかありえなかったからです。
この格別な意味を生みだしたものが、さしあたってはあの「たった四はいで夜も眠れず」という黒船ショックだった。
つまり、アメリカとは、当時の日本人にとっては、あの巨大で真っ黒でとてつもない巨砲を備えた要塞のように堅固な軍事国家だったということです。
アメリカとは何よりも「力」の象徴たったのです。


31、ここで林房雄は、日本の近代史とは「東亜百年戦争」の歴史だ、というのです。
大東亜戦争は1941年の真珠湾攻撃にはじまったわけではない。
おおよそ100年前から始まっていた、という。
もっとも林は、特に黒船ショックを強調しているわけではなく、彼にとっての100年戦争とは、実際にはその数年前から始まっていた。
ペリーの黒船来航の前にすでに、1778年にロシア船が蝦夷にやってきて通商を求め、92年にもロシアは幕府に通商を求めて拒否されています。
97年にはイギリス船も蝦夷にやってきており、こうしたことが頻発したために幕府は1825年に「異国船打払令」を出すのです。
さらに1831年にはイギリス船が東蝦夷に現れ、37年にはオランダ国王が開国を進言する。
さらに46年にはアメリカのピッドルが浦賀で通商を要求し、52年にはロシア船が下田に来航する。
つまり、北からはロシアが、東からはアメリカが、南西からはイギリス、フランス、オランダが飢えた猛獣のように日本をうかがう、というのが当時の情勢だったのです。
大事なことは、これらの動きを幕府はただボーッと静観していたわけでもなく、それなりの危機感を持った人がいたということです。
しかもその危機感は、ただ消極的な意味での日本の防衛というだけではなく、もっと積極的な意味での防衛を意図したものでした。
たとえば、吉田松陰は、この当時の世界は、アジアやアフリカが西洋列強の植民地になりつつあることを的確に知っていました。
そしてロシアが南下し、英仏などが中国をねらう世界情勢のなかでは、日本は積極的に蝦夷を開拓し、カムチャッカをねらい、琉球や朝鮮を窺い、さらには満州やインドまで視野にいれるべきことを論じているのです。
列強による植民地化を防ぐためには、日本は満州から中国、台湾からさらにはインドまで出撃するつもりがなければならない、というのです。
もちろん吉田松陰は山鹿流の兵学者ですから、軍事力による日本への脅威とこれに対抗するための軍事的な力へと関心が向かったということかもしれません。
そして林によると、積極的に海外へ進出しようというこの「東亜経略論」は、松陰だけではなく、いい方は違えども、佐藤信淵橋本左内藤田東湖らの知識人から、高杉晋作中岡慎太郎などのいわゆる幕末の志士たちにまで共通するものだったという。
そのなかでも、水戸の徳川斉昭、越前の松平慶永、薩摩の島津斉彬らは明確にこの「東亜経略論」をもっていた、というのです。
これだけの背景があって、1863年の「薩英戦争」と翌年の「馬関戦争」がでてきます。
吉田松陰の教えを受けた長州藩士がフランス船やオランダ船を砲撃し、これに対してアメリカのワイオミング号が長州を砲撃する。
こうして米英仏蘭からなる4国連合艦隊と長州の戦い(馬関戦争)にいたるのです。
だから「東亜百年戦争」の実際の戦闘はここに始まった、と林はいう。
ここで日本はじっさいに圧倒的な西洋の「力」を知ることになります。
ペリーの黒船来襲はもちろんとてつもない脅威を日本に与えました。
しかし林が強調するのは、それに対して日本人が対抗しようとしたことなのです。

 

32、さて、もちろん、薩摩も長州もこの経験によって列強の圧倒的な軍事力を思い知ることになり、軍事的抵抗を放棄します。
それが明治新政府の開国政策につながってゆく。
しかし忘れてはならないことは、繰り返しますがこの「開国」の前提には「蝦夷」があったということなのです。
「開国」は、ただ4隻の黒船に震え上がって「まいりました」といったのではなく、もともとは「蝦夷のための開国」だったのです。
そして「蝦夷」もただの夷狄へのフォビアというだけではありません。
列強によるアジアの植民地化という当時の世界状況を知った上でのことだったのです。

 

 

33、明治政府には三つの基本的な政策の柱があったとしばしばいわれます。
富国強兵、殖産興業、公議輿論の三つです。
このうち富国強兵、公議輿論はすでに幕末期から唱えられていました。
やがて明治になり、富国強兵は「富国」と「強兵」へと分離してゆきます。
経済的な富を生み出すという「富国」と軍事力を増強するという「強兵」は財政的に矛盾しあう面がでてくるからです。
また公議輿論の方も、明治政府が成立するとやがて「議会設立」への動きと「憲法制定」への動きにわかれてゆきます。


34、大きな転機になるのは、1873年の征韓論であり、74年の台湾出兵、75年の江華島事件でした。
いわゆる「蝦夷派」もすでに文字通りの「蝦夷」などという目標はもはや掲げていません。
しかし、蝦夷の精神をくみ明治政府に不満をもつ旧士族たちはアジアへの外征という「アジア雄飛」を唱えていた。
それがひとつの頂点を迎えるのが西郷隆盛板垣退助の征韓論であり、大隈重信らの台湾出兵だった。
これらの出兵は決して偶発的なものでも恣意的なものでもなく、そもそも五箇条の御誓文と同時に出された「御辰翰」には、国威を海外にはることは新政府の目的である、と書かれていたのです。


35、しかしそれでも、その後の「文明開化万歳」的な近代化に比べれば、この「開国」を支えた蝦夷の気分、もしくは「維新の精神」を忘れてはならないという思いは残るのです。
「開国」をただ「文明化」と理解するだけではとても日本の近代というものを理解することはできないのです。
それは「第一の開国」だけのことではなく、現代にまで続いてくる問題なのです。
「開国」を理解することは決して容易ではないことを知らねばなりません。


36、黒船来襲を頂点として幕末には西洋列強諸国が日本を脅かします。
そして当初の日本の反応は主として「蝦夷」でした。
薩長を中心とする蝦夷派が江戸幕府を倒して明治政府を打ちたてる。
ところが、その蝦夷派によってつくられた明治政府は、諸外国との間の不平等な条約を尊重するだけではなく、積極的に諸外国の進んだ制度や精神を取り入れるという開国派に変わったのでした。


37、だから英米との大東亜戦争は、この観点からすれば、幕末の黒船来襲、あるいは1825年の異国船打払令あたりからすでに始まっていた、ということになるのです。


38、列強たろうと意志することは、遅まきながらであれ、植民地争奪戦に参入することであり、列強の位置を維持しようとすれば、他の列強との戦いに備えてそれなりの資源や経済力を確保しなければならないのです。
軍部の独走や、日英同盟の破棄や、松岡洋右国際連盟脱退や、あるいは近衛文麿の「英米本位の平和主義を排す」や、ハル・ノートの無視といったことは確かにありました。
だけどそれもこうした道筋のもとで生じたことでした。


39、しかし私にとって驚きなのは、むしろ、事態が、まさに「宿命」であるかのごとく動いてしまった、ということなのです。
日本の近代化=文明化のロジック通りにことが運んだのです。
そして、この「日本近代化ロジック」とは、根本的に矛盾を孕んだものだった。
その矛盾が結局は「大東亜戦争」まで行き着いてしまったということです。
さて、そのロジックをもっともよく理解していたのは福沢諭吉だと思います。


40、「一身独立、一国独立」は福沢の終生のキーワードでした。
「日本人は日本国をもって我本国と思い、その本国の土地は他人の土地に非ず我国人の土地なれば、本国のためを思うこと我家を思うが如し、国のためには財を失うのみならず、一命も擲ちて惜しむに足らず。
これ即ち報国の大義なり。」


41、福沢は繰り返し、文明化の目的は日本を西洋化することなどではなく、あくまで日本の独立を保つ点にこそある、という。
「国の独立は目的なり。
国民の文明はこの目的に達するの術なり」というわけです。
これは福沢の文明論の決定的ポイントで、「文明論之概略」という書物は、まさしくこの「一国独立」のために書かれたものでした。


42、文明の進展とは、「人の精神発達」だと福沢はいう。
精神発達とは、人々が自由に議論し、合理的にものを考え、相互の交流を盛んにし、精神の働きを活発にすることです。
そしてそこから科学や技術が生まれ、その結果として高度な産業や軍事力がうみだされる。
つまり「富」と「力」です。
この富と力をもって西洋はアジアを支配しようとしている。
となれば日本の独立は、早急に西洋並の文明化をはかり、「富」と「力」を手にするという一点にかかっている、というのです。


43、すでに福沢は次のようなことを述べていました。
そこでわれわれは発奮してわれわれの基礎を固めることが大事で、彼らによって侮られないようにしなければならない。
じっさい、経済人も法学者も政府も発奮してその努力は外国人にも大きな印象を与えている。
しかしひとつ決定的に欠如していることがある。
それは我が国全体の気風として軍事をあまりに等閑に付している点だ。
古来、我が国は尚武の国と自称しながらも、現実にはその反対になっているではないか。
文明の文に酔って武を忘れているではないか。
こういうのです。


44、この近代日本の矛盾が抜き差しならないまでに亀裂を膨らませてしまったところに大東亜戦争が帰結したのでした。
林房雄の『大東亜戦争肯定論』は、それを「東亜百年戦争」と表現したのでした。
ロシアが北方からやってき、アメリカが黒船で来航した時に、すでに日本と西洋列強の「戦争」は始まっていた、ということです。


45、「アメリカ」は、その意思を無理やり日本に押し付けたわけではありません。
憲法にせよ、実はサンフランシスコ条約締結後に日本がそれを改正しようとすればできた。
戦後民主主義なるものも、日本の特に進歩的知識人たちが率先して唱えたものです。
にもかかわらず、その背後にはやはり「アメリカ」があった。
日米安保体制があり、軍事上のアメリカ依存があり、アメリカの圧倒的な経済力が日本を支え、民主主義や自由主義はあくまでアメリカが手本だった。


46、この戦後の繁栄が、あの戦争における多大な犠牲の上に築かれているからです。
300万超ともいわれる戦争の死者たちの屍の上に成り立っているからです。
そして、「公式的」にいえば、その戦死者たちに対して、戦後のわれわれは、侵略戦争の加担者という汚名を与えたからです。
端的にいえば、戦死者たちの壮大な犠牲の上にわれわれは自由を謳歌し、富を築きあげ、なにひとつ不自由ない生活をしながら、その彼らに一種の犯罪者の汚名を着せたのです
これでは、「彼ら」の道徳的な誤りを非難しているわれわれの方が、不道徳なのではないでしょうか。


47、1970年には大阪万博が開かれました。
この頃には、日本人は、たらふく食べ、昭和元禄を遊泳し、世界最速の鉄道に乗り、レジャーやらスポーツやらと、自由と快適さをどの国よりも満喫していました。
それはそれでひとつの成功物語だったのでしょう。
しかし、そこにあの「疾しさ」があれば、昭和元禄のかつてない平和と繁栄のなかに、えもいわれぬ精神の堕落と文明の虚栄をも透視できたはずでした。
三島由紀夫は、「戦後」という時間のいかがわしさをもっとも先鋭に意識した作家でした。
彼は「戦後」の繁栄に隠された出生の罪科をよく知っていました。
その罪科をどこかで意識しない平和と繁栄は虚飾以外の何ものでもなかったのです。


48、樋谷秀昭は『昭和精神史 戦後編』のなかで、三島由紀夫の死をもって昭和は終わる、と書いています。
三島由紀夫といふ個人の死は、敗戦後25年間の日本人の意識の捩れを一瞬の白光の中に曝け出した」という。
三島にとっては、戦後とは、戦前に大義とされたものをすべてひっくり返して平然とし、自らすすんで敵国アメリカに平伏し、戦死者たちへの背信を8月15日革命などといって合理化し、天皇を週刊誌のネタにして恥じない精神の蔓延以外の何ものでもなかったのです。
そこに何らかの疾しさも後ろめたさも感じなくなり、それどころか、その「戦後」をこそ理想社会へのとっかかりであるかにみなす精神こそ不道徳きわまりないものだった。
「三島の死で昭和は終わった」という樋谷の表現は、もはや三島の後に三島のような人物は現れないということでした。
「文」と「武」を一致させる形で「戦後」の欺瞞と身を以て決別しようとする人物はもはや現れないだろうということです。


49、しかし、このポスト・モダン消費ブームも、そして80年代後半の日本経済の「一人勝ち」も実は単なるバブルであったことが判明してしまう。
80年代の繁栄は実際には虚栄だったことがやがて明らかになる。
バブルがはじけてみれば、何のことはない。
日本経済の底力などさしたるものではなかったというわけです。

松田聖子さんの夏コン・当選

<本題の前に、ブログ『喧嘩の必勝法』に”11いいね”ありがとうございます。

西部邁 『戦争論―絶対平和主義批判』を読んで、に”35いいね”ありがとうございます。

ちなみに”いいね”10未満は記載しません。


そして、ブログのアクセス数が150から徐々に上がり、現在、180程度にアップしました。


読者様、ありがとうございます。


なので、学生の時、バンドやソロで横浜や渋谷のライヴハウスを周っていた頃の写真を再アップします>

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昨年の夏コン・ツアーは関東圏は横アリのみでした。


しかし、今年は、武道館2日間、SSAです!


松田聖子  『「We Love SEIKO」-35thAnniversary松田聖子究極オールタイムベスト50Songs (remastered)』で、人気再燃かな?


そして、大阪、名古屋、聖子さんの地元、福岡ですね。


クレジットカードを作ったので、やっぱクレジットカードの方が当選しやすいですよね。


「ちょこむ」とかより。


席は悪いけど、関係ないッス!


聖子さんはね、…中学生の時に知って、初めて付き合った彼女が部屋に来る時は、アルバム『Pineapple 』を、ずっと流してたんです。


以前はね、カウントダウン・ライヴをやっていて、一度だけ行きました(それまでは年齢的に無理だったので)。


夜の23時ぐらいから始まって、観客と聖子さんとカウントダウンを叫んで、「A Happy New Year!」と。


楽しかったですねぇ~~


だって、1万人以上の観客とのカウントダウンですからねぇ~~


だけど、帰りは、横浜で終電です。


最寄り沿線が終電なんです。


だけど、元旦だから、24時間走ってるでしょ。


なので、2時間くらい、階段に座っていれば電車は来る。

 

7月の9日(日)です。


武道館、二日目だから、盛り上がる事、必須です★


クリス・ハートさん、来てくれないかなぁ~~

 

でね、…HKT48の、みおちゃん(19歳)が聖子さんの大ファンらしいです。


HKTなので、福岡公演、行くんでしょうね。

 

 


クリスハート&松田聖子 夢が覚めて
https://www.youtube.com/watch?v=1nrreKc5VYw


松田聖子 〜 永遠のもっと果てまで
https://www.youtube.com/watch?v=O-lJdP2Jokc

ユーミン作曲なんだね★


松田聖子 白いパラソル
https://www.youtube.com/watch?v=NNrVQqYJjOc


松田聖子 裸足の季節 (1980)
https://www.youtube.com/watch?v=6VTzUO-PBOo

聖子さんのデビュー曲です。


20th Party ‐ Seiko Matsuda
https://www.youtube.com/watch?v=bt6q60m_lh4

アンコールで必ず歌われます★

娘の沙也加ちゃん登場ですね。

 

 

HP 「Aki's Bar」
http://aki-s-bar.webnode.jp/

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思想家の西部邁 『戦争論―絶対平和主義批判』を読んで。

(この本は1991年に書かれたものです。
また、読み始めて気付いたのですが、僕はこの本を過去に読んでいます。
本棚を見渡しても無いという事は捨てちゃったんですね。
ですが、今回は心に響いたので、印象に残った文章を羅列します。名著です)

 

1、捕虜になったときの振る舞い方についての軍人教育がなくとも、拷問を受けたり激しい尋問に連日遭ったとうのならばともかく、自分から進んで自分の仲間をアメリカ軍の攻撃にさらすような情報を提供するというようなことはしない。
それが人間がまともであるための最低条件ではなかろうか。
すべてとはいわないが大方の日本人のなかに伏在している「自分さえよければ」という卑俗なエゴイズム、自分がアメリカの覚えめでたく助けられればそれでよしというごく直接的なエゴイズム、そういうものの現れではないかと私は感じた。


2、民間人とて同じである。
たとえば占領軍の総司令部に寄せられた日本人からの投書がいまアメリカの国務省の一室に保管されているのだが、それは30万通の多きにのぼるという。
そのほとんどは、「占領軍の皆さま、戦時中に悪いことをしたあの日本人をぜひ逮捕してください」という類の密告である。
これが何十通とか何百通にとどまっているのであれば、この世には変な人間がいるものだですむのであるが、30万通ともなると、これは日本の国民性についての資料なのではないかと言わざるを得ない。


3、私が指摘したいのは、そういう傾向に対し、いわば臭いものにフタをするといった調子で、たとえば「平和と民主」という綺麗事を並べながら、戦後という時代にベールをかけるようなやり方にはそろそろ終止符が打たれるべきだということにすぎない。


4、自分たちの国家のために死んだ人々に対して、それなりの弔いの儀式を挙げてなすのでなければ、国家の連続性つまり歴史の観念が保持されえない。


5、敗戦にもとづく自己不安の増大のなかで戦勝国に右へならえするという敗戦国にありがちなことが日本にも起こったのである。
それが「病理」であるのは、アメリカナイゼーションが自動症めいたかたちで、かつ過剰な規模で、進行したからである。
というのも、この場合のアメリカナイゼーションとはインダスとリアリズムつまり産業主義とデモクラティズムつまり民主主義との二本の柱から成り立つ価値体系としてのアメリカニズムに吸収されることだからである。
産業制はいつも集団のシステムとして、しかも開放されたシステムとして動く。
産業の発展のためには、日本流の伸縮的な集団主義がうまく機能するのである。


6、アメリカ型の文化は、状況によってコンフォーミズムつまり画一主義に走りがりである。
たとえばアメリカという国家が危機的な状況に陥ったとき、その個人主義者の集まりであるはずのアメリカ人たちが、「アメリカン・フリーダム」や「パックス・アメリカーナ」を叫びながら、一挙にコンフォーミズムへと向かう。


7、ヨーロッパは、そして少々だがアメリカも、産業化と平等化を掲げはしたが、しかし陰では、それにブレーキをかけようともしてきた。


8、しかし私のみるところ、80年代に入るあたりから、日本の経済大国ぶりが明らかになるにつれ、このまま近代化路線・アメリカ化路線をひた走っていて果たしていいものかどうかという不安が、日本人の心奥にひそかに芽生えてきた。
というのも、アメリカ化とはマネタリズムとテクノロジズムにおける成長とその成果の平等の分配ということにはかならないのだが、その結果、日本人は目標喪失・目的喪失・価値喪失という自己不安に苛まれはじめたのである。


9、真善美の絶対的基準はない。
それを求めることも不毛である、と構えた結果なにが出てきたかというと、欲望主義である。
真善美の絶対的基準に照らし合わせて自分の意見とか行動を律するのではなくて、自分の内部から生じてくる欲望を解放しつづけるという生き方である。


10、その一つは、流行といってもいいし世論といってもいいが、世間で人々がやりはじめているものに右へならえするという俗流集団のやり方である。


11、ところが、湾岸戦争に際して、世論は50年代の理想主義に逆行していく。
これは精神病理学でいうところのリグレッションつまり「退行の病理」である。
湾岸戦争をめぐって平和主義の声が随所で聞かれたが、それは本心から叫ばれた声ではなかった。
ともかく、湾岸戦争をめぐる平和主義は「退行の病理」と「合理化の病理」の複合としての日本の文化的病理だといわざるを得ない。


12、また反左翼あるいは非右翼のがわにも平和主義者がいなかったわけではないのだが、彼等もまた現実にかんする判断を持っていた。
つまり、アメリカは必ず日本を守ってくれる、したがって日本は軍備を持つ必要はないという判断である。
アメリカに依存していれば、どうにか戦争に直接かかわらずに過ごせる、というわけだ。
これは、少なくとも単純論理では、簡単に成り立つ構えである。
つまり他国に攻められようとも日本は武力的には抵抗しない。
もっと広くいえば、日本の隣国なり友好国が理不尽なかたちで侵略されようと、日本はそれを助けようとしない。
ひたすらなる念願として絶対平和の姿勢を日本人各位が唱え、そしてそれを他国の人々に訴えることだけをしようという次第である。


13、わかりやすくいうと、ヒューマニズムという名の「性善説」を信じ込まなければならないということである。


14、40年の長きにわたって存在している自衛隊および日米安保条約という軍事同盟、その二つは巨大なる憲法違反であり、絶対平和主義者への巨大なる挑戦である。
だが、平和憲法の革命性やら急進性を主張している彼等ポストモダニストたちが、自衛隊を解体せよ、日米軍事同盟を破棄せよ、という言挙げをしたとも運動を展開したとも私は聞いていない。
彼等がいま、湾岸戦争をめぐって、自衛隊海外派遣に反対するというようなかたちで、平和主義の根源的革命性を唱えたとしても、彼等のこれまでの振る舞いからして、とても本気のものとも思われない、そして今後も、自衛隊解体や日米安保条約破棄の運動の先頭に彼等が立つとはどうしても考えられないのである。


15、「日本には危機管理の準備が足りない」とよく言われるし、ある評論家の表現でいうと「戦時文法がない」のが日本である。
それはまさにその通りであって、平和憲法の存続を許しているような国家に危機管理意識がみなぎっているわけはないのである。
戦後、アメリカの庇護の下に安定した平和と繁栄を享受してきた日本人の生活意識のなかに危機意識が育つわけもない。
私が問題としたいのは、国際的な危機に対していかに対応するかという構えは、人々の日常生活のなかにこそ根を下ろしていなければならないという事である。


16、膨張を恐れずにいえば、欧米では、危機意識や危機管理能力が日々の家族生活や職場生活のなかで微妙に訓練され少しずつ蓄えられていく。
そういう日常生活のおかげで、国家的な危機にもかなり敏速に対応できる。
世論が国家的危機の問題性を敏感に感じとって速やかにまとまり、それを受けて政府の対策も速やかに組み立てられる。
少なくともそういう素地が欧米文化にはある。


17、絶対平和主義を唱えている人自身がヒューマニズム性善説も信じていない。
それどころか平和憲法なるものを全面的に擁護するための言説にも運動にもコミットしていない。
彼等が突如として唱えはじめた絶対平和の理念なるものは、やはり、状況に対する怯えにすぎない。


18、よく言われているように、湾岸戦争は世界の戦争史の上で初めて、国連という国際機関の決議にもとづいて行なわれた戦争である。
国連そのものが第二次大戦の最大の勝利国であるアメリカのイニシアティブあるいはエゴイズムとのかかわりでできた機関であり続けているのであるから、戦争を国連決議にもとづかせたのもアメリカの戦争の口実にすぎないという面がないわけではない。
もしアメリカの国家エゴイズムが決定的だったというのなら、アメリカはバグダッドまで侵攻してイラクフセイン大統領を殺すこともできたであろう。
だが、あの戦争の大義名分は国連決議だったのであり、それゆえクウェートを解放した直後に戦争をやめるほかなかった。


19、さて問題は、どうして禁止するのか、という素朴な一点に絞られる。
人間には、ヒューマニストたちが褒めあげるような性善なる麗しい性格もあると同時に、その逆に性悪としかいいようのない如何わしい性格もある。
これについては、人類史は一向に改善をみせていない。


20、文明というものの定義については色んな仕方があり、たとえばシュペングラーのように、文明と文化とは違うという見方もある。


21、もっと言えば、日本人の容貎が非文明のそれに近づいているのが私の気がかりである。
特にいわゆるマスデモクラシーの進展とそこにおけるマスコミの巨大な成長の結果として、「ルールによる支配」ではなく「感情による支配」が日本に広がりつつある。


22、だが、湾岸戦争に対する日本の反応は、ルールの意義やフォースの意味を度外視して、感情論に埋没する体のものであった。
それが最終的には絶対平和のお念仏へと吸い込まれていったのである。
非文明人の陣営から支持を与えられることがあっても、文明人の陣営からは、いったいお前たちは文明というものをどう考えているのか、文明に参与したくないのなら、はっきりそう言ってもらいたいと詰問されても、抗弁のしようがない。


23、アメリカ経由にせよヨーロッパ経由にせよ、近代日本もまた自由思想のありがたみを理解したし、自由を享受してもきた。
しかし自由には秩序がなければならないという単純な原理が日本ではしばしば忘れられるのだ。


24、こうした無頓着なまま第9条を人類の理想とするのは単なる夢想である。
第二に、これの方が感情論としては重要なのだが、「自分が攻められて武力をとるぐらいなら自滅の道を選ぶ」という平和主義者の構えがどこまで本気のものか、という事である。
日本人1億2千万が、自滅を覚悟で戦争放棄をするほど強靭な精神を持った国民であるとは到底考えられないし、これからもそういう国民になりうるとも予想できない。


25、第三に、一切の戦争を放棄するという事は、とりもなおさず、自国の自衛権を放棄するということである。
つまり、国家の主権を守る権利はあらゆる国々に備わっているということを一旦は認めた上で、その自衛権をあえて放棄するというのが平和主義者の戦争放棄である。


26、言葉はコミュニケーションの手段であるとともにディスコミュニケーションの手段でもありうる。


27、ネーションとは、それを根源において規定すれば、人々が共通の文化に支えられ、更にいっそう確かな共通の文化をつくる方向において協力できるはずだという共同のイメージの事である。
つまりネーションの本質は、共同幻想なのである。
しかし異なったネーションの間には相互理解だけではなく相互誤解が、相互依存だけではなく相互反発がある。
したがってネーションの自衛を考えるとき、戦争の可能性をいつも念頭におかざるを得ないのである。
そして特殊な状況における現実性として、戦争は人類に不可避なものだと考えておいた方がよい。
最低限、仮設としてでも構わないが、ネーションの不可欠性と戦争の不可避性について考慮しておくべきなのである。


28、国家はスタチュートとローの両面に関わりはするが、どちらかというと、後者を大事とする。
少なくとも自由主義の立場をとる国家にあってはそうである。


29、人間の言語能力ひいては記号化能力の本質が「差異化」の能力にあるという事であった。
つまり差異化された記号や差異化された意味を果てしなく生み出す能力が人間の根源に備わっているというわけである。


30、こんな理屈をわざわざ動員するまでもなく、歴史を冷静に眺めれば、各国民国家がボーダレスになる、つまり国境を無くして融合し合うなどということは、とてもあり得ない事だと分かる。
確かに経済の側面においては、貨幣・商品・技術あるいは人間が国境を頻繁に越えて移動している。
ボーダレス・エコノミーはこれからも進捗するに違いないのだが、しかしながら文化的および政治的にいうのならば、ボーダレス・エージは同時にボーダフル・エージでもあるのだ。


31、今度の湾岸戦争に即してみても、アメリカの正義やアラブの大義がいわれたが、正義といい大義といい、各国の国益に対する名分に過ぎないではないかといわれれば、確かにその節が濃厚である。
湾岸戦争をめぐっても、ナショナリスティックに物事を理解するという方が分かり易いようにみえる。


32、これも繰り返しになるが、ルール破りに対する制裁条項を持ってこそのルールであるから、国際社会においても国際ルールが破られたときは、それに対する制裁というものを科さざるを得ない。
湾岸戦争は、そういう意味でも、ルールというものの紛れもない単純な性格を全世界に知らせたのであった。


33、トラディションつまり伝統とは、少なくともその本質は、人間の理性・感性に対する知恵ある遣い方の事である。
人間は理性と感性がなければ人間として生きていけない。
もちろん念の為に申し添えれば、トラディションには誤謬も堕落も残酷も含まれている。
しかし人類の歴史が暴動だ、戦争だ、革命だ、というふうに色々な浮沈を経ながらも、何はともあれ連続性をもって現在までつながってきている以上、その連続性を可能にしてくれる知恵が人類の歴史の奥底にあるはずだと考えるしかない。


34、そして、これが重要なのだが、トラディショナルな知恵の中心にはルールがある。
厳格なルールのみならず、弱いルールとしてのマナーやエチケットもそこの蓄えられている。
トラディションの本質は人間の表現活動におけるバランスを可能にするような表現のルール・マナー・エチケットなのである。


35、前世紀末、ニーチェは近代人における「価値判断能力の著しい衰退」の事を指摘した。
それから1世紀経って、もっと深刻なかたちで、紛れもなく不道徳の言辞が日本の言論界を支配している。
しかもあろうことか、そういう自分らの不道徳をカモフラージュする為に、平和憲法を守れ、という一聞したところでは麗しげな合唱が歌われた始末である。


36、湾岸戦争をめぐって、少なくとも萌芽としては、国際社会が国際ルールに照らして律せられる方向へと進んだ。
私の価値判断から言えば、それは文明の成熟であり進歩である。
その進歩が今後も単線的に進捗するとは思われない。


37、日本人としては残念な事だが、西欧が文明における先達者だという事を確認した方がいいのではないか。
確かに西欧の理性一元論や技術一元論が弊害を多々もたらし、しかもそれにキリスト教的なエゴセントリズムが付け加わって、非西欧世界に対する恐るべき残虐が数世紀にわたって行われたのは事実である。
しかしそれを通じて、自己の一元的な傾きの誤りを自覚したのは西欧であるし、自己のエゴセントリズムからくる残虐性を自覚したのも西欧である。
西欧が文明の先達だというのは、自己の不完全性というものを知ってかえって、自己以外のものに対して自己を開かなければ自己自身が成り立たないであろうという事に明確に気づき、それを哲学・思想・文学にまで深めようと努力したからである。
そして、そうした努力の中枢にルール意識が育ったのだと私は思う。
その点にあえてこだわって言えば、日本を含めて非西欧というのは、文明の基準からいえば、やはり大人ではないのである。
己の持っている不完全性を自覚できない、己の感情や理屈に明確な体系的疑念を突きつける事が出来ない、それが日本人というものなのだ。
文明圏に所属するという途を選んでおきながら、日本人は文明人ではない。
せいぜいのところ、文明の未熟児といったところにすぎない。


38、ガンジー主義で立国しようというのでは、日本人は人類の珍種だと言われても仕方がない。
しかもその珍種の憲法すら自分でつくったものではない。
自国の憲法を自国民でつくらなかったのも日本人が珍種であることの証拠と言えようが、更に、ただの一カ条も憲法を改正した事が無いというのももう一つの証拠である。
憲法というものは、どの国でもそうだが、戦争や革命のあとの大混乱期において、間に合わせの形でつくられる。
したがって、混乱が鎮まれば、憲法の足らざるところを補ったり、余ったものを削ったりするのが、常識的にいって全く当然の処置である。
それゆえに、たとえばドイツは36回、アメリカも15回というかたちで憲法を改正している。
半世紀近くにわたって、アメリカにつくってもらった憲法を、ただの一度も変えたことがないというのは世界でたった一つ、日本だけである。

 

39、他方、日本で絶対平和を言っている人々は、ガンジー主義を家庭生活や職業生活において、実践しているであろうか。
わざわざ論ずるまでもなく、嫉妬に動かされ、権威を渇望している連中が口先だけでガンジー主義を唱えているにすぎない。


40、いずれにせよ、アングロサクソン近現代史の世界史の覇権者であるから、それに接近しようという打算からではなく、理想と現実の間のバランスとしての漸進主義という点で、彼我の共通性を認識しておく必要がある。
とはいえ、世紀末から次生起へかけて、日本とアングロサクソンとくにアメリカとの対立が深刻化すると予想される。
端的に言えば、貿易摩擦である。


41、文明は、国家のレベルであれ国際社会のレベルであれ、リベラル・デモクラシーへと進むほかない。


42、湾岸戦争は、「国際ルール」というものの必要性を浮上させた戦争だったのであるが、日本はそれへのコミットメントをサボタージュした。
国際ルールというものの今後の展開について、日本は発言権を自分から放棄した、少なくとも大幅に縮小させた。
これを挽回するには、戦後の観念枠組みのトータルな批判をつうじる、再出発が必要となるのであろう。


43、さて、それでは自由・平等・博愛に代わっていかなる価値のトリアーデつまり三幅対が指導理念となるべきであろうか。
私はそれを「自由・公正・規則」というふうに言い直すべきだと思う。


44、湾岸戦争は、国家エゴイズムのぶつかり合いではあったが、自由とは何であるか、公正とは何であるか、規則とは何であるかという事をみせつけもした。


45、平和のただなかにおいて平和主義を声高に唱えるのは、という事は平和をもって第一義の価値とみなすのは、虚妄である。
平和とはつまるところ「生き延びることに苦労を感じないような状態」の事に他ならないのだが、人間にとって、少なくとも畸型・幼型ならざる人間にとっては、「生きることそれ自体」はけっして第一義の、至極至上の、価値には成り得ないものである。

 

46、自国の平和を維持するためにはまずもって「個別的自衛権」の発想に立って自衛軍を持たなければならない。
次に、自国の平和が他国の平和とも連動しているとなれば、また自国の平和維持のために他国の協力が必要となれば、「集団的自衛権」の発想に立って同盟軍をつくらなければならない。
最後に、国際社会全体における平和の維持がいずれ自国の平和にも関係してくるとわかれば、「国際的安全保障」の発想に立って国際軍に協力しなければならない。
自衛軍・同盟軍・国際軍それぞれの規模と内容について態勢を整えておくのが国家が一人前であることの最低条件だといってよい。


47、結局のところ平和主義は、それ自身、筋道の定かならぬ屁理屈と視野の狭い感情論に立脚しているせいで、「軍事」にかかわる真っ当な論議をすべて排除しようとする。


48、日本は平和国家である。
それゆえクウェート事変に関する日本の貢献・協力は「非軍事的手段」に限られるべきである、こんな世論がマスコミ方面を中心にして流布されている。
これは嗤うほか手のない言葉遣いだといってよい。


49、日本は平和国家である、その根本は平和憲法の前文における有名な文言つまり「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」という文章によって打ち固められている、この平和主義の旗を絶対に降ろすべきではないと世論はいう。


50、頼すべき相手も見定めずに、何ものかの「公正と信義」に信頼を託して「われらの安全と生存を保持」するというのが平和国家というものであるらしい。
日本は平和憲法をいただく平和国家である。
それゆえ平和憲法で禁止されている自衛隊員の海外派遣も認めるべきでないと世論はいう。
野党はもちろんのこととして、マスコミの大半もそのように言い、あろうことか与党の首脳すらもがそれに口裏を合わせる。
実は私も「国連平和協力法案」は憲法違反だと考えている。
憲法前文で平和主義を宣言し、その第9条で「戦力不保持」と「交戦権の否認」をやれば、自衛隊の海外派遣・派兵が合憲だというのはゴマカシの論法によってのみかろうじて主張しうる事にすぎない。
途は二つしかない。
第一は憲法を改正することであり、第二は平和憲法に徹して軍事的な無防備国家となることである。
私自身は憲法改正を主張するものであり、無防備国家を選ぶのは日本が国家として滅びの過程に入ることに他ならぬと固く信じている。


51、私の頷けないのは、事ここに至っても、平和憲法が日本国家に対する手枷足枷となっているという真実を、政治の舞台において、誰1人として明言しないという惨状についてである。
なぜ次のように言うことがかくも憚られるのか。
憲法の平和主義は次第に日本国家にとっての障害となりつつある。
しかし、今まで政治の次元において憲法改正論議をきちんとやってこなかったせいもあって、憲法改正を直ちに政治日程にのぼせるのは時期尚早と言わざる得ない。
したがって、自衛隊日米安保条約が国会および世論によって認められてきたという憲法解釈の実績に立って、その延長に国連平和協力法を構想する。
そしてこの際、集団的自衛権自衛隊の海外派遣・派兵を否定してきた35年前の政府見解は、現在の世界状態にそぐわぬものであるため、無効とみなす。
いずれにせよ、長期的問題として重要なのは、この国連平和協力法を一つに契機にして憲法論議を推し進めることである。
しかしこの種の発言をなす勇気をもった政治家はいなかった。


52、新しくは「子供たちを戦場に送るな」という社会党の宣伝が結構の人気を博し、古くは「人質1人の人命は地球よりも重い」という福田赳夫首相の言辞が易々と通用したのは、われら日本人にあって生命尊重の価値が至上の高みに置かれているからである。
少なくともこの点において、故三島由紀夫はまったく正しかった。
彼は「生命尊重以上の価値の所在」を忘れた戦後日本人を批判すべく、自己の生命をすすんで断ってみせたのである。


53、生命を最高価値とするやり方は、まず個人の生き方として、理念的にも実際的にも、間違いである。
人間は他の動植物の生命を大量に殺戮する。
そうである以上、人間の生命が大切であるのは、「生命それ自体」としてでなく、あくまで「人間的な生命」という観点に立ってのことである。


54、クウェート事変に関する一連の議論のうちで最も滑稽であったのは、「イラクに対する経済制裁は認めるが、イラクへの軍事圧力は認め難い」というものである。
これは、フォース(強制力)なしに機能しうるルール、という荒唐無稽の発想である。


55、欧米人の誉め言葉を献するのはいくぶん業腹ではあるが、彼等の方が徳が高いというしかあるまい。
ヴィルトゥつまり徳とは男らしさの事であり力強さの事だからである。
つまりルールの実行にはフォースがつきものである事を彼らは知っており、われらは知らないのだ。


56、それによって日本人の感情が鋭敏になっているのならともかく、事態は逆なのだ。
サダム・フセインの人質作戦は、日本人の同胞の生命が危殆に瀕するという意味で、準戦争行為に当たるという事すらきちんと感受されていない。
クウェートの現状にみられるいわゆる「不正義の平和」が、実は、強姦や略奪をたっぷり含んだ惨状であろうという事を想像する力量は日本人にない。


57、それに代わって、マスコミの人口言語による疑似世間が登場する。
マスコミは、マス(大量)を当て込むために、マス(大衆)のものでしかあり得ない。
ここで大衆というのは欧米流の意味つまり否定的な意味においてであって、凡庸・低俗・愚劣であるのが大衆的という事なのだ。


58、つまり私たちはもう私たちではないのである。
大衆社会にあって最も公なるものに、つまりマスコミに、すっかり魂を抜きとられ、私であることをやめて生ける屍となってしまった存在、それが私たちである。

 

59、世論は「経済制裁に徹すべきであった」と言うのみで、それが軍事圧力なしに成就しうるものであるか否かについては一言もないのである。


60、日本人の大半が中東問題を当事者として受け止めはしなかった事、やったことはといえば、ほぼ間違いなくアメリカに威圧されてカネを供出し、あとはただ「平和憲法を守れ」と合唱しただけだということ。


61、国際紛争は「諸国民の公正と信義」が国際社会で貫かれていない事の歴然たる現れである事を認めようとしないのは、他国の国際紛争に無関心であるからだとしか言いようがないのである。


62、自衛隊員を丸腰で戦地に派遣しようという「国連平和協力法案」もでたらめ至極であるが、それを憲法違反だと批判するのはもっとでたらめである。
というのも、自衛隊の存在そのものが憲法違反であるからだ。


63、国際社会における有事にまったく対応できないのが平和憲法だとしたら、憲法改正のことが論議されてしかるべきであるのに、聞こえるのは憲法擁護の声ばかりである。


64、つまり、この島国が他国の攻撃にさらされた時にだけ戦争をやる、それが日本人の関わる唯一の戦争だというのだ。
日米軍事同盟も、少なくとも日本側の理解としては、この専守防衛の目的においてのみ機能すべきものとされてきた。
専守防衛とは、たとえば、自分の友好国が第三国の侵略を受けても見殺しにせよ、と構える事である。
世界にいかなる不正義が行われようとも、武力面においては我関せずとして黙認せよ、それが専守防衛である。
これ以外の自衛観を日本はもつことが出来なかった。
自分さえよければそれでよい、日本流とはそういう事なのだ。


65、国連憲章の第7章で規定されている国際警察活動への協力を、金銭面を別とすると、日本は拒否している。


66、日本人はコスモポリタンとは程遠い。
むしろ排外主義者の集まりと言われて仕方ないような生き方をしている。
そして日本人の一番好きな外国はアメリカである。
むしろアメリカナイズされる事が日本人の喜びだと言った方がよいくらいのものである。


67、クウェート事変が思想的刺激である最大の点は、日本人が国際社会についていかなるルール意識をもって対処するかが赤裸に試されるという事なのであった。
そして案の定、その事変に対応できるようなルール意識を日本人は持ち合わせていないと判明したのである。


68、国際警察の仕事が国際ルールの守護である以上、国際ルールを否定するという事に他ならない。
もちろん、それを否定する思想も覚悟も日本人にはありはしないのだが、自分の感情論が国際ルールの否認に繋がるという事まで考えが及ばないのである。
日本人の精神年齢を12歳だとみたマッカーサーの言はやはり正しかったのかと概嘆したくなる道理ではないか。


69、世界に大いなる地殻変動が起こっているのはなぜであるか。
その答えは単純である。
今世紀を通じて覇権を競合してきた米ソの2大強国が衰微、もしくは崩壊の兆しを露わにしているからである。


70、難問はむしろペレストロイカの方にある。
なぜと言ってペレストロイカは不可能事への挑戦に他ならないからである。
つまり社会主義の「建て直し」は社会主義の「打ち壊し」を必要とするという矛盾のなかに社会主義圏は放り込まれている。
そして社会主義の「打ち壊し」は、もしそれが自滅でないとしたら、自由主義の「植え込み」によって可能となる。
だが自由主義、少なくとも国際的な通用力をもった自由主義の「植え込み」について若干でも楽観的な見通しをもてるのは、せいぜい東独・チェコポーランドくらいのものだ。
その他は、自由主義のための歴史的土壌があまりにも貧弱なのである。


71、それもそのはず、自由主義は人間の本性に根差す個人生活であり社会制度なのだ。
人間は自己についての意識つまり自意識をもたずにはいない。
それをもった途端、人間は自意識の展開としての自由を欲求する。


72、イラク問題が真に大問題であるのは、湾岸戦争が勃発したとすると、世界の大不況という導火線を通じて、それがユーラシアの火薬庫に引火するからなのである。
たとえ引火しなくとも、統一ドイツはソ連東欧の混乱に深く巻き込まれずにはいないのである。
ドイツもしくは独ソ同盟は、混乱をかかえつつ、中央ヨーロッパに蟠踞するという傾向に入るであろう。
フランスをはじめとするラテン諸国は、それを恐れるが故に、独ソへの協力を拒絶するような事はできまいが、自分らの独自の方向を模索するであろう。
その模索のなかには、当然、イギリスへの接近という対応策が含まれているという事になるであろう。
そしてイギリスはアメリカとの紐帯を強めようとするであろう。
アメリカは、イギリスとのアングロサクソン同盟を堅固なものにしつつ、しかし世界のヘゲモニーをしっかり掌中にすべく、ヨーロッパに介入するであろう。


73、いよいよ湾岸戦争が勃発した。
勃発すべくして勃発したのである。
この戦争に奇妙なところは何一つない。
イラククウェート侵略を許容するほど現在の国際ルールは緩くなかったというだけの事だ。


74、第三に、国際社会のほとんど全てがアメリカに、強弱の差こそあれ、味方したという事は、それだけイラクの行動が常軌を逸していたという事である。


75、そして日本の危機管理能力の不足はもはや世界に知れ渡ってしまった。
日本の今後に予想される漂流状態のことを想うと、いつまでも「お家の事情」で足の引っ張り合いをしている場合ではない、と私が言ったとて効果はないものの、しつこく言っておく他ないのである。


76、平和憲法がそんなにも大事なら、自衛隊日米安保条約憲法違反だという事について、なぜ人々は口を閉ざしているのか。
それらの憲法違反は、自衛隊輸送機をサウジやヨルダンに送るのと比べたら、比較にならぬ巨大な憲法違反である。
憲法を改正しないのだとすると、憲法のゴマカシ解釈をする他に途は無い。
それが日本の「お家の事情」の真相なのだ。
平和憲法を守れという人々は、湾岸戦争におけるすさまじい国家対立の現実を眼の当たりにしてもなお、自衛隊解散と日米軍事同盟の破棄を言いつのる事が出来るのか。
是非言いつのるべきだ。
そうしてみれば、自分らの言っている事の空しさにいずれ気づくであろうからである。


77、その根本の理由は、日本がいわばアイデンティティ・エンプティの状態にある、という事だと私は思う。
日本に固有の価値を日本のアイデンティティと呼ぶならば、そうしたアイデンティティは、特に敗戦後45年間において、無化されたのではないだろうか。


78、こうした観念と呼ぶにはあまりにも精練を欠いた未熟な言葉の群れが立派に現実社会の重要部分を構成するようになった最初の国家は確かにアメリカであり、次いでソ連であったといってよいであろう。
それら合衆国あるいは連邦国が、雑多な人種・宗教・習慣をまとめ上げるのに当たって理想主義を必要とし、理想主義にとって未熟な標語が不可避であった経緯は理解できる。


79、日本のやった事はと言えば、連合軍の存在を実質として承認しつつ名目として否認するとうい児戯にも等しい振る舞いである。
つまり「日本の供出する90億ドルは非軍事目的に費消さるべし」というのは、名目としては、連合軍の軍事行動に反対するという意志表示である。
もちろん大人たる連合軍は、日本人の見え透いた子供の偽善などには意を介さず、それを好き勝手に遣うであろう。


80、今回の湾岸戦争の最も注目すべき点は、国連決議に基づいて戦争が行われたという事である。
もちろん国連は唯一最高の国際機構ではない。
そんな事は、スイスのように国連に加盟していない国家があることや、国連憲章第53条が日本を含めたかつての枢軸国を「敵国」と認定している事をみれば明らかだ。
とはいえ、国連が現在の世界で最も広範な「国際ルール」をつくりうる主体である事は疑うべくも無い。


81、もちろん「国際ルール」の禁止条項は、国内法と比べて、微弱なものにとどまるのであろう。
それを、制裁条項を伴うという意味で厳格に規定しうるのは、侵略戦争の禁止やある種の環境破壊についてだけなのかもしれない。
しかし希望的観測を交えて言えば、軍縮や最貧国への援助についても明確な「国際ルール」をつくることが不可能とは思われない。


82、犬を莫迦にして言うのではないが、湾岸戦争に対する日本人の平均反応は、健全な人間のそれではないという意味で、やはり犬的と呼ぶのが適当であろう。
しかもその反応は、「弱い犬ほどよく吠える」といった体の種類に属していた。
ほんの一例を挙げれば、「自衛隊の派遣」やら「90億ドルの支援金」やらに反対して「平和憲法を守れ」の声が随所で頻繁に発せられたのがそれである。


83、一部の思想家とか作家とかを自称する人々の間に広まった言説である。
つまり、平和憲法は日本人がそれを世界に先駆けて実行し、世界にそれを普及させるのに十分に値する「革命的性格」を持っていると言うのである。
なるほど、その革命性は疑いようがない。
「絶対に戦力はもたない」、「絶対に武力は発動しない」という絶対平和主義は、つまるところ、「傷つけられても、奪われても、殺されても、絶対に武力による抵抗はしない」という意味での「ガンジー主義」である。
自分であれ家族であれ、友人であれ同胞であれ、友好国の人間であれ敵対国の人間であれ、ともかくいかなる人間のものであっても、彼等の生命・財産に危害が及ぶのにたいし武力で逆らってはならぬ、それがガンジー主義である。


84、また「ルール破り」には制裁が科され、制裁を効果あらしめるためには(武力を含めた)物理的な力が必要である事を日本人は分かろうとしない。
いや、分かっていながら分からない振りをする、それが日本の流儀なのだ。


85、湾岸戦争に限られた事ではないが、日本人が好むのは「力なき言論」としての感情論である。
感情論において多数を占めること、それが日本のデモクラシーだと言って少しも言い過ぎでは無い。


86、「自分さえよければ」という私情の支配は今に始まった事ではない。
半世紀前を振り返っても、太平洋およびシベリアの方面における捕虜や抑留者たちによる、おびただしい数の密告、そしてGHQへの民間人の30万通にのぼるといわれている密告の投書、というふうに数え上げる事が出来る。
それら臭いものにたいする蓋として「平和と民主」のポーズを採用した、それが戦後という時代のいやらしさである。


<この本を読んで、つくづく日本人が嫌いになった。
だが、その僕も大衆の一人である。
憲法改正については昔からブログに書いてきたし、「首相官邸・意見」に投稿してきた。
国連憲章敵国条項の事も。
だが…例えば、隣国と全面戦争になった際、人質にとられ爪を剥がされるようなリンチにあった時、僕は密告しないでいられるだろうか?とも思う。
僕も、まぎれもなく日本人なのである・・・。>