哲学者の柄谷行人 『内省と遡行』を読んで。

(この本は1985年に出版されたものです)

<『思考のパラドックス』、『探究I』、『探究II』は東大時代に読んでいます>

 


1、意識に直接に問いたずねるということにおける現前性・明証性こそ、「哲学」の盲目性を不可避的にする。
だが、ニーチェは同時に「意識に直接問わない」ような方法をも斥けていることに注意すべきである。


2、ニーチェの遡行は、外的な事実性においてあるのではなく、内省のなかでしかありえないのであり、しかも内省の拒絶としてしかありえないのである。
ニーチェの著述を特徴づけてしまうこの困難は、決して取り除かれるべき背理ではない。
なぜならあるものを背理とみなすとき、いつも理性あるいは矛盾律が前提されてしまうからだ。
おそらくニーチェのテクストほど”背理”に満ちたものはないが、それこそニーチェの始めた問いがいかなるものかを告げている。
それは哲学という「問い」の始まりを問うことの始まりなのだ。


3、ソシュールの言う言語記号の差異性は、イデア的同一性としての意味を、更に構造論的に還元することによって得られる。
ヤコブソンが言うように、音韻論が真に確立されるためには、フッサール現象学的還元が不可欠なのである。
さらに、それは、晩年のフッサールにおいてであるが、イデア的同一性の起源、もっと具体的に言えば「幾何学の起源」への遡行的問いとなる。


4、ニーチェの遡行は、現象学的遡行であると同時に、その都度それがもつ目的論的な構えを反転するものとしてある。
「身体に問いたずねる」というニーチェの言葉は、改めてここからみられなければならない。


5、ニーチェにおいて、「生物学」は真理としてではなく、逆に真理が隠蔽してしまうものとして、すなわちメタファーとしてある。


6、要するに、ニーチェの著作は、明証的なもの・一義的なものを語謬・幻想として批判すると同時に、この批判が陥るもう一つの明証性・一義性をただちに斥ける、絶え間ない移動の軌跡に他ならない。
ニーチェのテクストに、なんらかの整合性・体系性を見い出そうとする企ては、失敗に終わる事を約束されていた。


7、プラトン主義との「真の対決」は、矛盾律の「強制」をたえず戦略的に迂回していくことにおいてしかない。
それに対して、ニーチェ存在論的に解釈しなおしたハイデッガーは、インド・ヨーロッパ的な「存在」という語に逆に巻き込まれ閉じ込められている。
存在とは解釈にすぎない、とニーチェは言うのだ。
われわれはニーチェの「哲学」にではなく、彼の「問い」に先取られた地点に立っていることを認めねばならない。


8、たとえば、音韻は音声とちがって外的に存在するものではない。
音韻は、すでに意識において何らかの意味が存在する場合、またその場合にのみ、その意味を弁別する形式として見出される。
たとえば、彼は言語の考察において、オグデン=リチャーズと違って、指示対象を取り除く。
このことは指示性あるいはレファレントが否定されたということではなく、現象学的に還元されたということである。


9、ひとまず、われわれが確認しておくべきことは、記号の本質が現象学的還元においてはじめて問われうるということである。
それは外的な記号を考察することによっては不可能である。
たとえば、記号は、それが発信者をもつか否かで区別され、また記号が指示・代理している対象物との関係で、微候・図像・記号の三つに分けられる。
狭義の記号は、対象物や概念といかなる有縁性も持たないものとされる。
しかし、このような区別は外在的であって、記号一般がまず記号でありうるための前提がそれに先立って明らかにされねばならない。


10、繰り返して言えば、構造論的還元は現象学的還元のなかでなされる新たな還元であって、この事を理解しない為に、様々な語謬が生じている。


11、そして「意識」がすでに特定言語の特定状態にあるのだとすれば、エミール・バンヴェニストが言うように、「能記と所記の間では、結びつきは恣意的ではない。
それどころか必然的である」し、「両者はわれわれの精神のうちに、一緒に刻みこまれた、両者はどんな場合にも、一緒に喚起される」という他はない。


12、デリダは、フッサールイデア的意味が「現象学的な音声」と共犯的であることを明らかにしている。


13、このような意味の移動がソシュールの思考を特徴づけるものだが、それはニーチェをある意味で想起させる。
「身体に問いたずねる」というとき、彼は一方で生物学・生理学・物理学によって明らかにされる身体から出発しながら、他方でそのような身体を攻撃する。
「身体」は、この意味移動によってメタファーとなる。
ニーチェが「身体」にみるのは、多様且つ過剰な諸力の関係なのだが、この力はむろん物理学的なものではなく、むしろ意味に近いなにかである。
だからこそ、それは「権力への意志」というメタファーで呼ばれなければならない。
われわれは「意識」においてそれに接近する事は出来ない。
意識にとって明証的なものは、一義的・同一的であり、そこでは、もはや多様な非方向的な関係の闘争・戯れは中心化され抑圧されてしまっている。
しかし、もっと重要なのは、ニーチェがそれを語のメタフォリカルな変容によってしか語りえなかったことである。
ソシュールについても同じ事が言える。


14、ソシュール構造主義の祖と呼ぶのは、マルクスフロイトをそう呼ぶのと同じ意味合いにおいてでしかない。
しかし、構造主義がもはや「意識主体」なしに存立するような超越論的な「規則」を見出したとしても、それは依然として現象学的構えに内属している。
事実フッサールは前科学的な生活世界に超越論的なもの、理性的なものを見ようとしたのであって、二項対立を超越論的なものとして見出したヤコブソン現象学的-構造論的な還元・下向において同じ事をやっているのである。
つまり、それは「理性」の再建に他ならない。


15、しかし、ソシュール共時性によって意味したものは、そのいずれをも批判する事である。
共時性は同時性ではない。
逆に、それは同時性という自然科学的概念、あるいはそれに基づく歴史学的概念が隠蔽するものを明るみに出すためにとられた一つの「態度変更」なのである。
同様に、共時的言語学は、一見するとたんに静態的な分析のようにみえるが、実際は歴史的言語学がもつ目的論的説明を批判する為にこそ不可欠なのだ。
それはむしろ「歴史性」に対するソシュールの鋭い意識をあらわすものである。


16、ダーウィンのいう突然変異は、ちょうどシステムの要素における変化に対応しており、これはシステムと無関係に生じる。
そして、その変化が「他の体系を生ぜしめる」場合、結果的にあたかもその変化が目的論的にみえるとしても、そうではなく、たんに「他の体系」の均衡において意味づけられるものにすぎない。


17、だから、むしろこう問わなければならない。
言語が個々人のパロールにおいて偏差・変異が生じうるのだとすれば、それを可能とするようなシステムはいかなるものでなければならないか、と。
つまり、自然言語の構造はいかなるものなのか、と。


18、しばしば文はパロールと混同されがちであるが、ラングとしての文は、パロールまたは言述に対する示唆的な下位構造にすぎないのである。
ラングとしての文は、それ自体では意味がなく、たんに示唆的関係として”在る”だけだ。
それはあくまでも下位構造であって、まず言述が先行していなければならない。


19、バンヴェニストは、「言語単位は、より上位の単位の中でこれを同定しうるときにのみ、それとして受け入れられる」と言っている。
すなわち、ひとつの階層単位がそれ自体で”在る”ことはありえない。
それは、構造が下位単位として還元的に見い出されるものである以上、当然のことである。
マルクスの言葉で言えば、階層的構造は”下向的”に見い出される。
だが、問題はそれを”上向的”にみる時に生じる。


20、われわれは無論、ヘーゲルの見解を否定するつもりである。
だが、言語学という個別科学において見出されたものがもはや「経験的な事実」ではない以上、われわれはヘーゲルと無縁であることは出来ない。
それどころか、構造言語学言語学にとどまらず、”構造主義”として、ヘーゲル弁証法への批判に転化していった所以もまた、「構造論的還元」という行為そのものに潜んでいる。


21、このような循環論的困難は、ヘーゲル弁証法における「円環」において解決されている。
ヘーゲルにおいて始まりは終わりにおいて見い出されるのであり、始まりは契機にすぎない。
しかし、このような「解決」を認めないからこそ、困難があるのだ。
ソシュールの困難は、超越論的還元によって見出された下位構造によって、上位すなわち超越性を撃とうとするところにある。
これは、マルクスが『資本論』において、商品という下位構造から、貨幣の「生成」をみるときに出会った困難と同じ事になるだろう。
『経済学批判序説』において、マルクスは、下向と上向を区別している。
それについて彼の与えた説明に私は必ずしも満足しないが、少なくともそこで明らかなことは、ヘーゲルにとって下向がそのまま上向になってしまっていることである。
そこでは、始元は終わりから見い出され、また始元は終わりを実現するものとしてある。
したがって、ヘーゲルに対して、下向と上向を区別すること自体が重要なのである。
ポール・ルクールは、記号論から言語学へ、更にテクストの解釈学へと「上向」する方法を示している。
彼にとって、構造は記号論的レヴェルにのみ存するのであり、言述においては「話す主体」が、更にテクストのレヴェルにおいては解釈学的問題があらわれる。

 

22、レヴィ=ストロースを震撼させたものが、音韻論における「一般的法則」とその「絶対的な性格」であったことは言うまでもない。
こうして、彼は人類学において、その当事者の「意識」から離れて、相異なる親族構造や神話がその組み換えに過ぎないような基礎的構造を、普遍的・絶対的なものとして解明する。
言いかえると、レヴィ=ストロースは「下向」の終わりに、数学的な超越論性を見出すのであり、その「絶対的な性格」に立脚するのである。

 

23、たとえば、カントにおける先験的形式は、そこでは遺伝子的なプログラムとして”客観化”されるのである。
チョムスキーの普遍文法もそのような実体的基礎づけを与えられている。
だが、それは、カントのいう先験的形式が数学にほかならなかったように、究極的には、物質にではなく代数的構造の超越論性に基づいている。


24、われわれは、リクールとレヴィ=ストロースという互いに対立する方法において、彼等が本当は「上向」の困難を回避し、超越論的なものにそれぞれ依拠してしまっているのをみることができる。
しかし、その両極からみれば、ソシュール的な「構造」がどのようなものかが浮き彫りにされるはずである。
すでに言ったように、われわれが見出す構造は、目的論的な構えの中にあるし、またそのようにしか、われわれは構造を取り出せない。


25、われわれは深さ(深層)という考えになれている。
マルクスフロイト以後の諸科学は、深層あるいは奥に隠された構造の発見と名づけてもよいかのようにみえる。
だが、まず、われわれはその事の自明性を疑う必要がある。
「深さ」はどのようにして存在するに至ったのか。
ある時期から突然「深層」を問題にするに至ったのはいかにしてであるか。
たとえば、プラトンにとって、われわれにはその影しかとらえられない。
”隠された”イデアは、決して深層すなわち下方にあるのではなく、いわば、”上方”にある。
また、18世紀西欧の知において、人々は、空間的な分類に関心をもっており、「深層」を意識しなかった。
初めてわれわれの知の自明性を考古学的に疑ったルソーにおいても、彼の言う「自然状態」は「かつてあったこともなく、これからもあることはない」仮設であり、それは「深層」への関心ではない。
この問いは、「深層」に何が見出されたか、またこれから何が見出されうるかという問いに先行されなければならない。
たとえば、近代の遠近法が確立されるまでの絵画には、「奥行」がない。
この奥行は、消失点作図法という、芸術的というよりは数学的な努力の過程で確立されたのであって、それは現実に、言い換えれば知覚にとって存在するのでなく、もっぱら”作図上”に存在するのである。
同じことが「深層」について言えるはずである。
深層は”現実に”あるいは”知覚”にとって存在するのでなく、やはり一つの遠近法的”作図法”において在らしめられたものなのだ。
だが、いっそう「深層」を見極めようとする知の方向が、そうした遠近法的配置に基づいている事は忘却されてしまっている。


26、パノフスキーは、近代遠近法が、古典古代の遠近法の延長または再生としてでなく、それに対する完全な拒否、すなわち中世美術からしか出てこないことを指摘している。
古典古代において、プラトンは、遠近法は事物の「真の大きさ」を歪め、現実やノモスの代わりに主観的な仮象や恣意をもちだすという理由で、それを否定していた。
遠近法を斥ける中世の「体系空間」は、いうならば、「知覚空間」を拒絶するプラトニズム-キリスト教的な形而上学のなかで形成されるのである。

 

27、つまり、フロイトは「深層」の代わりに、自由連想または夢において表層的にあらわれる情報の連合と統合の配置に注目したのだ。
「無意識」と呼ばれるものは、われわれの「意識」の遠近法的配置において、無意味・不条理として排除される「表層」的配置である。
アイロニカルな事は、先にも述べたように、フロイトの本質的な新しさが「深層」の拒否にあったにもかかわらず、「深層」の発見者とみなされてしまった事である。

 

28、われわれにとっての問題は、ヘーゲル的な進化論をとるか、ダーウィン的な進化論をとるかというようなことではない。
それらはいずれも「説明」であって、「深さ」の遠近法こそがそれらを要求するのだ。
差し当たって必要なのは、それらの「問い」と「答え」をすり抜けること、弁証法であれ進化論であれ、それらを不可避的に要求する遠近法的配置を注視する事である。


29、現象学は哲学的な厳密さを追求する過程で、より厳密なものとして出てきたのではない。
現象学的方法それ自体を促したのは、西洋的な「知」への異和である。
それはどこからくるか。
それは西洋の「知」を外からみることであるようにみえる。


30、時間は「前と後」の区別にあるというアリストテレスの考えは、認識論的な観点で読まれてはならない。
すなわち、時間は主観的に把握されるというふうに読んではならない。
彼は認識論的な構えとは無縁だからだ。
アリストテレスの課題は、事物の存在し運動する原因を知ることであり、しかもプラトンのようにその事物をイデアに関係させることを退け、その事物をそれに内在する構成要素の結合・転化として理解することであった。
そうだとすれば、時間はある結合状態ともう一つの統合状態の区別において、「それらの中間にそれらとは異なるなにものかがあると判断すること」によって在ると言ってよい。
しかし、実は「中間」は存在しない。
このことを理解する為には、アリストテレスが場所について独得の考え方をしていたことを知っておく必要がある。
アリストテレスのいう「時」は、われわれの考える時間がいつも空間的考えられているのと同じように、場所的に考えられているからである。


31、われわれが考えている前後としての「時」はこのようなものではない。
可逆性と不可逆性を問題にしているのではない。
一言でいえば、われわれは「前」と「後」を同時にみることが出来ないという事、そこに「時」の問題がある。


32、ある状態から次の状態への変化をみることは、ゼノンのパラドックスに引っ掛かる。
それを越える為に考えられる弁証法は、ベルクソンが言うように、「にせの運動」を仮構するにすぎない。
一方、「均衡」の理論は、微分方程式を前提している。
だが、ソシュールが考えたのは、差異化としての「時」であると言うべきである。
むろんそれを「場所」と言い換えてもよい。
ある状態から次の状態への「間」には、時間が考えられる。
だがこの「時間」は、前後の区別としての「時」から派生するのであり、かつ前後を鳥瞰することによって生じる。
ニーチェの言語でいえば、それは前後としての遠近法の転倒である。

 

33、アリストテレスの「時」の概念から、われわれは何を読み取るべきだろうか。
彼は、「時をわれわれが認識するのは、ただわれわれが運動を、その前と後の別を知りながら限定したときである」という。
このように言うとき、彼が運動から独立した絶対的な時間を拒否していることは言うまでもないが、かといって、「われわれの認識」つまり主体の意識に時間を求めようとしていない事も明らかである。
アリストテレスは、近代哲学の構えに属していないが故に、われわれにとって示唆的なのである。
だが、近代哲学の「絶対的な主観性」あるいは特権的な「今」がそれ自体差異化としての「時」を覆い隠しているという時、われわれ主体とは縁のないアリストテレスの「時」の概念に近接しているのではないだろうか。

 

34、アリストテレスは、プラトンイデアを否定し、形相と質料の不可分離である事を主張した。
ソシュールシニフィエシニフィアンの表裏一体を主張したことは、それと同じ意義をもっている。
デリダは、それが「構造」それ自体の性質によることを指摘する。


35、諸学問がある超越論的な中心によってつり支えられた形で成立してくること、それはフーコーが古典主義的エビステーメと呼んだものに相応するだろう。
フーコーは、それを明らかにするために、「一般文法と博物学と経済学とを、記号と表象に関するひとつの一般的理論に結びつけ、三者を同時に一貫して分析しようとする。


36、解析幾何学において、数や図形はそのような記号であることをやめる。
デカルトは、点を二組の数の統合とみる事によって、幾何学代数学に吸収した。
それ以後図形は数量的にあらわされるだろう。
いうなれば、アナログ的なものがデジタル化される。
この場合重要なことは、解析幾何学において、それまで自然数の比としてしかありえなかったものがそれぞれ数として決定的に定着されたということである。
マルクスが『資本論』いおいて述べたように、全ての商品が内在的価値あるいは数量的価値をもつのは、一つの商品が、商品の価値形式の連鎖関係に対して超越的となることによってである。


37、リンネの分類表がなければ、ダーウィンの進化論はありえなかっただろうと、レヴィ=ストロースは言っている。
つまり、リンネによって空間的に表示された系統樹的な分類が、ダーウィンによって時間的に変換されたのである。


38、歴史学を、あるいは歴史意識を可能にするこの形式的空間が、”遠近法的倒錯”にほかならない事を、マルクスニーチェは知っていた。
彼等の仕事はいわばすべてを見とおすようなあの”消失点”そのものを消すことだと言っても良い。


39、すなわち、第一に、マルクスは、これまでの経済学が与えた諸カテゴリー、機能主義的な構造や関係を一度還元し、たんに「巨大な商品の集積」、つまり商品を要素とする「集合」として捉えたのである。


40、不完全性定理は次のようなものである。
自然数の理論を形式化して得られる公理系が無矛盾であるかぎり、その形式体系のなかでは証明できないし否定もできない、つまり”決定不能”な論理式が存在する。


41、ゲーデルは、数学の形式的基礎づけの破綻を証明したが、それは必ずしも数学を窮地に追い込むものではなく、むしろ数学を解放するものである。
なぜなら、そこで破綻したのは、数学に確実性を要求すると同時に数学の確実性に依拠しようとする形而上学だからだ。
逆に言えば、いかなる形式体系も自己言及性の禁止においてある。
ゲーデルが示したのは、たとえそうしてもそのような禁止が破られざるをえない事だと言っても良い。
われわれはここから出発するだろう。


42、ディコンストラクションと呼ばれるこの批評行為は、しかし、それ自体”形式化”されれば、ゲーデルの証明に帰着するのである。
そのような”形式化”は、ポスト構造主義の言説を非特権化するのに役立つだろう。
すでに言ったように、ポスト構造主義は、どんなレトリックをもちいようと、数学的構造そのものが排除していたパラドックスを別の形で取り返す事でしかない、という事にさえ気づいていない。


43、形式化は、指示対象・意味・文脈といった外部性還元し、意味のない恣意的な形式的関係と一定の変則規則をみる事である。
この還元において、どのような手続きがとられても本来的に差はない。


44、この問いに対して、レヴィ=ストロースはイエスと答えたいのだ。
だが、彼は、なぜいかにしてそのような「無意識的な下部構造」が普遍的に”在る”のかを問おうとしない。
多くの場合、彼はそれを仮説的モデルとみなし経験的な事実との合致によって確証するという立場にとどまるか、さもなければチョムスキーと同様に、そのような構造が進化によって形成された遺伝的プログラムによるものだと考える。
つまり、明らかに数学的なものである「構造」の存在性格を問うことなしに、それを経験的に発生論的に裏づけようとする。
フッサールがこのようなごまかしを”自然主義”と呼んだ事は言うまでも無い。
フッサールの内省=遡行が、まさに「無意識的な下部構造」がいかにして構成されるのかと問うことにあったとすれば、構造主義はその問いを無視しているか、さもなければフッサール的な論理主義的基礎づけをあらかじめ前提しているのである。


45、フッサールは『幾何学の起源』において、幾何学が特定の時期に特定の人々(ギリシャ人)によって確立された事実をもカッコにいれる。
さらに民族学的「相対性」をもカッコにいれる。
かくして、彼はそこに「生活世界における普遍的アプリオリ」を見出し、それによって、歴史そのものに「理性の目的論」を見出す。
のちにデリダが「ロゴス中心主義」と呼ぶ事になる、このようなフッサールの姿勢は、もっと具体的に言えば、数学的な「論理主義」のもう一つのあらわれに他ならない。


46、ソシュールの課題も、まず言語学はいかにして「厳密な学」たりうるかという事にあったと言って良い。
そして、彼がとったのは、音声学や通時的な言語史ではなく、「意識に問いたずねる」という方法であった。
この事は、おそらく彼等が表面的には無関係であったが故に、いっそう重要である。
それにつけ加えて言えば、『経済学批判』におけるマルクスも、経済学の対象を商品の「形式」に限定し、物理的・対象的な商品を「商品学」として還元したのである。

 

47、レヴィ=ストロースは、多様かつ混沌としたものの根底に”論理的なもの”があるというこの認識に衝撃を受け、それまで前論理的なものとみなされた未開社会の制度や神話を、音韻論を導入することによって、解明可能なものとした。
厳密には、「構造主義」はそこから始まるのであって、ソシュール構造主義の祖と呼ぶのは、マルクスフロイトをそう呼ぶのと同じ意味合いにおいてでしかない。


48、ここから振り返ってみれば、ソシュールが言語の恣意性を主張していた時、何を想い浮かべていたかが明らかになるだろう。
ソシュールの言う「恣意性」とは、ほとんどニーチェの言う「身体」なのである。
ニーチェが「身体」にみるのは、多様且つ過剰な諸力の関係なのだが、この力はむろん物理学的なものではなく、むしろ意味に近いなにかである。
だからこそ、それは「権力への意志」というメタファーで呼ばれなければならない。
われわれは「意識」においてそれに接近する事は出来ない。

 

49、ハイデッガーがいわんとするのは、プラトン形而上学が、存在者の存在をイデアとする事によって、「存在者と存在の差異」を隠蔽してしまった事、またニーチェはプラトニズムを反転しようとしたけれども、それが結局「意志」というデカルト形而上学のタームでなされているかぎり不徹底であるほかないという事である。
だが、こういう批判はニーチェに対してはあたらない。
すでに述べたように、ニーチェは「主観に問うこと」を斥ける事によって、デカルトフッサール的な問いの既成から逸脱し、「一つの主観」によって統合されてしまう「巨大な多様性」を暗示したからである。
また彼が「主観に問うこと」を斥けたのは、主観=主体が西欧文法という「形式」の産物であることを意識していたからである。


50、しかし、言うまでもなく、サイバネティックスは、全てを差異=情報という観点からみる事によって、物質と生命、動物と人間といった伝統的な二項対立を無効化するものなのだ。
そこでは、もはや「精神」や「人間」をアプリオリに特権的に持ち出す事は許されていない。
そのようなものを持ち出す事で成立するような「哲学」(実存主義の如き)は、ハイデッガーの言うように、「終わりを告げている」のである。


51、その意味では、もはや「哲学」も「人間」もなんら特権を持っていないのである。
たとえば、現実化された形式体系、すなわちコンピューターに対して、人間はいかなる意味で人間的であるかが問われるとき、われわれはそれをポジティヴに述べる事は許されていない。
むしろ、人間を人間たらしめる「根拠」は、その「無-根拠性」にあると言うべきなのだ。
だが、ゲーデルの証明によって絶望する必要もないと同様に、ネーゲルのように人間の「創造的理性の力を再評価」する必要も無い。
むしろわれわれはこう考えるべきだろう。
人間とは、自己差異的な差異体系であるが故に、本来的に無-根拠であり、過剰であり、非中心=多中心的な機械であって、正にその為に不可逆的に禁止が要請される存在者なのだと。

 

52、レヴィ=ストロースはそこで満足するわけにはいかない。
彼は、そのような形式的構造が自立するための”根拠”を見い出さねばならない。
つまり、それが近親相姦の禁止である。
注目すべきことは、彼がインセストの禁止を、発生論的にではなく、形式的構造が構造として完結する為の論理的要請としてみていることだ。

 

53、ジャック・デリダは、ハイデッガーと同様に、フッサールへの批判から、西欧形而上学総体への批判に向かう。
彼の仕事は、基本的には、フッサールの論理主義への内在的批判に始まっており、ほとんどそこで言い尽くされていると言っても良い。
初期のハイデッガーと同様に、彼は「現象学の優位性」を認めるところから始めている。
つまり、たんに現象学を「表象作用の確実性」に基づく近代形而上学として相対化してしまうのではなく、それにつきしたがう事で、主観的な明証性がたえず”差異”の隠蓑としてあることを示そうとする。
すなわち、この「今」が明証性そのものであり、特権的なものであって、この特権を近代哲学は疑うことが出来ない。
したがって現象学もそこに所属する、というのが、ジャック・デリダの批判である。

 

54、言い代えれば、これは、現象学的な還元の中で見い出される形式体系は、閉じられたものであり、自己言及性の禁止の下にあるという事だ。
まだソシュール構造主義が視野に入っていなかったと思われる時期に、デリダはこの事に気づいている。
現象学の「絶対的な主観性」あるいは特権的な「今」が、それ自身差異化としての「時間」を隠蓑していることに。
むしろ、デリダは独自性があるとすれば、”本質的な何か”に到ることを拒絶したところにこそある。
ハイデッガーは「哲学の終わり」を認知しながら、「いかなる使命が思惟のためになお保存されて残っているか」と問うのに対して、いわばデリダは、「哲学」がいかに執拗に生きのびるか、したがって「哲学」の解体はいかに戦略的且つ終わりのないものであらざるを得ないかという認識から出発している。


55、われわれは別に、デリダクリステヴァのように、この問題をテクスト論や精神分析の文脈で語らなければならない理由はない。
事実上、ポスト構造主義の認識は、ニーチェの直観的な省察を越えるものではない。
必要なのは、今更ニーチェのように語る事ではなくて、徹底的に形式化=凡庸化を企てることだ。


56、すでに明らかなように、ベートソンが「コミュニケーションの心理学」において主張している事は、自然数論におけるゲーデルの証明と共通している。
彼等はいずれも、ラッセルのロジカル・タイプを標的としているのだ。
注目すべき事は、ベートソンが、人類学から動物行動学、精神病理学へと研究対象を移動させながら、一貫して右の問題を追求していることである。


57、われわれは、「言語の発生」に関して、発生論的・歴史的に語る事を許されていない。
どのように語ったとしても、その時すでに言語が可能にしたものが暗黙に前提されてしまうからだ。
それは、のちに述べるように、マルクスが「貨幣の発生」に関して直面したのと同じ問題である。
つまり、マルクスと同様に、われわれはそれを発生論的にではなく形式的に突きつめるしかない。


58、われわれの考えでは、フロイトの言う「無意識」とは、自己言及的な形式体系であり、どこかにポジティヴに存在するのではない。
それは、形式体系のコンシステンシー固執するかぎりパラドックスに陥る他ないという、ネガティヴな形でのみ確証される。


59、言語学記号論は、すでに述べたように現象学的還元においてのみ可能である。
すなわち、記号は、意識にとって何かが意味するかぎりで記号なのだが、そこから出発するかぎり、われわれが見出すものは不可逆的に閉じられた体系である。


60、たとえば、マルクスは、古典派経済学における使用価値と交換価値の二分法を、それ自体貨幣形式を暗黙に前提しているとして批判している。
経済学批判として語られたマルクスの認識は、言うまでもなく、そこにはとどまりえない。
だが、それはマルクスの仕事が記号論的であったり記号論的に読まれうることを意味するのではなく、記号論的な”構え”そのものへの批判としてあったことを意味するのである。
資本論』におけるマルクスの、価値の「形式化」とそこからもたらされる省察をみないのならば、マルクスについて言及することはやめた方がましだ。
古典派経済学が暗黙に棚上げしてしまった貨幣の問題に、マルクスがあれほど固執したことが全く無視されている。
どうせそれを無視するなら、マルクスそのものを無視すればよかったのである。


61、ケインズ新古典派経済学に対して重商主義を評価したように、ここでマルクスは古典派経済学に対して、重金主義を評価していると言っても過言ではない。
要するに、彼が貨幣にこだわったのは、それが労働時間説などを解消しえないパラドックスをはらんでいたからである。
そして、「貨幣の発生」という問題が、もはや歴史的・発生論的には解きえないが故に、それを形式的に扱おうとしたのである。
われわれにとってマルクスの仕事が重要なのは、彼が古典派経済学に即して語ったり、歴史的に語った部分ではない。
「価値形式論」において、生産概念は全く不要である。
また、そこでは、貨幣の発生が歴史的に語られているわけでもない。
貨幣の謎は歴史的に扱いえないのだ。

 

62、マルクスの経済学批判の鍵は、あるものを商品たらしめている形式、あるいはあるものを価値たらしめる形式への注視にある。
繰り返して言えば、価値形式に関する考察こそが、古典派経済学とマルクスをわかつものなのである。


63、たとえば、それがレヴィ=ストロースのいう「冷たい社会」のようにゼロ記号によって体系化されている場合、ドゥルーズ=ガタリにしたがって、それを「コード化」と呼んでも良い。
また、それが超越者(神・王・貨幣)によって体系化されている場合は、「超コード化」と呼ぶことが出来る。
それに対して、マルクスが指摘するように、メタレヴェルがオブジェクト・レヴェルにずれこんでくるような不均衡が体系の絶え間ない差異化を強いる場合、「脱コード化」と呼ぶ事が出来る。

 

64、たとえば、アインシュタイン相対性理論は、非ユークリッド幾何学がなければ成立しえなかった。
ユークリッド幾何学は、ユークリッド幾何学の公理体系が完全ではなく知覚に基づいているが故に、その第5公理に反して「平行線はまじわる」という公理を採用したところに成立している。


65、マルクスイデオロギーとは、そのような微細な生成変化を見逃すような知覚=認識装置にほかならない。
それは巨視的であっても微視的であっても同じ事だ。


66、マルクスがもたらしたのは、生産によって歴史をみる視点なのではなく差異化として歴史をみる視点だと言うべきである。


67、マルクスがいわんとするのは、そのような「総体」こそイデオロギーだという事なのであり、分業と交通が形成する編み目には、それを体系たらしめる中心などあり得ないのである。
むしろ、われわれは、「人間とは社会的諸関係の総体への自己関係である」と言おう。


68、生産力は、しばしば量的なもの(GNPの如き)とみなされている。
”力”という日常言語がそれを強いるからだ。
しかし、われわれは力を現代物理学的な意味で、あるいはニーチェのいう意味で理解すべきである。
差異が量的ではなく質的な概念であるように、力も量的ではなく質的な概念である。
ドゥルーズがいうように、力は差異において、いわば強度として把握されねばならない。
マルクスが「構造」という概念を最初にもたらしたことは確かであり、その意味で「構造主義の祖」と呼ばれるかもしれない。
しかし、マルクスは、構造を「力」から分離して考えた事は無かった。


69、分業を重視し、そこから一般的な社会史を構想したのは、アダム・スミスである。
基本的には、マルクスはそれにしたがっているように見える。
だが、そこに微細な差異があり、本当はそれだけが重要なのだ。


70、マルクスが、歴史の原動力として階級闘争を見出したとすれば、それはヘーゲル弁証法唯物論的再販であるどころか、正にそれを打ちくだく為である。
たとえ常識的には階級闘争の観念が形而上学的なものだとしても、われわれはそれを廃棄する必要はない。
たとえば、体系の変容として語られる歴史には、分裂生成としての力が拾象されている。
つまり、力から切り離された構造なるものは、もう一つの形而上学に過ぎない。
マルクスにおいて、階級闘争は、そのような力の場を暗示するかぎりにおいて、決定的に重要な概念なのだ。