思想家の西部邁 『ナショナリズムの仁・義』を読んで。

<これまで利用してきたHPが来月から課金されるので、HPを別の所に移しました。

https://welcomeakisbar.jimdo.com/ です。>


(この本は2000年に発行されました。名著です)


1、そして価値といい組織といい、「ナショナルなもの」と無縁ではおれないというのが、遅くみてもここ200年の人類の経験である。
振り返れば、近代そのもが二枚舌を駆使してきたのであった。
近代は一方で個人主義を標榜してきたが、他方では合理主義を推進した。
前者の個人的自由は人間の特殊な個性というローカルなるものの極小値に固執することであり、後者は技術的合理は人間の普遍の理性というグローバルなるものの極大値に拘泥することである。


2、ローカリズムグローバリズムを同時に唱えるというような二枚舌が生じている。
そうした白昼公然の自家撞着から近代が抜け出せないでいるのはなぜか。
それは、そのジレンマから脱出するには「ナショナルなもの」を正面から引き受けさるをえないからであり、それを引き受けるということは、近代に寄り添うのを習わしとしてきた大方の知識人にとって、自己抹殺にも等しい反省を強いられるからである。
いや、近代の理念はジレンマのなかにありつづけたとはいえ、近代の現実は易々とジレンマを乗り超えていた。
つまり近代は、実際には、国民政府の発展という姿をとりつづけてきたのである。


3、現実が理念の中味を奪取していくというこの構図は今も変わっていない。


4、見逃すわけにはいかないのは、理念と現実のあいだに正面切った応答がないために、特定国家の政府(今の場合はアメリカ)の個別利益に普遍性のシュガーコーティングがほどこされ、その結果、他の国民の政府(たとえば日本)の個別利益が損なわれることである。
こうした成行きは国際社会を晩かれ早かれ不安定にし、それがひいては各国の国内社会を動揺させる。


5、ここは一つ、理念の水準にナショナリズムを登場させ、そうすることによて(個性と理性の矛盾やグローバリズムローカリズムの葛藤といったような)板挟み状態から現代の理念を救い出さなければならない。
またその救出作業は理念と現実のあいだを架橋する企てともなる。
なぜといって「ナショナルなもの」は、冷戦構造が解体したあとのこの10年間、世界の随処に現実として噴出しているのだからである。
そして各国のナショナリズムの絡み具合がかつてなく複雑になっているという現状をさして(グローバル化ではなく)高度国際化とよぶべきであろうし、さらに各国内で各地のローカリズムがかつてなく複雑に錯綜していることをさして(ローカル化ではなく)高度なインターリージョナル化と名づけるべきだと思われる。


6、福沢諭吉が望んだのは、「一身独立」した日本人たちが「一国独立」を成し遂げる、という自発的な運動のなかでの文明開化なのであった。
諭吉は和魂洋才という便宣主義的な文明観には反対していた。
誇張を恐れずにいえば、和魂洋才の日本型文明を諭吉は構想していたとすらいえる。
つまり洋才はかならずしも見習うべきものにあらず、と諭吉は考えるに至った。
諭吉は「公智」と結びついた「公徳」が文明の土台となると考えていた。
そしてひとたび公徳に論が及べば、それが国の歴史・慣習・伝統と深い関係があるのは論を俟たない。
このように福沢諭吉という文明開化の知的指導者はナショナリストであった。
そのことが1世紀経っても確認されないという事実のなかに、日本の近代化が西洋への受動的適応に大きく傾いていたことを示している。
これもオルテガの科白なのだが、「外から受け身で取り入れた文明はその国にとって命取りとなる」のである。


7、つまり、歴史の確認、慣習の保持そして伝統の探索は戦後にあってめったにみられない。
だが、それゆえに「ナショナルなもの」に軽侮を寄せるのは思想として落第であろう。
歴史忘却、慣習破壊そして伝統無視のせいで、戦後の文明の進歩が(精神的)文化の退歩であったとするなら、「ナショナルなもの」は是が非でも想起され再興され重視されなければならない。


8、日露戦争のあとの日本は、「一等国になったんだという高慢な声は随所に聞く」といった状態になった。
しかし夏目漱石には、外発的近代化をやってしまった国民に特有の危機が遠からず到来するであろうと予感され、そうした「急場を切り抜けるかと質問されても名案も何もない」という心境のなかで、漱石は「出来るだけ神経衰弱に罹らない程度に於いて、内発的に変化していくが好かろう」といっておくほかなかった。
私のみるに、80年代の日本がまさにそれと同じサイクルにあった。
つまり当時の日本は「経済大国になったんだという高慢な声」で充ちていた。
そして90年代に次々と急場が押し寄せてくるや、日本人は内発的に高度情報化に立ち向かおうとして、「個人の自立」や「自己責任」をいいはじめた。


9、これは「内発」ということの履き違えだとしかいいようがない。
福沢諭吉のいう一身独立が「ナショナルなもの」の地盤の上に個人が自覚的に立つということであったのと同じく、夏目漱石のいう内発的開化も、自己ののうちにおいて「ナショナルなもの」との対話をなすという努力にもとづくものである。
個人の自立といい自己責任といい、自分の感性や理性の最も奥深い根拠として「ナショナルなもの」が、いいかえれば歴史の感覚と意識と伝統の英知とがあるのだと自覚することから始まる。


10、人格のインテグリティは個人的自由によっても技術的合理によっても、つまり近代の価値によっては、保証されえない。
福沢諭吉が武士道に、そして夏目漱石が江戸文化に、それぞれ思いを寄せつつ徳義について思索したのは、こうした近代への懐疑があったからである。


11、いや、そのナショナルな潜勢力は、アメリカの覇権を張子の虎とみえさせるほどの激しさで、随時に随処で世界の表面へとせり出している。
その例証の一つがユーロ経済圏の誕生である。
ナショナリズムという特定主義の克服でありグローバリズムという普遍主義の拡大であると(一時は)言祝がれていたユーロ経済圏にしてすらが、ドルと円の経済的覇権に抗しようとする、ヨーロッパ・ナショナリズムに動きにほかならない。


12、人間の生誕とは、特定の人種、特定の風土、特定の言語そして特定の風習のなかに産声を挙げることである。
しかしこれは選択の強制でも自由の抑圧でもない。
逆に、人間が自由選択をなしうるのは、こうした運命的な状況を進んで引き受けることによってなのである。
人間の生理的な衝動も精神的な欲求も、慣習化された行動も意図的な行為も、すべてこうした「運命」の引き受け方として発揮される。


13、事実、高度情報社会におけるグローバリズムなるものはそのように人類を同質化させようとしてもいる。


14、ネーション・ステートの別名はネーションフッドである。
それは、直訳すれば「国柄」という意味の言葉であるが、実際は「国としての政治的独立」をさすとされている。
つまり、何ほどか目立った国柄を示す人々の集まりは政治的な独立体を形作るのが普通であるということだ。
私の主張したいのは、この意味でのネーションフッドは「乗り超え不可能」だということである。
国際社会は、国家間の相互関係がいかに緊密になろうとも、様々に異なったネーションフッドのインターにおいて発生する社会なのである以上、グローバリズムとは似て非なるものとしなければならない。


15、逆にいうと、ナツィオの本質である伝統のそのまた本質は何かとなると、その国に何ほどか特有の「ルールのことば」の形式だということになる。


16、しかいそういう方法がアメリカで広まるとなると、最初に個人ありき、という存在論に変質し、挙句に、諸個人の自由選択の調整結果としての市場均衡は効率的であり、それは(個人尊重の価値観からして)望ましいのだという判断にまで昇格してしまった。
皮肉なことに、アメリカ流の個人主義は、アメリカ人たちの個性の奥底にあるアメリカ的なナツィオのみが優等であるとする国家主義を帰結している。
他の諸国民がおのれらのナツィオに愛着しているということが、ナツィオを無視したアメリカ人たちには理解できないのである。
こういうアメリカニズムとでもよぶべき国家主義が現代世界の表層を覆いつつある。
その表層にとどまっているかぎり、アメリカに屈服するか、それともそれに抗して自分らの国家主義をアメリカにぶつけるか、の二者択一に追い込まれる。
この閉塞した心理状態から逃れるべく、グローバリズムによって諸国民の政府が融解する、という作り話に長けているのが世紀末人類の偽らざる姿であり、その見本が我ら日本人だということになっている。


17、人間は精神的動物であり、それゆえ、精神→言語→歴史→物語→想像、というふうに遡っていくと、人間は想像的動物であるといって大過ないのである。


18、国家は、その出来具合の善し悪しは別として、「想像の共同体」にほかならない。


19、というのも、資本主義を支える勤労や投機や技術革新のモラール、デモクラシーの根底をなす世論の健全さ、コミュニティ形成の支柱となる住民たちの信頼感そしてリベラリズムの礎石となる人々の個性の充実ぶり、そういうものを保証する条件は「アメリカ」にあって何一つ準備されていないからだ。
そこにあるのは、戦争において勝利したものを称える野蛮、多数を制したものが我が物顔で威を張る傲慢、目立つことによって人気を博するものの示す軽薄、攻撃的に自己主張するものの前で席を譲る虚無、おおよそそうした類の心性なのである。


20、精神の健常者は、ほとんどすべて、ナショナリストである。
つまり、自分の属する国家への心配を他の諸国家へのそれに優先させるという意味で、常識あるものはナショナリストでしかありえない。
ところが、ナショナリストとよばれるのを嫌悪する、そしてナショナリズムの持ち主とみなされるのを忌避する、それがとくに先進国における国民の常識となっている。


21、しかしもう一つ、平凡にして重要な論点が残されている。
それはイズム(主義)という接尾語にたいする反発の感情が現代人に広く抱懐されており、それゆえにナショナリズムと聞いただけで警戒を差し向けるという言葉遣いの習わしが出来上がっているということである。


22、国民の感性と理性の根底および枠組みをなすものとしてのナショナリティは、国民の心身にすでに内在しているがゆえに、通常はさして刺激的な存在ではない。
しかし国民は、自己の存在が脅かされるような危機に直面したとき、自分はナショナルな基盤の上に立ちナショナルな環境に包摂されていたのだと知らされる。
そのことを通じて、ネーションの持つ強い持続性が確認されるのである。


23、あえていえば歴史の蓄積においても文化の尺度においても貧弱きわまりないアメリカは、王道ではなく覇道として、能動的ナショナリズムに狂莾しているのだ。
つまり、歴史・文化に根差すものとしての受動的ナショナリズムを排撃して、政治と経済にのみかかわるものとしての能動的ナショナリズム、それが現在のアメリカの流儀である。


24、しかしまずはっきりさせらなければならないのは、ステイティズム国家主義と訳すのは誤りだという点である。
少なくとも政体と国体の区別を踏まえていえば、ステートは政体のことをさし、それゆえステイティズムは政府主義と訳すのが適当なのだ。
そして、もしナショナリズムが政府主義と直結すること必定というのならば、たしかに、脱ナショナリズムは適切な思想方向だということになる。


25、ナショナリティ、それは国民一人びとりの「精神の皮膚」とでもいうべきものである。
「いなばの白兎」めいた哀れな状態に自分がいるのだ、と自覚するところからしか健全なナショナリズムは生まれてこない。
そこまで戦後(というより敗戦後)日本人の精神力は落ち込んだのである。


26、このような現実を眺め渡すと、国民自決とするのが現代の民主主義の平均的な在り方だとみるほかない。
それもそのはず、民主主義とは「国(民)」の「(主)権」を謳う主義のことだとみなされつづけているのである。
しかし、諸国間の国際関係がかくも濃密になっている状況において国民自決をいうのは、少なくともその半ばは、欺瞞にすぎない。
他国の内政に直接的に関与するような外交政策を避けることは、今日、不可能である。
そうと認めつつも、国民自決をまったく認めないというのでは、世界は弱肉強食のジャングルと化し、国際社会を「社会」たらしめる国際ルールが存在しえなくなる、あるいは最強国の恣意が国際ルールを、せん称するという不当な事態に陥る。


27、オーストリア政変のことを例にとると、「政権の成立」についてはオーストリア国民の自決を俟つべきであるが、その「成立せる政権」が極右的政策を発動して国際社会を混乱させると予想されるのならば、それへの内政干渉を準備すべきである、というふうにである。
各国の意思決定を質的に層化するのはもちろん容易ではない。
グレーゾーンがつねに存在していて、国民自決に委ねるべきか内政干渉を許容すべきかが判然としないような決定問題が多々あるに違いない。
しかし、その困難な仕分けをあえてなそうとする努力のなかにこそ、内政と外交との安定した結びつき方が、さらには国際社会におけるルールの安定した発展の仕方が探られる。


28、国際社会は、国内社会よりもはるかに大きな程度において、そのルールが形成途上になる社会である。
それゆえ、各国の外交政策がつねに何ほどか相手国への内政干渉となる。
それが国際社会の現実である。
そうであるからには、国家主義という概念は死語に括られて然るべきだ。


29、権利と義務は互いに補完的である。
両者を平衡させる支点は、各国の歴史が異なるために、同じではない。
その差異を確認しようとして、そして縮小できる差異と縮小できない差異を仕分けしようとして、国内社会ではルール形成のための審議・決定が休みなく続けられる。
この常道から外れて、自国の国内社会における特殊な原則を自国にかかわる国際社会の普遍の原則に仕立て上げようとしている、それがアメリカである。


30、知性といい徳性といい、それを合理的に展開するには適切な前提が必要なのであるが、それは合理それ自身によっては準備されえない。
歴史の英知によってその前提が与えられているときにはじめて、知性・徳性の「進歩」が保証されるのである。


31、このように国民主権は伝統の精神(良識)によって基礎つけられている。
このことを度外視してしまえば、デモクラシーとはデモス(民衆)という名の多数者が国家のクラティアに参加し、そしてマジョリティ・ディシジョンで事を決する「方式」のことをしか意味しない。
だから、歴史感覚の乏しいアメリカやソ連(あるいは現・中国)およびそういう国々の差配に屈従してきた戦後日本にあっては、デモクラシーが「多数者の専制」に、あるいはその思想的な表現としてのポピュリズムあるいはポピュラリズムに、転落する根強い傾きがあるといわなければならない。


32、デモクラシーは、「決定」の方式であるからには、リーダーシップなしには進行しない。
だが、リーダーシップは、昨今の日本で誤解されているように決断力と同義ではないのである。
それに並んで説得力がなければ、指導力なんぞは軽挙妄動と大差ないものになる。
説得的な前提と論理、これこそがあらゆる社会に必須の「公共性」の支柱なのだ。


33、ピープルのかざす主権とはポピュラリティのことだ。
つまり現代の主権者にはおのれに独個の意見などみじんも備わっていない。
「主権者の声」とされている世論たるや、「世論マイナス自分の意見」にすぎない。
それゆえ自分の論は、前提も論理もまったく定かならぬ束の間の気分や御座成りの理屈にとどまっている。
そんな限りなくゼロに近い代物が、マス(大量)の規模で集計されてマス(大衆)の世論になっている。

 

34、なぜなら、分析・評価もまた何らかの「精神の形」によって遂行されるのだからである。
つまり、あらゆる意識の究極的に拠るべき「精神の形」、それが伝統であると規定するということは、意識の前提たるいわば「先意識」の位置に伝統をおくということであり、したがって良習と悪習を区別する意識そのものが伝統に服属することになる。
このようにいうからといって慣習が貶価されるわけではない。


35、「精神の形」といってあまりに抽象的だというのなら、人間行為のクライティリオンあるいはマナーが伝統の本質なのだといいかえてもよい。


36、たとえば、人間は「聡明」が正価値を有することを知っているが、同時に、それだけが過剰に追い求められたとき、聡明が「狡猾」という負価値に転落することをわきまえている。
自分が狡猾であることに堪えられない人間は、狡猾の否定たる「誠実」という正価値を我が物にしようとする。
しかし誠実は、それだけが過剰に実行されると、かならずや「愚鈍」という負価値に墜落する。
それを知って人間は、愚鈍の否定たる聡明へと逆戻りし、そのままでは人間はいわば善と悪のあいだの往復を繰り返す始末になる。
この循環から逃れるには、まず「聡明と誠実」というジレンマをはらんだ二つの正価値のあいだを「平衡」させ、次に両者を「総合」しなければならない。


37、平衡(それはしばしば中庸ともよばれる)の感覚は、上の例でいうと、聡明と誠実をともに減量させることによって両者のあいだのジレンマを弱めようとすることではない。
そういう精神の活力を減退させるやり方は「折衷」にすぎないのであって、平衡とは、極大化されたジレンマのただなかで、複数の正価値が葛藤に苛まれるのを避けることなのだ。
したがって総合というのも、それぞれ適度の聡明と誠実を張り合わせるということではない。
両者を化合させてより高次の精神段階へと登り、そこでたとえば「英知」とよんでさしつかえないようなみごとな「言葉遣い」に達しようとすること、それが総合の作業である。
ごとな「言葉遣い」に達しようとすること、それが総合の作業である。
このようなものとしての平衡・総合の英知を、知性においても徳性においても不完全であることを免れない一個人が(さらには一世代や一時代が)自分だけの才覚で身につけられるわけがない。
しかしそこに「歴史」という名の時間の流れがあるならば、その時間的持続に堪えて現在の個人・世代・時代に伝え残されし伝統のなかに、平衡・総合の英知が、というよりそれへの手懸りが示されていると考えることができる。


38、事実、たとえば宗教・道徳、そして政治についての過去の慣習と、それに内臓されている伝統を探るということは、信条、徳目、そして網領といった類の、理想の形成にあずかる精神的要素について考究を深めるということなのである。
過去への現実主義的なリトロスペクトは未来への理想主義的なプロスペクトと互いに連関している。
そのことを保守思想は知悉している。


39、「良き言葉遣い」としての伝統とは「常識」を支える「精神の形」のことにほかならない。
コモンセンスつまり「共通の感覚」にもとづく「共通の観念」、それが日本語でいうところの「常識」の本質をなす。
逆にいうと、伝統と常識とを等値することはできないということだ。
なぜなら、常識とは慣習化された知識のことにほかならず、それはしばしば偏見の寄せ集めにすぎないのだからである。


40、現代にかぎらず古代からずうっと、人間は、人間の拠点ともいうべき良き言葉遣いをめぐって、その不足感に悩まされているがゆえに、その充足感を求めてきた。
その希求と探求の歴史が、伝統をかろうじて耐久させてきたのだといってさしつかえない。


41、というよりそれらの同質性や統一性を人々に共通の物語として確認するところから国家の歴史が始まるというべきであろう。
その意味で、いろいろな国家起源説のなかで有効なのは神話共有説だけだといってさしつかえない。


42、それら様々な個別的物語のあいだの葛藤を解決して国民の共同性を意識的に確認しなければならない。
そのためには、何らかの種類の「聖」なる精神の次元へ向けて、それらの葛藤を「昇華」させなければならないということになる。
それが神話の誕生であり、文化人類学の知見が教えてくれるように、各国各様に国造りの神話を持っているものなのである。


43、国家のなすべき重要な仕事の一つは、歴史の連続性を象徴的に表現すべく国家儀式を司ることであり、そして国家儀式に具体的な象徴が、たとえば国家や国旗という形で、伴うのは当たり前のことである。
一切の儀式的なるものを、合理的でないという下らぬ理由で排するのは、近現代の悪習といってよい。


44、日本国憲法で(それ自体はアメリカ的迷妄の産物にほかならないのだが)天皇を「日本国の象徴であり、日本国民統合の象徴である」と規定してあるのをみて、反儀式的であることを合理とみなす戦後進歩主義者たちは、象徴にすぎない、として天皇のことを貶めようとした。
その傾向は、皇室の出来事を大衆の娯楽の種にするという形で、ますます強まっている。
しかしこうした天皇観は、神話→歴史→慣習→儀式→象徴という観念の脈略が国家にとってどれほど重要かということをまったく理解していない。
私の強調したいのは、天皇を敬愛するかどうかという心情の問題の前に、健全な歴史観と健康な国家観にもとづいて、儀式や象徴が国家にとって必然であると認めようということである。
それらは、国民の共同精神の聖なる次元を神話を通じて覗き見ようとする仮説形式の営みに発する。


45、したがって天皇制の本質は「元号」にこそあるということができる。
なお天皇「制」という言い方を、コミンテルン流の「階級的支配の道具」としての天皇制という理解に繋がるとの理由で排するものがいる。
しかし、天皇は国民の情緒的なコミットメントの対象である前に、国民の意識のメカニズムにかかわるものであるという観点からすれば、天皇制とよぶほうが適切だともいえる。
そしてそれが、天皇を統治の機関とみる天皇機関説とも異なることはいうまでもない。
つまり、おのれの生死を意識にのぼらせざるをえないのが人間の本質だとすれば、その意識に時間軸を与えるという元号の役割は計り知れぬほどに大きいのである。
もちろん、元号をめぐって一世一代となったのは明治以降のことである。


46、いずれにせよ、天皇という国家象徴は、まぎれもなき人間であるがゆえに、時間の流れのなかで生の起点と死の終点を持つ。
そのことにもとづく元号の制度は、日の丸や君が代といった「モノ」による国家象徴とは異なり、生死の意識から自由になれず、また共同で生きるほかない人間にとって、歴史の感覚と共同性の意識の最も基底的な次元を構成する。
つまり、元号におのれらの時代意識を仮託することによって、国民は生と死にはさまれた有限の時間に共同の物語を与えようとするのである。


47、しかも、国民の歴史感覚という点からみて、天皇制は君主制よりも勝れている。
なぜといって、君主は、最強の武人としてであれ最賢の哲人としてであれ、あくまで世俗の代表者である。
それにたいして天皇は、いわば最高の神官として、人間精神における聖と俗との境界線上におわします存在である。
俗のがわからみれば天皇は単なる人間であり、聖のがわからいうと天皇は神聖なものと仮構される。
つまり半神半人のフィクション、それが天皇なのであり、その両義性によって、俗世の葛藤の描写とその葛藤の(神話による)昇華とをともども可能にすべく、歴史物語のための時間的基礎が与えられるのである。


48、天皇は、平和のみならず戦争をも、民主のみならず独裁をも、福祉のみならず悲惨をも、「歴史の英知」の源とみなすための観念的仮構として、存在している。
戦争も独裁も悲惨も多々含まれている日本の歴史のすべてが国家統合の精神的土壌となる。
その歴史の総体を象徴するのであるから、天皇は現憲法のごとき特定の時代の特殊な産物に拘束されてはならない。


49、また、世間で改憲派が7割に達したからといって、戦後体制の抜本改革を期待するわけにもいかない。
戦後体制のさらなる前進を促すべく、あるいはすでに憲法の枠を超えるまでに膨らみ切った「戦後的なるもの」を追認すべく、憲法を改正するというやり方もあるからだ。
現にあちこちの新聞がやっている世論調査では、改憲理由の第一位もしくは第二位は「新しい権利」を憲法に盛り込めというものである。
間もなく、子供の権利や夫婦別姓の権利、知る権利(マスコミの情報公開権)や知られない権利(プライバシー権)、介護を受けて長生きする権利や心地よい環境でののんべんだらりと暮らす権利などで憲法が溢れ返ることになるのではないか。


50、いや、あらゆる憲法条項の意味を日本の国民的常識にもとづいて解釈することが、普遍的・抽象的・理想的な「前文」によってあらかじめ禁じられているのである。


51、だが、自由・権利の利用にかんする適切な範囲も形態も、現憲法には何ら示されていないのだ。


52、現憲法下において、戦後日本人民は権利観念を極大化させ義務観念を極小化させている。


53、非常の例外状態を何ら予定していない現憲法は混沌へ向けて開口したままの未完結の規範体系にすぎない。
いや、非常事態が発生すればアメリカが日本の秩序を回復するという暗黙の想定の下に占領軍はこの憲法の草案を書いたのである。
それが占領軍の仕事であり権限ではある。
情けないのは、被占領期はとうに過ぎているのに、そんな憲法を後世大事に抱え込んできた我ら敗戦国民の属国意識だといわなければならない。


54、これまでの憲法論の焦点であった第9条については、晩かれ早かれ、国軍に近いものができるように変更されるのであろう。
そうしなければ今の国際軍事情勢に対応できないという現実的な要請があるからである。
しかし、それがまともな国軍になりうるためには、現憲法の第9条をただちに改正しなければならない。
つまり、「侵略戦争を放棄するためには、あらゆる戦力の不保持とあらゆる交戦の禁止とが必要である」というふうに規定してあると読める第9条がどれほど国辱的なものでありつづけてきたかを理解しておかなければならない。


55、危機管理は、一つに「集団」の機能という社会的な要因に、そして二つに「過去」の経験という歴史的な要因に頼らざるをえない。


56、そういう状況をよしとするものをさしてマスマン(大衆人)とよぶ。
はっきりしているのは、マスマンの代表者たちが社会のあらゆる部署の権力を簒奪した状態としての現下の高度大衆社会は、アルゴリズムによっては(危険は処理しえても)危機は回避できたないために、長期的に安定することはけっしてないということである。


57、そこで、ギリシャ語のカイベルンからもう一つの言葉が派生していることに注目せざるをえない。
それは、ほかでもない、ガヴァン(統治すること)である。
つまりガヴァメント(あるいはガヴァナンス)もまた「舵取り」ということを意味する言葉なのである。
そして、今の語法からいえば、サイバーが人口頭脳による未来への舵取りを意味するのにたいし、ガヴァンは人間頭脳による舵取りを意味すると定義してさしつかえないであろう。

 

58、いよいよもってK・ヤスパースのおいう「高貴なるものへの最後の出征」を大衆が開始した、との感が深い。
日本が「先行く不透明」であるどころか、日本人におけるクリティークの精神が深い昏睡状態に陥っているといわざるをえない。


59、100年ほど前、ということは前の世紀の変わり目に、現代の哲学・思想が言語学転回を遂げたといわれている。
要するに、人間を言語的動物としてみる視点が確立されたということだ。
それなのに現代人は、とくに我が国の戦後知識人は、流行語に弱いせいで、あるいはネオテリズムに毒されているために、自分たちの頻用している言葉についてさほど敏感ではない。
その一つの見本が「大衆」という言葉である。


60、家庭であれ学校であれ、職場であれ市場であれ、巷間であれ国会であれ、新聞であれテレビであれ、現代の諸制度は堕衆の拡大再生装置に堕落している。
少なくともそうかもしれないと考えてみると、現代に生起する諸現象が普通のとはまったく異なった姿形と色調でみえてくる。
たとえば、インターネットに向かう人間がキツツキに、テレビでニュースやキャストとしている人間が吠え猿に、そして電車で化粧している人間が夜鷹にみえてくる。
その他あれこれ、賢治の「よだかの星」におけるように自分の醜さに羞恥を覚える、といった素振りの一片もないものとしての堕衆が大衆社会を休みなく膨らませ、ついに、堕衆から抜け出たいと願うものたちの一途な気持ちを余すとろこなく呑み込んでしまった、それが高度情報化なるものの実相なのだとみえてくる。


61、90年代の日本政治において、とりわけ選挙の場面で、最も威を張っていたのは無党派大衆とよばれる連中であった。
森首相によれば、選挙民の4割が無党派なのだという。
その4割が「寝てくれていれば助かる」、というようなことを首相がいい、それで自民党の得票がガタリと減ったのだと選挙通は分析している。
たぶんそうであろう。
プラトンの「高貴な嘘」を持ち出すまでもなく、高い地位にあるものには、嘘を吐かなければならない時が多々あるのであって、森首相は「無党派の方々よ、起きて歩いていただきたい」と懇願すべきであったのだ。
しかし氏の愚鈍さはいわば誠実の過剰として生じたもので、無党派を寝ているべき連中にすぎないと規定したことそれ自体については、大概のインテリより
はるかに聡明である。
というのも、インテリ諸氏は、遅くみても90年代あたりから、無党派なる言葉をポジティヴ・ワードとして遣っているのだからである。


62、政党所属という点では、私とて、さほど積極的に応援したい政党がなく、また自分で政党を作るような強い関心と能力を政治にかんして持ち合わせていないので、無党派である。
遜っていうのではないのだが、自分が所属政党をみつけられないのは寂しいことであり、また自分で政党を作れないのは恥ずかしいことだと自覚している。


63、しかも現下の選挙制度たるや、小選挙区においては実質的に、比例代表区においては形式的にも、政党選択を選挙民に問うものになっている。
だから、選挙において前日まで無党派であるものは、政党選択を選挙という形で示すことについて無関心もしくは無能力なのであり、それゆえ、おのれらのそうした意識状態を素直に表現するなら、選挙において棄権する(あるいは白票を投じる)ほかないはずなのだ。
それなのに無党派層たるや、投票日が近づくにつれテレビや新聞や雑誌の作り出す雰囲気に操作されたり、立候補者の名前や顔相からくるちょっとした気分に動かされたりして、どれかの政党に投票する。
あっさりいって、これは政治的不具合の投票行動である。
そういう不具者がたくさんいるのが大衆社会というものなのであるから、無党派が8割になろうとも私は驚かない。


64、匿名であるのをよいことにして、自分らの無関心・無能力を天下の公道においてさらけ出す、それが堕衆のつねなる振る舞い方である。
その最もわかりやすい例が無党派の党派選択である。
8割方はそういう堕衆の演じる茶番劇になってしまっている選挙の場にあえて立候補してくるものたちは、そもそも何者であるか。
おそらくは、8割が堕衆の代理人としてのポティシャン(政治屋)であり、そして2割が、マスマンのなかに埋もれているコモンマンへの可能性に期待を寄せ、さらにはその可能性へ向けて訴えかける関心と能力を有したステーツマン(政治家)なのであろう。


65、現代政治が無党派の懐に深く抱かれたことのひとつの証拠、それは与党が無政策で選挙に臨むという事実である。
2000年6月の選挙は、その意味でも、際立っていた。
景気浮揚効果がさして大きくはないと判明している公共事業、加えて汚職の温床と批難されつづけてきた公共事業、それのみをプラットフォームに掲げるというのは無政策も同然である。
無党派大衆も景気のことならば少しは関心を持つであろうとの算段があったにしても、無政策との印象をみずから散布して歩くことの弊害はけっして小さくないのである。
与党がいったい何に「与る」のかといえば、いうまでもなく、統治の権力にである。


66、統治策を持たない統治党、それが最大与党たる自民党の姿となってしまった。
それは、無党派の党派選択と同じ種類の矛盾といってよい。
いいかえると、与党すらもが無党派に堕ちたということである。
問われるべきは、無党派層の選挙民は、なぜ、自分らのみごとな代理人になりはてている自民党に投票しなかったのか、ということについてだ。
ほかの言い方をすると、現代の無党派には、政治にかんする無関心・無能力だけではなく、別の特質があるとみなければならないのである。


67、都市部に大量に発生した堕衆は、情報なるものをおびただしく身に帯びているという意味ではけっして愚かしくない。
しかし、その情報量が増えれば増えるほど、自分らの物事にたいする感じ方、考え方そして振る舞い方に自信を持てなくなるという点では、彼らははなはだしく燸い。
また、自分らの弱さを他人(とくに権力の座にいるもの)のせいにするというところでは、つまり反権力のきれい事をいいつのるあたりでは、彼らは卑しさを剥き出しにする。
ともかく、自己不信を根強く抱きながらもその自己不信を執拗に隠蔽するのに長けている堕衆は、自分らの弱さの代表者であるかのような、統治策を持たないオポジションが表明されているならば、多くの場合、自分らの卑しさに促されて、支持を与えるという仕儀になる。
自分は情報を持っているという自信、しかし自分で情報を解釈し応用するに当たっての不安、そしてその自信を表明しつつその不安を隠すための反権力のポーズ、これら堕衆の特性はマスメディア人士たちにあっても、そっくりそのまま、共有されている。
だから堕衆はマスメディアの動きに合わせて動こうとし、マスメディアのほうも堕衆の動きを察知して動こうとする。
この共犯関係に注目すれば、堕衆のことをメディアマスつまり「情報媒体と歩調を合わせる大衆」とよんでもよいであろう。


68、だが、これもホイジンガの洞察したところなのだが、現代のインテリは情報をめぐる「あそびの小児病」にとりつかれている。
つまり、物事のほんの一側面に触れるにすぎない専門知にもとづいて物事の全体を裁断する、というふしだらな営みを、ふしだらと自覚しないどころか社会全体への意義ある貢献とみなしつつ、マスメディアのど真ん中で演じている。
ここにおいて、「大衆人の見本は専門人である」というオルテガの科白のことを繰り返し確認すべきであろう。


69、ここ20年間ばかり、エコノミストが、学界のであれマスコミ界のであれ産業界のであれ、堕衆にたいするリーダーシップを発揮してきた。
彼らは、事物の観察が容易で数量化が簡単な側面にのみ関心を払い、そして事物の全体にかんする把握については、凡庸きわまる観念体系にまるで精神的小児病の患者のようにとりすがってきた。
そこから彼らの思考に特有のメトリオクラシーが導き出され、それが大衆社会における「多数者の専制」と合体した。


70、選挙前日になっても、政党間の相対比較でしかありえない今の選挙において、支持政党なしと平気で答えるような徒輩は、要するに政治について無関心もしくは無能力なのであるから、投票には棄権するか白票を投じるのがよろしい。


71、国体という言葉は、物の本によると、ずいぶん古くから用いられており、その初発は出雲国国造神賀詞にあるという。
ただしその意味は国状一般のことをさし、その発音も「くにがた」ということであった。
ここで留意しておいたほうがよいと思われるのは、体と形は、元来、同義語だということについてである。
国体というと、たとえば肉体や身体といった言葉からの連想なのであろうか、国の実体のことを思い浮かべる向きが多い。
それで、一言でまとめ上げられるような日本の実体などはありはしない、だから日本の国体という言い方は無効になったといわれる。
その結果、「この国のかたち」といったような表現が流行語になるわけだ。


72、慣習の根底には道徳がある。
なぜといって、人間の振る舞いの本質は、優れたものを選び劣ったものを選ばないという選択行為にあるからだ。
そうである以上、選択における価値基準をその根本において内蔵してるのでなければ、慣習は人間行為の支えにはならない。
つまり、国柄の実体は慣習であり、慣習の根本は道徳なのであるから、国柄のことを実在として論じるときには、何にもまして、道徳のことを取り上げなければならない。
道徳の「道」は、そこを人々が往来するのである以上、空間的にも時間的にも長いものである。
つまりその長さによって、道徳は慣習なり、ということが示されている。
英語のモラルにしても、モーレスから派生してきた言葉である。
また、個人の倫理などとあっさりいわれるが、「倫」とは人々の間柄のあるべき姿のことをさす。


73、日本の歴史を紐解いてみれば、聖徳太子聖武天皇空海最澄栄西道元法然、親鷹、日蓮といった仏教の系譜がある。


74、その証拠を一つ挙げてみると、ある著名な「百科事典」には、「法律は主として人間の社会的なあり方について、道徳は主として個人的なあり方について規定する」と書かれているのである。
この単純な文章には、道徳にたいする二つの致命的な破壊工作が含まれている。
一つは、法律を社会の慣習的道徳にもとづかせるのではなくて、民主主義の名の下に、現在世代の多数派の欲望によって決定しようとしている点である。
もう一つは、道徳を社会の歴史的慣習の基礎としてとらえるのではなく、個人の価値にかんする嗜好の問題に解消せんとしている点である。
これが「戦後」の基本精神なのであるから、国柄・慣習・道徳が音立てて崩れるのは当たり前だ。


75、そうならば、国民(およびそれの作り出す統治機構としての政府)は根本価値の体系を身につけるように教育されなければならない。
これは、国家が価値→規範→教育→国民→政府という論理的発生の仕組みのなかにあることを示すものである。


76、日本国憲法昭和憲法)と教育基本法が同時に施行されたのもまったく論理的な事柄である。
教育勅語から半世紀余が経って教育基本法が施行され、その教育基本法が同じく半世紀余ぶりに改革されようとしている。
その改正においていかなる国家意志を日本人(および日本政府)が表示するのか、けだし見物といわなければならない。


77、脱宗教の現代においては、国民にとっての不動の共有価値はナショナリティつまり「国民性」としてしか規定できない。


78、「戦後」のなかで思想的モラトリアムをやりつづけようと決断している類のエゴティストには、主人←→従僕の弁証法が理解できない。
なぜなら、その弁証法を成り立たせるためには、「自分」が国民性という価値によって成り立たせられていることを、あらかじめ理解しておかなければならないからである。


79、また、日本の大人達は、世界平和のためといえども一兵も海外には派兵したくない、と構えているのだから、自分の子供達に義勇兵の手伝いをしにいってこい、といえた義理ではないはずだ。
子は親の背をみて育つ。
親たちが家族の作り方、地域共同体での暮らし方、産業の運営の仕方、議会の進め方において公共性・国民性を大切にしているのなら、それをみているだけでも、子供たちは日本の歴史・伝統について、また公的な価値に奉仕するのが国民の義務であることについて、大いに学ぶことができる。
「學ぶ」という言葉の原義は、「世の中の仕来たりの手振りを(まねぶ)こと、つまり真似すること」である。
大人達が世の中の仕来たりを壊すことに「進歩」の悦びを見い出してから、遅くみても半世紀は過ぎている。
必要なのは、そういう大人達への教育基本法であり「奉仕の義務化」なのである。


80、具体例として国語の知育を取り上げてみよう。
どういう教材を選んで、それをいかに解説するのか。
その作業が美しく説得的な国語とはどういうものかについての価値判断を抜きにして成り立つとは思われない。
事実、各国の国語教育は国語に習熟することには大きな価値がある、という判断の下に組み立てられている。
国語をめぐる真善美と偽悪醜の区別を学習することは、その人の「精神の活力」を決定的に左右するほどに意義深い仕事なのである。
また歴史の知育についても然りである。


81、おそらく、小学校においては国語、中学校においては歴史、そして高校においては道徳的古典、それらの知育が、それらの持つ徳育との結びつきの強さのせいで、知育の全体系にとって扇の要となる。
それらの三者を省いたり縮めたり歪めたりしてきたのが戦後教育である。


82、そして正理に近づく自由と正理に従う責任とが国民にあるのだということを、偉そうに子供に教える前に、まず大人達が知らねばならない。
「戦後」が正理からいかに遠かったかを知らねばならない。


83、事態はまったく逆の方向に進んでいる。
一方で高度情報化が進んでいるのは確かであるが、他方では「先行き不透明」とか「海図なき航海」とか「不確実性の時代」とやらが懸念されている。
情報化の進展につれてエントロピーが増大しているというこの皮肉な状況をどう解釈するのか。
そのことについて一向に目処が立っていないのに、IT革命を叫び立てるのもやはりピュエリリズムに属する。

 

<思想家の西部邁さん、哲学者の柄谷行人さん、思想家の佐伯啓思さん、国際政治学者の舛添要一さん、国際政治学者の三浦瑠麗さんは、東大の先輩にあたります。

三浦さんとは同じく「理一」です。>

 

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