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西部邁 『陥没する世界のなかでの「しあわせ」論』を読んで。

いやぁ~~~ この著書も正に、目から鱗でした。 名著です。

こういうね、…読者が「目から鱗」状態になる著書を立て続きに書いてるわけでしょ。


西部さんって思想家は、もう~~ ハンパない!


このような思想家が、日本に存在する事は、日本人として誇りに思います。


(この本は、2009年に発行されました)


1、ところが、その勝利せる自由民主主義が、60余年のちの今、経済にあってはマモニズム(拝金主義)、政治にあってはポピュラリズム(人気主義)、文化にあってはピュエリリズム(幼稚主義)に、頭のてっぺんまで漬かってしまっているのです。
そういう社会が「大衆社会」とよばれます。


2、資本主義社会におけるマネー、民主主義政治のポピュラリティ、大衆文化におけるファッション(流行)、それらはすべて、元来は人々の交易・交話・交際のメディア(媒体)として機能していたものにすぎません。
その媒体にすぎなかったものが、とうとうフェティッシュ(物神)になりおおせたのです。


3、つまり、自我などはいわゆる「白色浮き出し」としてのみ確認されるということです。
ところが、近代は、個人主義を標榜して、そのちっぽけな白地部分に個性の美名を冠しました。
個性を最大限に発揮するのが「人倫」だ、つまり「人が習わしとすべき価値観」だ、と教えてきたのです。


4、その意味で、「分解不能」なものとしての「個人」の核心、それが自意識なのです。
そしてそのことが、自分は唯一にして独特な存在なのだと、自分自身に思わせます。
自分は何かと問うた結果、自分の中心に唯一独特な、つまり孤独な何ものかが打ち消しようもなく居つづけている、という感じ考えざるをえません。


5、価値(および規範)の「多様性」がさも素晴らしいことのように宣伝されてきました。
モダニズムのであれポストモダニズムのであれ、自由主義とはそういうものです。
しかし、そのうちのいずれの価値・規範を選びとるかについて、自由主義は何も語りません。
で、普通の人々は、世間に流行している価値・規範にカメレオンよろしく色合いを合わせる事によって、何とか思考・到断・行動をまとめ上げているといった次第です。
皆して流行に乗っていくというのですから、社会は「一様性」によって染め上げられます。
多様性が一様性へと逆転していく、つまり自由主義が(流行適応の)「画一主義」に堕ちていく、というこの倒錯現象に引きこもり症者はついていくことができないでしょう。


6、近年における「いじめ」が、これが人間の所業かと嘆きたくなるほどに迫害の度を増しているについては、平等主義における人間性の全面肯定(性善説)が民主主義における人間性の部部的否定(多数決)を生み出し、この少数者内部での人間性の全面的否定(「いじめ」の暴走)をもたらす、という回路があるに違いないのです。


7、少数者の意見が尊重されるべきであるのはなぜでしょうか。
それは、多数者の意見が間違っているかもしれないからです。
多数者のフォリビリティを認めればこそ、この誤診を正す一つの切っ掛けとして、少数者の意見に耳傾けようという態度を多数者がとることになります。


8、逆にこんな時代で希望にあふれているというのは、「どんなつまらぬことも幸福感の種になる」という病気、つまりユーフォリアの現れだといってよいでしょう。
かつてニーチェは、現代人の心理における最大の特徴をさして、「価値判断能力の衰退」とよびました。
まさにその通りで、現代人における絶望の真相は、価値判断能力を自発的に発揮するところに形作られる希望というものが消滅してしまった、という心理状態にことなのです。
流行に乗るという受け身の行為のほかには何もなしえないというのでは、それはもう、希望から見放された人生というほかないでしょう。


9、しかも人間の生はかならずや死に至ります。
というより、みずからを死を意識せずにはおれないという意味で、人間の生は、マルティン・ハイデッガーのいったように、「死への先駆け」といった性質を有しているのです。
死とともにみずからの意識が消失するという人生の必然的な展望は、放っておくと、その人を出口なしの絶望に追いこみます。
死の必然、それが最も普遍的にして最も危機的な状況に人間を引きずりこむのです。
それを避けるには、「死に至る生」を意味づけするという価値判断を、人間は下さなければなりません。


10、夏目漱石もそうであったように、「山門の前に佇む」、つまり信心を求めるが信心には達しない、というのが大方の人間の概略の姿なのでしょう。
信と疑の境界線上において希望と絶望にはさまれている、それが人間存在の本質というものかもしれません。


11、三島由紀夫は、自衛隊員の前での自裁に際して、「生命以上の価値はないのか」と訴えかけました。
元気に生きているあいだは(正義・思慮・勇気・節制といった)「公共心」の重要性を口にしていたとて、死の危険・危機の近づいたら自分は(卑劣・愚味・臆病・野蛮といった)反公共的な態度に出るというのでは、死生論の枯葉が絡まりすぎて収拾がつかなくなります。


12、すべては、進歩主義現代社会に染みついたことの結果として、過去が忘却され歴史の物語が語り継がれなくなった、ということを示す現象です。
ベネデット・クローチェは「すべての歴史は現代史である」といいました。


13、そうなるのが近代主義の必然であります。
我国にあっても明治の開国この方、とりわけ大東亜戦争の敗北後、近代主義への懐疑は、次々と捨てられてきたのです。
技術という次元を滑走するものとしての近代(モダン)、それを純粋化させることに躊躇を覚えなかったという点で、アメリカと日本は近代主義の双璧なのです。
今では、それに中国やロシアを加えてもよいのかもしれません。
つまり、これらの大国においては技術主義にまで鈍化された近代主義が国民精神への模型とされているせいで、ほとんど論理の必然として、破綻します。
それにたいして西欧は、さすが文明の先達だけあって、近代化への懐疑を何とか保ってきました。
近代化へのアクセルだけではなく、ブレーキも持ち合わせてきたということです。
西欧に伝統主義への名残りがまだ強く感じられるのは、また保守思想がまだ死に絶えていないのは、そのせいと思われます。


14、オルテガのいう通り、「大衆が権力を掌握すれば、その社会を救済することは不可能である」といわなければなりません。

 

15、この文明はデラシネ(根無し草)です。
この60余年は(歴史の英知という観点からみて)ロスト・エイジです。
つまり歴史とつながっておりません。


16、金銭と技術が天下の大道を横行するとき、国民の言葉が生命力を失い、国民の価値意識と規範感覚が衰弱死に向かいます。
真なるもの、善なるもの、総じていえば高貴(ノーブル)なるものへの願望能力が涸死していくのです。


17、その他あれこれ、腐乱せる文明の鼻つく腐臭が都会に充満しはじめています。
そこからどれほど異常な犯罪が生じようとも、驚くには当たりません。
ごく当然の帰結と受け止めるしかありますまい。
これらは、すべて、金銭・技術のために言葉・価値を捨ててかかった敗戦属国民の、対米属根性の成れの果てなのです。
それでも、往路に餓死者が陸続と並んでいるわけではありません。
各地で暴動が起きているわけでもありません。
それをみて、日本はまだ「黄金の国」ジパングたりえているのだ、と言い張る者がたくさんおります。
しかし、共同体の連帯感なきところに社会体の安定した取引・折衝・交際・交流はありえません。
そうなれば金銭・技術の世界は大業走のはてに大敗走するしかなくなります。
大敗走とは、貨幣面での信用収縮のことで、技術面ではガジェットの氾濫ということです。


18、もっと皮肉なことに、その国家の死を強く予感するところからしか、現代の幸福論を組み立てることはできないのです。


19、「徳ある言葉」は今や人間の稀少能力です。
ヴァイスが否応もなく栄えていくこの時代において、状況に対応しつつ抵抗して、「徳ある言葉」を防ぐのに成功したら、それはもう至福に近い精神状態といってよいかもしれません。
その意味では、今は夜明け前なのだ、とむりやりにでもみなすべきなのでしょう。
夜明け前の闇が最も暗いといいます。
しかし、その闇においてこそ、夜明けの扉を開ける鍵としての「徳ある言葉」が、その意味の密度をひそかに濃くしているのです。


20、大量消費から体調効用を享受できて人類が満足げにしている、というわけではないのです。
それどころか、現代人は、この列島においてまさに顕著であるように、「快楽主義の逆理」にはまっているようにみえます。
つまり、「快楽が実現されてしまうと、追い求めるべき快楽がなくなったという不安に襲われ、あわてて、もう少し多め(もしくはもう少し新しげ)の快楽の目標を探し出し、そして、そのようにはてしなく快楽を追求しているうちに、疲労と焦燥と退屈がこみ上げてくる」ということです。


21、飢餓に陥れば人肉とて食すのが人間というものだ、人性の奥には獣性が潜んでいるという者もおります。
しかし、おのれの獣性をたとえば宗教的見地から自己制御して、餓死を選ぶ人間もいるし、実際にいたのです。


22、厄介なのは、その相互了解の道程において善意のみならず悪意も介在することです。
嫉妬、策略、裏切り、誹謗の数々が人々の取引・交際・交流に混乱をもたらします。
だから、他者との関係の完成・達成・成就は、たかだかめざすべきものではあるにすぎません。


23、ここでいいたいのは、人間の精神を「占領」しているのが企業で宛てがわれた「職業」だけだというのは不甲斐ない人生ではないか、「コンサメーションへの道」をどう進むかということに「恵心」していることのほうがより真っ当な人生ではないか、ということ以上でも以下でもありません。


24、人は不平等のただなかで出生し育成され生活します。
平等は理想的な言葉となることもありますが、現実的な条件からあまりに離れた理想は空想にすぎません。
いや、事はそれにとどまりません。
空想を現実にしてしまう狂気が、人間とその社会には潜んでいるのです。


25、「清貧の思想」とやらに浸る必要は壱もありませんが、「雨露を凌ぐ場所」に暮らしていて、「平均寿命を何とか全うできると予想される水準の所得と金融資産」があれば申し分なし、とかまえていればよいのです。


26、その敗者は、物質的には、社会の決定的な落伍者になるしかありません。
社会は、相互扶助の場であるとともに、相互排除の場であります。


27、社会は一方で「博愛」をふりかざしております。
しかし、他方では「競合」に充ちているのが社会なのです。
人間精神のそのものがそういう二面性を有しているとも考えられます。
そこでめざすべきも「博愛と競合」の葛藤のなかで平衡をとること、つまり「節度」を持すことだと、みなさなければなりません。


28、文明は、短くみても、1万4千年を閲しております。
それがひたすらなる進歩の連続であったといえるでしょうか。
つまり長い時間は、水が高きに流れ、良質が悪貸を追い出す道程だったのでしょうか
そんな進歩主義の独断を信じるわけにはいきません。
技術的な文明が人類の相互殺略の手段となるという戦争の歴史を振り返り、また政治的な理念が社会の暴力的転覆の論拠となるという社会革命の経緯を回顧し、さらに精神的な文化が退廃のきわみに近づいているという世界の現状を見渡してみましょう。
それは、むしろ「真理は少数者に宿る」、「少数者の真理は、歴史の各時点で、軽視され無視されてきた」といった経緯だ、といったほうがよほどに正しいのではないでしょうか。


29、エリートは、オルテガのいうように、「他人よりも勝れていると考える厚願な人間ではなく、自分では達成できなくとも、他人より多くの、しかも高度の、要求を自分に課す人間であるということを、知っていながら知らない振りをしている」ような人間のことです。
それにたいし大衆は「自分が低俗であるのを知りながら、毅然と低俗であることの権利を主張し、それをあらゆるところで押し通そう」とします。


30、「権威なき権力」は、流行の風に乗り、まず大衆の「熱狂と歓呼」によって大衆社会に迎え入れられ、次に大衆煽動によってその「熱狂と歓呼」をいっそう激しいものにし、最後に、大衆の「退屈と焦燥」によって血祭りに挙げられて、別の「権威なき権力」に取って代わられます。
だから「チカラ」の担い手はつねに短命となります。


31、そんな世論調査におのれの精神のチャンネルを合わせる、それはたしかに阿呆の生き方です。
それを幸福とよぶことの奇妙さについて、オルテガは、大胆に言い切っています。
「愚者は自分を疑うことをしない。彼は自分がきわめて分別に富む人間だと考えている。愚鈍な人間が自分自身の愚かさのなかに腰をおろして安住するときの、あの羨むべき平静さはそこから生まれている。愚者にその愚かさの殻を脱がせ、しばしのあいだその盲目の世界の外を散歩させ、力ずくで日頃の愚鈍な物の見方をより鋭敏なそれと比較するように強制する方法は、ないのだ。莫迦は死なねば治らないのであり、救いの道はないのである」。
大衆が(オルテガのいう意味で)莫迦であることが問題なのではありません。
この大衆が世論という権力の玉座に上がったこと、それが由々しき事態なのです。


32、デモクラシーにはデマゴギー(民衆煽動)がつきものだと、古代ギリシャ以来、みなされてきました。
これについては繰り返し確認しておいたほうがよいでしょう。
しかも、日本語の俗語におけるデマ(集団のなかで流通する嘘話)は、デマゴギーのデマからとったものなのです。
つまりデマを直訳すると「民衆」ということになります。


33、政治学は(ソクラテスおよびプラトンによる)デモクラシーへの懐疑から始まったのです。
そのことすら、世間で周知されてはおりません。


34、「大量情報媒体(マスメディア)における「人気」が、それにどれほど多くの軽率、愚鈍、錯乱が含まれていようとも、政治のみならず経済や文化の動向をも決定的に左右してしまうということです。


35、バークは「保守派も改革を無下に拒否するわけではないが、受け入れられるのはリフォーム・トゥ・コンサーヴだけだ」といってのけました。
「保守するための改革」とは「国柄」を保守するための「現状」の改革のことです。


36、その教えを受け継いで、「おのれの知ることがいかに少ないかを知れ」という哲学を、つまり「無知の知」が哲学の根本だということを語ったからです。


37、チェンジ(変革)だリフォーム(改革)だと大声で宣伝しているのは、「無知の知」を持たぬ本格的な愚者だといってよいでしょう。
この意味での愚者の群れが大量教育と大量情報によって創り出されているわけです。
だから、文明の退歩のほうが歴史の法則だといいたくなとうというものです。


38、戦争反対、何と虚しい言葉でしょうか。
戦争とは、国家のあいだの武力衝突のことです。
それを嫌悪する気分が人類の大多数において抱かれていることは確かでしょう。
しかし、それならばなおのこと、なぜ世界史は戦争史とほぼ表裏一体であるのかについて少しは思考を巡らしてみるべきではないでしょうか。
戦争反対という単なる言葉は随所にこだまして、戦争防止の実効ある手段を人類は持ち合わせない、と認めるしかなくなります。


39、要約していえば、人類は戦争を完全に防止できるほど賢明にはなりえないということです。


40、このように整理してみると、戦争反対という常套句がどれほど空虚かということがよくわかるはずです。
それは、「侵略戦争はしないでおこう」ということ以外に何かを意味することができるでしょうか。
「侵略を受けても断じて武力で抵抗・反撃するようなことはしない」といういわゆる絶対平和主義が戦争反対論の意味するところとなります。


41、人間なり集団なり国家なりの奥底に不死身で生き長らえているアニムス・ドミヌンディ(支配衝動)やベリジャレンシー(好戦性)を自己省察し、それをみずから超克するにはいかに生きるべきか、いかなる政策をとるべきか、について一言もないのが世間に流通している戦争反対論です。


42、「仕合わせ」の感覚は、おそらく、意識における葛藤が平衡状態に近づいたときに発生するのだと思われます。
しかし、脳における情報の組合せは無限に変化しうるのです。
その平衡状態はつねに破られます。
そして新たに平衡点へ向けての斬近運動が脳においてふたたび起こる、という成り行きになりでしょう。


43、これまで精神、物質、国家そして歴史についてあれこれ語ってきました。
それは「仕合わせ」の感覚は、精神や物質の仕様および国家のや歴史の仕組み(仕え)方が道理に「合う」ものであると思われるとき、はじめて、人の意識のなかにじわりとこみ上げてくるものだからです。
いえ、その円形には幾重にも亀裂が走っていることでしょうが、その精神の傷を治そうとする営みがイデアを思うことであります。
その思いを持続させる努力のうちに、「仕合わせ」の感覚が芽生えてくるのではないでしょうか。


44、人格心、情念心、規範心、帰属心の「四つの心」が、おのれの資質、能力の限界にまで、またおのれに与えられた環境、事情の許す限度まで、拡大されたと感じられるなら、それを「仕合わせ」とよんでよいでしょう。
その意識の葛藤を状況のなかで不断に解決していこうと死ぬまで努力する、その果てに「仕合わせ」がかすかに展望される、ということなのでしょう。
なお、「幸せ」ではなく「仕合わせ」と書くのは、意識の理想的な(仕)組みに(合う)のが人間の生の「成就」だと思われるからです。


45、自分にとって「良い異性」との関係を持続させることは、ほかの何にも増して、「仕合わせ」のための最大お必要条件だといわなければなりません。
厄介なのは、男女関係の良否が判断されるためには、その関係が「持続」していなければならないという点です。

 

46、相手に先立って亡くなります。
恋愛の破綻でいえば、その共同作業の可能性が消失するのです。
そのとき、「いと(大変に)、おしい(惜しい)」という感情が、関係を失われたがわに、生じるのは当然といえましょう。

 

 47、私はまだ死んだことはありません。
しかし、妻が自分の癌病について医者から「手遅れ」といわれたことはあります。
自分自身が死病にとりつかれたことはないと思っていたのですが、60歳初めの3年ばかり、内臓が全面的な機能不全に陥り、それが治ったあとに、漢方医から「実は危なかった」と知らされたことがありました。
老いについては、飲酒癖、喫煙癖そして運動回避癖をまだ矯正する気が起こっておりません。
それで、否応なく、体力が確実な歩調で低下していくのを感じております。
結局、「死期を察知する」という意識、それが現在の自分の「生きる形」の基底をなしているといってさしてかえないようなのです。


48、「無知は、物事をよく知っていると思っている者のかかる、病気である」というオルテガの言が思い起こされます。


49、自余の情報については、マスメディアの供給する(ニーチェがいったところの)「三つのM」に追随するのです。
「三つのM」とは「瞬間モメント」だけの「流行モーデン」の「世論マイヌンゲン」のことです。
それに「貨幣マネー」もしくは「市場マーケット」を咥えて、「四つのM」が現代人の宗教となっているといってさしつかえないでしょう。


50、しかし、神のことについて、「不合理ゆえに我信ず」とアウグスティヌスがいったことが思い起こされます。
「信じ難きがゆえに信じる」のが本当の信であり、「望み難きがゆえに望む」のが本当の望であり、「愛し難きがゆえに愛する」のが本当の愛である、と彼はいったのです。
人は、簡単に信望愛を寄せられる対象なんかには、本格的な信望愛を感じません。


51、そうとわかれば、家族・家庭への「帰属」を真正面から引き受けなければなりません。
人間は、短い糸に縛られ、家庭という狭い室に封じられることによってだ、といってよいでしょう。
その短い糸に縛られなければ長い歴史の流れに乗ることができず、その狭い室に入らなければ広い社会に出ていくことができない、という道理のなかに人間はいるほかありません。


52、教室のほかに意思疎通の場があれば話は別ですが、そんな便利な場所はめったにありません。
その前提でいうと、たとえ教室が煉獄めいたものであっても、そこは一個の、「共同体」ではなく、「社会体」なのです。
良かれ悪しかれ個性の異なった者たちが、「友愛と競合」のあいだの葛藤劇を演じる場所、それが教室における級友の関係です。


53、とくに我が国における近代化は、明治この方、呆れ果てるほどに急速でした。
そして戦後における(1960年代の)高度経済成長(70、80年代)経済大国化は、一切の古き文化を破壊せずんば止まず、といった調子だったのです。
驚くべきことに、それらは疑問をさして寄せられることなしに進行しました。
世論が、むしろ、それを大歓迎したというのが正直なところでしょう。
過去を忘却の帳のなかに入れてしまう、という近代化病に日本人の精神は集団感染したといってさしつかえありません。
その過程で、慣習(という実体の)体系つまり文化が消失していきました。
オズヴァルト・シュペングラーのいった「文化なしの技術」のはびこる「文明の冬」がやってきたのです。


54、この場合、「本当」とは「完全」のことだからです。
完全はめざすべくものであって到達しうるものではないのだ、と精神の健常者ならばわきまえているはずです。


55、オルテガふうの言い方をすれば、「一緒に独りで(トゥゲザー・アンド・アローン)」、それが危機状況に臨む者の基本的態度でなければなりません。
仕合わせの感覚は、状況のなかで他者と密度に協同しながら、しかし、他者とけっして融和できないのが自分であると承知している者にだけ訪れる(可能性がある)、ということです。


56、TVとは「遠方(テレ)からの映像(ヴィジョン)」のことです。
映像は、音響と相埃ってのことではありますが、「刺激性と流通性」に富んでおります。
それに飲みこまれていく人々をテレマスとよぶのに何の躊躇も要りません。


57、インターネットはその記憶再起の速度を異様に高めてくれてはいるようです。
しかし、そこにおける表面的で縮約された情報はあまりに技術的で、著者の思想の奥行きも行間も読むことができません。
人の生涯にわたって実際的に役立つ知識は、意外にも、書物から得られることが少なくありません。
それは、思想(物事についての考え方と表し方)が読書の意識の深部に定着するからなのだと思われます。


58、今ではメディアのプロパガンダが、人々の茶の間にまで入り込み「束の間の気分の世論」が、人々の私生活をも牛耳る紋切型の言葉と映像の「運動」となって、休みなく広げられております。


59、我が国は、これまでありもしないアメリカの「核の傘」の下に逃げこんだつもりになり、アメリカの被保護領として安心をもらおうとしてきました。
ヨーロッパは遠く、近い中国とは仲が良くないといった状態のなかで、アメリカが最強帝国の座から滑り落ちれば、「米中間の将棋の駒」となるほかに選択肢はない、といった憂鬱な展望しか日本には与えられていないのでしょうか。
核武装を禁句とし、プルトニウム発電の推進に躊躇しつづけ、食糧自給向上に怠慢を決め込んでいるかぎり、そうなります。


60、膨張を恐れずにいうと、ナチ(国民社会主義的)の体制へのファッショが始まっているということです。
それにつれて、世界は少しずつブロック化の道を模索してもいます。
つまり、EUは既定のことですし、アメリカ・カナダ・メキシコの北米連合も形成されつつあり、中国も(大中華圏)へ向けて着々と歩を進めております。


61、人間は、子供の時分から多少とも、「死を意識して生きる」ほかない動物ときまっております。
だから、生き甲斐と死に甲斐は表裏一体なのでして、問題は「甲斐」とは何かを、言い換えると「死を迎えつつ生を送るに相当する値打ち」はどんなものかを、みつけること以外にありません。
その値打ちある所業に生死をあずけるのが「堂々と」生きて死ぬということなのです。


62、「正義と思慮」「勇気と節制」の間の葛藤にいつまでもかまけているわけにはいかないでしょう。
そうした決意を孤独の中で下されなければならないのが人間というものです。
その意味では、「一人で生まれて独りで死ぬ」のが自分の人生の始まりと終わりなのだとわきまえておかざるをえません。


63、その日常性(慣習)が、現代人の意識を腐蝕させています。
ニーチェの見抜いた「価値判断能力の衰退」が、時代が進むにつれて、その色合いを濃くしてきました。
そしてついに、近代の進歩主義虚無主義に辿りついたのです。
ニーチェのいった「現代への不気味な訪問客」としての虚無主義は、とうに玄関、廊下そして客間を通り抜けて、居間に長々と居座ったあと、寝室にまで侵入しました。
人々が寝床でみる夢までもが虚無主義の侵略を受けているのです。