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西部邁 『虚無の構造』を読んで。

(この著書は、1999年に発行されたものです)

印象に残った文章を羅列してゆきます。


1、自意識とは、「自分は何者か」と問う意識のことであり、仮にひとまずその問いに答えが与えられたとしても、その答えの意味をさらに問うというふうに、自意識は進むからである。
この問答の過程は、論理的には無限に続きうる。
つまり、自意識の歩みには安住できる終着点のようなものはないのであり、そしてその「不安」がすでにしてニヒリズムの温床なのである。
そのことにニーチェがあれほど注意を促してくれたにもかかわらず、今世紀のとくに後半、普通「ヒューマニズム」とよばれる人間性の礼賛がさかんに行われた。


2、人間は、単に生きるだけでなく、効率的に生きるだけですらなく、「良く生きる」ことについて本格的な関心を持つ動物である。
なぜそうなるかというと、人間は未来の、というより只今の時間意識の流れの「不確実性」のなかで自分が何らかの「選択」をなさねばならないことを自分で意識してしまう存在だからである。


3、だが、この「消極的ニヒリズム」こそがより根本的なのだ。
「私の認識は欠伸をしていた」と三島由紀夫はいった。
そして彼なりの「積極的ニヒリズム」の表現として、小さなクーデタを企て、その挙句に自裁して果てた。
私の指摘したいのは、三島の意識にあって、「退屈」という「消極的ニヒリズム」が先行していたということである。


4、「世界内存在」としての人間の生の全体性を開き示してくれる契機がないとなれば、人間は不安から自由でいられる、少なくとも不安をやりすごすことはできる。
しかし、人間はおのれの「死」に気遣いをせずにはおれない存在だ。
なぜなら、自分の死は、自分のあらゆる可能性に終止符を打つのであり、それゆえ全体的であるのだから。


5、我々もニーチェのいう積極的ニヒリズムを身につける必要があるのであろう。
だがそれが、古き神の否定と新しき神への願望というような、精神の単純すぎるドラマからしか生まれてこないというのでは困る。
ハイデッガーは、それとは別の方向に、つまり消極的ニヒリズムの底からそれを克服する精神の旅をなすことに、積極的ニヒリズムを定位したのだと思われる。


6、退屈、それが広範かつ露骨に表出されているのは現代である。
とはいえ退屈は、人間性の癒し難い病理としておおよそあらゆる時代のほぼすべての人間に看取される。
退屈というものは、本来的な次元にかかわろうとする精神にすら、食い込んでくるものである。
その意味で、「つまらない」という感覚くらい始末に負えないものはない。
世人はおのれが事物化していくことに、明確には自覚しないままに、退屈を覚える。
世人であることを免れようとしているものにあっても、その努力が自己言及を招来するために、退屈が自覚される。
これが人間の生活と人間たちの社会との総体をつまらないものにみえさせるのだ。


7、ドストエフスキーニーチェはそのような先験主義に猛然と闘いを仕掛けた。
生という名の「物それ自体」には、ドストエフスキーの生におけるように牢獄もあれば、ニーチェのそれにおけるように狂気もある。
理想主義と合体した科学主義は、生における苦悩、絶望、倦怠、孤独の一切にたいして、無関心である。


8、ニーチェドストエフスキーを「多種多様なことを学びえた唯一の心理家」とよんだが、ニーチェもそういう心理家であった。
彼らはともに「自分のなかにある厭わしい思想を発見した人」なのである。
そして両者とも、とくにニーチェは、それを発見したために不幸のただなかにいたが、しかし、まったく不幸とは無縁でいるかのように喋りつづけた。
さらに、すべての信仰を打倒したあとに何が残るのかと問い返されたら、「無」と答えるのに怯みもしなかった。


9、超越への絶対的な帰依を形而上学的に語り尽くすという精神の慣習が乏しい我が国にあっては、認識論は、「神の前に佇立する個人」といった想念からは出発しがたいところがある。
だから、近代に入っても、たとえばあれほど自意識に拘泥して「自己本位」を唱えた夏目漱石ですら、晩年には「則天去私」を周囲のものたちに語らざるをえなかったのである。


10、技術への適応主義が完成の域に達するということは、テクニカル・ナレッジが形而上学になりおおせるということである。
1930年代、ヤスパースハイデッガーのように、技術が社会を支配することを鋭く批判するインテレクチュアルが輩出した。
それは同時に、全体主義による社会の計画的編成にたいする批判でもあった。


11、またたとえば、勇気と節度の関係について考えてみよう。
勇気の過剰は野蛮に堕ち、節度の過大は臆病にはまる。
勇気と節度をいかに平衡させるか、それは生の全経験にもとづく実際知によってかろうじて判断できる事柄である。


12、「死」はその人からすべてを奪う。
生理の運動、気分の流れ、思い出の連綿、理屈の組み立て、想像の揺れ動き、そうしたもの一切が死とともに、一瞬にして途絶える。
もちろん、その不安に脅えて「ソリプシズム」にはまるのは愚かきわまりない。


13、「サタイア」を投げつけられて当然なのが現代人の欲望状態だというべきであろう。
というのも、現代人こそが歴史という偉大に諷刺をあびせるという傲慢を犯したのだから。


14、ここで、デリダのいう「ディコンストラクション」に一言の解説を加えておくべきであろう。
既存の論理を脱構築する能力も性向も、そもそも人間の精神に、ということはその言語に、秘められている。
だが、いったい、どの方向にいかなる速度で脱構築するのかが問題である。
それについて選択肢がないというのでは決定論に陥る。


15、だからそれを、ここでは「自己解釈的実践」とよぼう。
このようにして、人間の生は「日常性」「了解性」「決断性」そして「自釈性」の四項から成立するということになるわけである。
自己解釈が「宿命」の相を帯びるのは、この四本の軸からなる精神の空間における螺旋状の循環が、終局に近づくときである。
その終局には二つの場合がある。
一つは自分の精神の展開力が限界を迎える場合、もう一つは自分の身体が死に直面する場合である。


16、しかし宿命と運命とは、妙な言い方だが、それぞれ逆さになった形で相手に手を差し伸べているのだ。
人間は、死が自分のものであり、そうでしかないため、自分を信じたい、自分の可能性を望みたい、自分を愛したい、と「願望」しているのだが、自己解釈をなすということは、それが願望にすぎないとわかることだからである。


17、このような生の腐敗を嫌って三島由紀夫は、自分に内発する個性と自分の背負う国柄のことをおおよそ自己解釈しおえたあとで、自裁の道を選んだのだと思われる。


18、「自分探し」が徒労に終わることについてはもう十分に述べた。
探し当てられるべきは実在なのだが、実在は言葉を住処とし、そして自分という存在はその住処の番人にすぎないのだ。
言葉が歴史という名の草原を移動しつつ実在を運んでいると思われるのだが、自分という存在はその牧者にすぎない。
その番人なり牧者なりの生を通じて徐々にわからされてくるのは、実在は、そこにあると指示されているにもかかわらず、人間に認識されるのを拒絶しているということである。
それを「無」とよべば、人間は実在を求めて、自分が無に永遠に回帰するほかないと知る。
つまりニーチェの「永劫回帰」である。
それが死という無にかかわるものとしての人間にとっての実在の姿なのだ。
私は「自分探し」を無下に否定するわけではない。
私のいいたいのは、自分が何者であるかは、「実在探し」への決意のなかにしか開示されないであろうということである。