ジャーナリストの落合信彦 『「新世界秩序」の危機を読め!』を読んで。

(この本は1992年に発行されました。

落合氏は、世界の諜報機関に精通している人物です)


1、1988年は世界にとって、実に様々なことが起こった年であった。
日本のマスコミではあまり深く分析されなかったが、ビッグニュースのひとつにはアフガニスタンからのソ連の撤退であろう。
いまのところ、この撤退が遅々として進まず、カイパル峠の南側には、まだ8万人以上のソ連兵が駐屯している。
ソ連は、完全撤退の期限を89年の2月25日と明言しているが、それが予定どおりになされる可能性は非常に薄い。
そこで、この撤兵問題をめぐって米ソ関係がどうこじれるかが当面の問題といわれている。
第二はイラン・イラク戦争終結だ。
イラン側の国連調停案受け入れで、中東での局地戦争はいちおう終結し、一時的な平穏が訪れている。
が、第5次中東戦争の可能性がこれで消滅したわけではなく、むしろその危険性は、さらに高まりつつあるのが現状だろう。
第三は朝鮮半島でのオリンピックが、奇蹟的に開催されたことだ。
これはまさしく奇蹟といっていい。
私はかつて本誌「宝石」に「オリンピックが開催され得る可能性は10%」と述べた。
1986年の金浦空港爆破から87年11月のビルマ上空の大韓航空機爆破に至るまでの事態のエスカレーションと350以上のハード・インテリジェンスを集め分析をした結果は、ソウル五輪開催の可能性は10%以下だった。
これは水際で韓国の保安部が外国人のテロリストを全部キャッチしたことも大きい。
4月にアメリカのニュージャージー州FBIに逮捕された菊村憂は、日本の警察などとはケタ違いの手厳しい尋問を受け、知っている限りの情報をことごとく自供したらしい。
そのなかには日本赤軍が何人かソウルに潜入するという情報も含まれていた。
これはアメリカ側から即座に韓国側と日本の公安に通知され、その結果多くの潜在テロリストたちが逮捕、もしくは入国直前にストップをくらった。
この背後には西側情報機関の強力なバックアップがあった。
イギリスのMI6、イスラエルモサド、韓国の国家安全企画部、アメリカのCIA・FBI、そして微力ながら日本の公安、すなわち西側の保安機関・情報機関のフルメンバーによる連携プレーの勝利だったわけだ。
こうして北朝鮮は、テロ工作活動と板門店での軍事挑発を行うきっかけを失い、オリンピックは辛うじて救われた。


2、朝鮮情勢ひとつ取ってみても、予断を許さぬ激動する世界情勢のなかで、アメリカの大統領選挙というものは、とてつもなく巨大な重みを持っている。
この選挙の結果が世界に与える影響というものは、計り知れないほど大きい。
先々月、私はアメリカに飛び、大統領選挙を取材してきたが、正直いってあれほど退屈な大統領選挙はいままでに記憶にない。
76年のカーター vs フォードのときに勝るとも劣らぬほど低調で退屈だった。
投票率も49%強と1932年以来、最低の数字であった。
有権者の半数以上が投票していないわけだが、ブッシュが得たのはその50%以下の投票の半分強、要するに有権者の四分の一にしか支持されていない大統領なのである。


3、ワシントンの市街を歩きながらゴルバチョフは報道陣の向けるTVカメラの前で、ブッシュの手を取り高々と上げて微笑した。
もちろんゴルバチョフはこの映像が全米のネットワークを通じて、有権者の前に中継されていることは百も承知の上である。
INF廃絶条約の成立に沸き、これに続くICBM全廃交渉に強い期待を抱いている米国民に対し、ゴルバチョフがブッシュに示したこの態度は強烈な印象を与えた。
ブッシュ以外にこの歴史的な交渉を継続できる人物はいないと、ゴルバチョフ自ら無言で全世界に宣言したようなものだった。


4、たしかに今回のアメリカ大統領選挙は退屈であった。
しかし問題はこれからだ。
これからは退屈どころか、”ブッシュのアメリカ”は大変エキサイティングになっていく。
というのはアメリカという国は「双子の赤字」-財政赤字貿易赤字の二重苦にあえぎ、深刻な借金地獄に直面しているからだ。
そしてもはやこれはアメリカ1国だけの問題ではない。
われわれ日本人の肩にもズシリとのしかかってくる大問題なのである。
ブッシュは大統領に当選したとき、真っ先に2人の人物を閣僚に指名した。
ブッシュはもうひとり、ブレイディに先立ってレーガン政権で財務長官を務めた男を国務長官に任命した。
ジェームス・ベーカー3世、毛並みの良さでは超一流、IQの高さではブッシュの倍あるだろうといわれている男だ。
ジム・ベーカーの財務長官としての実績はすさまじいものがある。
日本に円高導入を認めさせたとういだけでも凄い実績だが、彼の一言、一言で、円が上がったり下がったりしてきたのである。
85年のプラザ合意のときに、当時の大蔵大臣の竹下登を恫喝したのは、このベーカーその人だ。
ベーカーはG7に集結した各国の蔵相たちを焚きつけて、最終的に竹下に円高導入を合意させた。
この合意が発表されたとたんに、円が230円台から160円へと高騰したわけだが、このベーカーが国務長官となったとき、再度円が上がることは誰の目にも明らかだ。
べーかーなら最終的には1ドル100円ライン、さらに日本政府にデノミを決意させて1ドル1円にすることさえ目論見かねない。
国務長官というのは、アメリカでは大統領に次ぐ重要なポストである。
ブッシュがこのポストにベーカーを真っ先に任命したということは彼の腕を高く買っているということもさることながら、やはりそこにはこれからの対外戦略がある。
これからのアメリカの対外政策には特に経済に強い外交官が必要だということなのだ。
ベーカーは経済を知りつくしている男である。
その彼が国務長官という巨大な権力を持つ。
外交を握ると同時に、財政も見ることになる。
歴代国務長官の中で抜きん出ていたのはあのキッシンジャーだが、ベーカーは彼に匹敵するほどのパワーの持ち主だ。
ということは逆にいえば、その標的となる日本はこれから厳しいピンチに立たされるということなのだ。


5、レーガンは、念願どおり大統領を2期務め、2期目の4年間は、大統領として歴史に名をとどめる事業に専念してそれに成功した。
人気という点ではあのアイゼンハワー以来だったし、INF交渉でもソ連とのアプローチ・和解に成功している。
これだけでも彼には歴史に名をとどめる大統領たる資格はある。
ただし正念場はこれからだ。
レーガンゴルバチョフ連合としては、将来、彼らの努力が無駄に終わらないような保証が必要だ。
そこで、その為にレーガンは、ゴルバチョフジョージ・ブッシュという保証を送ったのだ。
アメリカという国家は、いまでも自らを世界ナンバーワンとする幻想を抱いており、国務長官就任後、ベーカーが最初にやることは、この中ソ和解の仲介工作であるはずだ。


6、すべては順調に進んでいるかに見える米ソ協調態勢だが、ただひとつだけ懸念がある。
それはゴルバチョフの改革路線の進行に危機感を増大させているソ連保守派、特権階級層によるゴルバチョフ暗殺の可能性だ。
現に彼はすでに2回暗殺されかかっている。
もし3度目のヒットがあり、それが成功した場合は、レーガンゴルバチョフによるこの世界管理のシナリオはメチャクチャとなってしまう。
そして米ソ関係は最低10年後戻りすることになるだろう。
”20世紀最大の政治的な事件はゴルバチョフ政権の誕生とケネディ暗殺だった”と、後世の歴史家は記述するかもしれない。


7、従来の米ソ関係なら、日本が単独でソ連に融資するような事態は、アメリカは絶対に許さなかった。
現在の米ソ関係の改善の裏には、日本から金を引き出してもアメリカにイチャモンをつけさせまいとするゴルバチョフのしたたかな狙いも含まれているのだ。
かつてソ連KGBの最優先事項は、「NATO分断」であった。
フランスが1966年にNATOの軍事部門から脱退した際、KGB長官以下この工作に携わった者は全員”レーニン賞”を受けたという経緯がある。
しかし現在、ゴルバチョフにとって、かつてNATOを分断したように多大なる努力を支払って日本とアメリカを分断する必要はまったくない。
日本を手玉に取るゴルバチョフ戦略の前提には一連の米ソ協調の動きが確立されているからだ。


8、ついこの前も中曽根前首相がモスクワ詣でをして、”北方領土問題は私が解決する”とでもいうようにアピールしたが、はっきり言って、中曽根を含めて今の日本の政治家では到底それだけの重大な外交課題はこなし切れまい。
第一、ああした連中が外交の場に出ていっても所詮は足元を見られるだけなのだ。


9、1990年代には、世界的にブロック化の時代が訪れることは間違いない。
ヨーロッパでは、92年にはECの統合がある。
ECはすでに内部ではパスポートは不要となっており、軍事的にはNATOがある。
ECという議会があり、議長も存在している。
一朝有事の場合、対日、対ソ、対アメリカ、どこへ向けても彼らは声をひとつにするだろう。
一方、言うまでもなく、アメリカとカナダは一心同体の大ブロックを形成し、ソ連社会主義圏というひとつの大きなブロックの盟主である。
90年代は、そうしたブロック化の進行に合わせて、すでに述べたように米ソ、米中ソの和解が進行していく。


10、つまり外交とはハードな情報戦なのだ。
しかし、日本の政治家、官僚はそれができない。
相手の思いがけない対応に、顔色を変えて右往左往するばかりだ。
何度も繰り返して私が主張してきたことだが、この無知無能な日本外交の最大の理由は日本がしっかりと組織された情報局を持たないからだ。
政策立案する官僚たちは確度の高い生きた情報を入手できないので、政治家にきちんとしたインテリジェンスを与えられないのである。
たとえば、仮に竹下首相がこう発言すればシンガポールはこう反応する。
中国はこういう対応をしてくるということを正確な情報に基づいて、きちんと分析する責任体系がないのだ。
そこにあるのはただ外務省の官僚たちが、自分たちの過去の経験に照らし合わせて、これはいいとかまずいとか、ない知恵を絞っているというお寒い現実なのである。


11、中国は特に軍事面で早急な近代化を迫られている。
中国がソ連にたいして、最も遅れをとっているのは軍事部門で、実際、今の中国の兵器体系は、20年、いや30年以上もクラシックな戦争博物館入りしておかしくないようなものが現役で使われており、はっきり言って、いまの人民解放軍は到底ソ連の敵ではない。
現に2度にわたる中越戦争では、近代的なソ連の兵器を供与されたベトナム軍に散々叩かれてしまったのは周知の事実だ。
兵器の近代化にすぐにも必要なのは外貨である。
しかし中国にはそれを稼ぐだけの手段がない。
結局、手っ取り早いのは兵器の輸出である。
たとえば中国はイラン・イラク戦争ではイラクとイランの双方に大量の兵器を売却している。
さらにシリアにもミサイル、サウジには中距離ミサイルを売った。
今の中国は新しい「死の商人」として、世界の兵器市場に登場している。


12、考えてもみるといい、衆議院の外務委員長をやっているのは、かの糸山太郎なのだ。
そして、その前の外務委員長が山口敏夫である。
彼等外交のアマチュアが、あのしたたかな鄧小平と渡りあえるはずもない。
漫画である。
率直に言って、今の政治家は全部辞めさせて、新しく入れ換えるしかない。
外交問題は、命をかけて果たすべき性質のものであり、これからの日本の生存がかかってくるのだ。
中ソがアメリカの仲介で和解の兆しを見せ、ECがさらに強化されるなど、世界情勢は物凄いテンポで激変している。
ところがこの島国を見ると、総理大臣を筆頭にいまだリクルート問題で上を下への大騒ぎだ。
レベルがまったく違う。
こんな政治屋に外交を任せられるわけがないと思うのは、当然のことだ。


13、超大国の和解が進む一方で、1989年もニカラグアとか、アンゴラザンビアなどで相変わらず紛争の火種は尽きないだろう。
注目したいのはソ連が抱えている爆弾、アルメニアアゼルバイジャン共和国、そしてラトビアエストニアリトアニアバルト海3国の緊迫だ。
ここでは独立気運が高まって人民戦線まで作られており、民族問題が一気に噴出している。
ソ連国内でのペレストロイカの推進は、この問題に関してはゴルバチョフにとって諸刃の剣である。
これがフルシチョフやブレジネフの時代であれば、即、戦車を登場させるところだが、今はそう気安く軍事力は使えない。
軍事介入はペレストロイカを無意味にしてしまう。


14、最近、シリアが毒ガスを生産している。
もちろん対イスラエル戦を想定してのものだ。
イラン・イラク戦争で毒ガスがいかに有効であるかが、分かったからだ。
毒ガスというのは、「貧乏人の核爆弾」と言われるほど効果的なのだ。
あの爆竹の勢いで進んだイラン軍がストップさせられたのは、イラク軍が使った毒ガスの効果に他ならない。
シリアは、いま弾頭に毒ガスを詰めたミサイルという最終兵器を持とうとしている。
そのためのデリバリー・システムのミサイルM9をすでに中国から買いつけようとしているのだ。
イスラエルかアラブか、どちらが先制攻撃を加えるかは分からないが、いずれにせよ第5次中東戦争が勃発すれば、石油価格は超高騰する。

 

15、イスラエルと対峙するアラブ世界は、一枚岩の団結はしていない。
ヨルダンのフセインはシリアのアサドに何度も殺されかけており、お互いに憎みあっている。
また、PLOのアラファトはアサドを憎んでいる。
アサドはアラファトを軽蔑しているというように、アラブ間の相剋は物凄い。
このおかげでイスラエルはかろうじて生き延びてこられたわけだ。
しかし、アラブが一枚岩になったときには、これは凄まじいことになる。
イスラエル対全アラブという図式が成立するからだ。
過去の戦争を見ても、決して彼等は一枚岩にならなかった。
だが、イラン・イラク戦争終結イスラエル対全アラブ世界という図式を、非常に成立させやすくしている。
イスラエルの生存を実質的に認めたかのように伝えられたPNC(パレスチナ民族評議会アラファト議長)の独立国家パレスチナ宣言など絵に描いたモチであり、中東情勢の緩和には結びつかない。


16、私が最も危惧しているのは、ブッシュ時代に入ったアメリカ外交の大目的は、日本の体力を削ぎ落すことにあるということだ。
そお削ぎ落しの格好の材料は軍備である。
軍備というのは投資額が巨大であっても、その投資効果はゼロ、何も生み出さない。
日本が大量の軍備を持つことは、アメリカが目の敵にする日本の経済力を痛めつける格好のボディブローとなる。
「軍備があるから攻められない」という軍拡論者もいるが、実際、ソ連が攻めてくれば、この国は一撃で叩かれてしまう。
F16を何機持っていようがFSXをどう選ぼうがオシマイである。
GNPの12~17%を毎年注ぎ込んできた国と、GNPの1%以下しか使わなかった国の差は歴然としている。
軍備をいくら拡大したところでソ連に対抗できるわけはないのだ。


17、私がひとつだけ言いたいのは、ともかくこれからの日本は、IQの高い人間に政治家をやってもらいたいということだ。
今の日本の政治家は、伝統ともいえる利権争いの政治レベルから一歩も抜け出していない。
高度な情報が要求される国際政治の時代に、ああいった連中が国政を牛耳ってきて、よく今までやってこられたと思う。
戦後日本はただただアメリカの傘の下でラッキーだったのだ。
一方で日本の官僚は優秀だと言われてきたが、それも高度成長のときに日本国内だけを見つめていたからよかっただけの話だ。
彼等、東大出の理路整然を売り物にするロボットたちは、確かに今まで日本を発展させてきた。
アメリカに追従し、高度成長の波に身を任せ、すべてを無難にこなせば優秀と評された。
ところが、世界は180度変わりつつある。
日米関係は激変し、国内問題はそのままストレートに国際問題につながる。
こうなるともうパワー・ポリティクスを理解できない彼等の外交センスでは、到底、世界には対応できない。


18、見えざる将来、90年代にこの国をどうマネージしていくのか、そのビジョンを今の政治家は誰1人としてもってない。
総裁選のときですら、3人の候補の誰1人として、自分のビジョンを語ろうとしないのだ。
挙句に陰でコソコソやって「和が大切だ」とくる。
確かに和も大切かもしれない。
柵の中のブタにとっては。
しかし、世界の政治家は「和」などと言ったためしはない。
彼等は血みどろになり、権力争いを勝ち抜きながら、指導者として「オレは、この国をこうマネージする」と、堂々と主張する。
ゴルバチョフしかり、ブッシュしかりである。
密室で総裁を指名して、「次はタライ回しでいこう」で済んだ時代はもう終わる。


19、この間、イランに駐在していた商社マンがおもしろいことを言っていた。
イラン・イラク戦争が激化しイラクからミサイルがバンバン飛んでくるなかで、イランの在留邦人が、国外に退去するためまず日本大使館に集まろうとした。
すると大使館から、手回しよく通達が配られてきた。
さすがは日本大使館、避難経路をレクチャーでもしてくれるのかと思って文面を見ると、「いざとなっても大使館に来るな。混雑するから」と言うのである。
開いた口が塞がらない。
本来、邦人がいざ困ったというときに飛び込めるのが大使館というものだ。
それが来るなと言うのである。
これがすべてを物語っている。
日本の外交官僚たちの海外での感覚はこの程度なのだ。


20、1959年にフルシチョフ毛沢東と会談し、毛沢東が「たとえ10億中国人民の9億が原爆戦争で死滅しても、残り1億が必ず勝利する」と、狂気の発言をするのにフルシチョフが愕然し、中ソの亀裂が決定的なものとなってから、すでに30年の時間が経過している。
その毛沢東に失脚させられた鄧小平が、1989年の今、ゴルバチョフと会談して中ソ関係を修復した。
ゴルバチョフという1人の男は、米ソ・中ソ関係を激変させただけでなく、中国の民主化運動にも火をつけたのだ。
中ソ和解であれほどの政治力を発揮した鄧小平も、ゴルバチョフの訪中をきっかけに自由化を求めて、北京でハンストに突入した数十万の学生たちを得意の政治技術で押さえ切れず、対応策をめぐって党首脳部内の分裂さえ露呈してしまった。
中国共産党にとっては文革以上の危機と言ってもよい。
天安門前広場は連日数十万人の人の波であふれ、市民、労働者、さらには人民日報の記者や中央テレビの職員までが参加したのだから、これは鄧支配への総反乱だ。
人民解放軍内部にも分裂の危機が横たわっているのだ。


21、こうした変化は中国においてだけではない。
ソ連も然り、東欧も然り、アメリカも然りなのだ。
もちろん、米・中・ソも表立って手を握ったわけではない。
実際は”和解”であって、自分たちの利害が一致したときに手を握るのである。
現在、その唯一のターゲットが日本なのだ。
このように世界が大きく変化しつつあるその最中、竹下”村長”をいただくおらが日本では、相も変わらずリクルート騒ぎに終始している。
やれ次期総裁を受けろ、受けないだの、中曽根の国会喚問だのと茶番劇を続けている。
私が日本のマスコミに大きな責任があると思うのは、かような茶番劇をいかにも重要なことだといわんばかりに連日連夜報道していることだ。


22、ゴルバチョフは、1985年に権力の座について以来、戦後40年以上続いた世界の冷戦地図を大きく塗り替えようとし、またそれに成功しつつある。
戦後の世界政治の舞台において、ひとりの男が、ここまで世界に大きな影響を及ぼしたというのはまず前例を見ない。
ゴルバチョフソ連の国内改革に着手し、続いて米ソ関係を180度変化させた。
そして今度は中ソ関係である。
彼はわずか5年のうちにこれら一連の大仕事をやってのけている。
まさに「ひとりの人間が歴史を変える」というヘーゲルの言葉を具現化したような男なのだ。
ゴルバチョフが最初におこなった外交は、アメリカへのラブコールだった。
当時の大統領レーガンは、ソ連を「悪の帝国」と呼んだ男である。
そのレーガンに対してゴルバチョフは辛抱強くラブコールを送りつづけ、鉄の女サッチャーの仲介によって、ついにジュネーブで、レーガンと顔見せにこぎつけた。


23、このレーガンの信頼に応えて、ゴルバチョフはこの時点で、最大限の譲歩をおこなっている。
その譲歩とは、ソウル・オリンピックへの参加であった。
ソ連がソウル・オリンピックに参加するということは、北朝鮮がオリンピックを阻止するため何らかの行動を起こした場合、ソ連がそれを押さえるということである。
また同時に、アメリカが北朝鮮にたいして何らかの行動を起こしても、ソ連は目をつぶるということでもあった。
事実、ソウル・オリンピックが開催される2ヵ月前、アメリカの第七艦隊は仁川に入り、北へロケット砲を向けた。
金日成はヒステリーをおこしてソ連に助けを求めたが、ゴルバチョフは当然のようにソッポを向いた。
その結果、北朝鮮の軍事挑発はほぼ未然に封じ込まれることとなった。


24、ペレストロイカ政策に応じて、ハンガリーは、戦後ずっと続いてきたオーストリアとの国境線の鉄柵をすべて撤去した。
そして今年の末までにハンガリーは複数政党化する。
ポーランドも「連帯」を合法化するとともに、ハンガリー同様複数政党制を導入する。
いままでの東欧では考えられなかった地殻変動が起きつつあるのだ。


25、いままでは、ソ連社会=KGBの図式であった。
KGBという秘密警察がなければソ連の支配体制は維持できなかった。
KGBは公表された範囲だけでも、約50万人のメンバーを抱え、さらにインフォーマーや情報提供者を含めると何百万という構成員を持つ巨大な組織である。
このソ連社会に深く根を張っているKGBの副長官がグラスノスチをおこなうと言うのである。
もちろんそれを言わせているのはゴルバチョフだが、それはKGBにまでもゴルバチョフの手が及んでいる、すなわちゴルバチョフのコントロールが効き始めたという証明にほかならない。
歴代の書記長といえどKGBには手をつけることができなかったソ連において、これは画期的なことである。
かのフルシチョフさえもKGBのために失脚させられている。
そのKGBゴルバチョフによって屈服させられつつあるのだ。

26、さらに70年振りの人民代議員選挙の実施と、それによって、保守派の党幹部が次々と落選し、かつ失脚と見られた改革派の旗手エリツィンを、圧倒的な票数で当選させたということも、クレムリンの保守派への大きな打撃となっている。
これは英国のMI6のエージェントからの情報だが、エリツィンの失脚は、結局彼とゴルバチョフで組んだ出来レース、連携プレーであったという。
ゴルバチョフエリツィンを失脚させるにあたって、事前に彼と緊密な裏取引を行っていた。
すなわち、エリツィンをモスクワ市の第一書記を解任はするが、近いうちに人民代議員選挙を実施するから、そこで立候補すればよいとするものであった。
エリツィンが選挙に立てば、間違いなく100%近い得票数で当選するだろう。
とりあえずは、ゴルバチョフは保守派に対して公明正大な書記長であるとアピールするため、いったんはエリツィンを切った形にする。
が、人民代議員選挙は必ず実施する。
そして復活すればい-という取引があったというのである。
その後、エリツィンは人民代議員選挙に立候補し、89%という圧倒的な高得票数で選挙に圧勝したのは、前述したとおりである。


27、KGBの副長官がグラスノスチを導入すると述べたことが、いかに重大なことであるかは、かつてKGBソ連指導部の政変において、いかに大きな影響を与えてきたか、それ歴史を知れば誰にでも頷けることである。
世界を驚かしたフルシチョフの失脚にも、このKGBが大きな影を落としている。
当時、キューバ危機を乗り切ったフルシチョフは、ケネディと急速に接近していた。
内政面での失点をなんとか外交面で取り返し、ケネディを自分を支えるつっかえ棒としたのである。
また、ケネディもフルシチョフを支えるため、ソ連最恵国待遇を与え、貿易を通じてソ連の経済を向上させようと計っていた。
フルシチョフは、このケネディという味方を得て、政治局内での危機を何度か切り抜けている。
ところが、1963年11月22日に頼みのケネディはダラスで頭半分をぶっ飛ばされて死ぬ。
これ以降フルシチョフも権力の座からすべり落ちることになる。
フルシチョフの解任は、ケネディ暗殺のちょうど1年後の64年10月のことだった。
このフルシチョフ失脚の糸を引いたのがブレジネフとKGBだ。


28、ところが、ここでKGBがフルシチョフ引き落としのため、重要な役割を果たすことになる。
ブレジネフとスースロフはフルシチョフ失脚のため、様々な方途を画策した。
それにはとにかく西ドイツとソ連の関係を、一気に悪化させてしまうような事件を起こすしかない。
そこで狙われたのが、当時西ドイツ大使館に来ていた掃除屋=スウィーパーだった。
スウィーパーというのは盗聴対策要員の技師である。
当時、西ドイツは毎年2回から3回、モスクワの大使館を掃除するために技師を派遣していた。
掃除というのはKGBによって設置された盗聴器を外すことである。
盗聴器は様々なところに隠されている。
便器の中を調べ、大使館員の靴を全部脱がして、中にはめ込まれているかどうかをチェックする(靴を修理に出すと必ず盗聴器を付けられる)。
テレックスの中にも盗聴器がある。
もちろんそららも全部取り外す。
こうして彼等は1回の掃除で、50以上取り付けられた盗聴器の全部を除去してしまう。
しかし、こうして全てを外しても、KGBは懲りることなく、翌年かならずまた盗聴器を取り付けてくる。
その年のスウィーパーは、西ドイツ外務省の電子技師ホルスト・シュワークマンであった。
例によってその時も50以上外したのだが、いつもと異なるのは、シュワークマンという男が悪戯好きで、盗聴器を外すごとに高圧電流を流したことだ。
ジェルジンスキー広場のKGB本部では、1日24時間、5人前後の西ドイツ担当の要因が、西ドイツ大使館ではどんな会話がなされているか、針の先の落ちる音までキャッチできる超高感度の集音マイクで聞き耳を立て、テープに録音している。
そこに高圧電流を流されたからたまらない。
5人が5人とも鼓膜が破れ、入院してしまった。
KGBの人間はこういうジョークを理解できない。
その結果、KGBはこのシュワークマンを西ドイツとの関係悪化のための人身御供に決定することになる。
事件は仕事を終えたシュワークマンが西ドイツに帰国する前日、モスクワ郊外の修道院ヘイコンの鑑賞に出掛けた時に起こった。
彼はイコンを鑑賞していると、突然、臀部に激しい痛みを感じた。
後ろを振り向くと男が足早に逃げていく。
やられたと知った彼はアメリカ大使館に逃げ込み、北大西洋条約機構の本部から派遣された、専門医の治療を受け何とか生きながらえたが、怪物のような容貌となってしまった。
放射性の毒物を射たれたのだった。
西ドイツ政府は激しくソ連当局に抗議した。
それは国交断絶も辞さない厳しいものだった。
こうしたケースでは西ドイツの反応は激しい。
日本のように「遺憾に思います」ではすまさない。
この時点でアメリカのCIAはもはやフルシチョフの余命は尽きたと判断した。
なぜならこの事件によって、フルシチョフが西ドイツと密かに結ぼうと画策していた通商条約は、御破算となったと結論づけたからである。
こうしてこの事件の2日後にフルシチョフは失脚する。
もちろんこうした水面下での暗闇のエピソードが新聞に出るはずもない。
世界は突然のフルシチョフ解任にただ驚くばかりであった。


29、世界がこれだけひとりの男によって変えられたということは実に凄いことだが、私は同時に、このゴルバチョフという男の力量を見抜いたサッチャーの慧眼にもおそれいっている。
先にも書いたが、サッチャージュネーブでの会談に先立って、「大統領、新しい書記長は会うに値しますよ」とレーガンに進言している。
また、ゴルバチョフにも「レーガンは素晴らしい男です。
書記長はレーガンと会見すべきです」と言っている。
サッチャーはこの2人を見合いさせ、ついには結婚させた。
サッチャーの政治家としての力の凄さは認めざる得ない。


30、少しはマシかと思っていた石原慎太郎にしてこれである。
渡部恒三とか渡辺美智雄といった連中は、いざ外国の指導者たちとの交渉のテーブルにつけと言っても、これは赤ん坊にコンピューターのキーボードを叩けというようなもので、到底無理な話だ。
いや、能力以前の問題としてこれらの連中は恥ずかしくてどこにも出せまい。
間違えてこんな連中を世界外交の修羅場に出したら、何を言って帰ってくることか想像するだに恐ろしい。


31、納税者の側にしても、どうせ税金を払うのなら、三菱商事三井物産あたりにこの国を経営させたほうがマシだと思うのではないか。
彼等は外交、財政のプロであり、国際化社会の先を読む力も官僚より数段上だからだ。
たとえば5年なら5年、三菱商事あたりに人間のマネージを徹底してやらせたら、彼等はこの国を現在の国家予算の半分の30兆円で完璧に運営するに違いない。
このような冗談ともつかぬアイデアがまったくのナンセンスと思えないほど、今日の日本には”政治”というものが存在していない。


32、現在、民主化闘争で揺れ動く中国も経済改革をさらに推し進めるためには、日本の資金、技術が不可欠のはずだ。
その中国にも見下され、日本の外交は後手後手に回っている。
こういう動きがあるときだからこそ、日本は外交をうまく運び、得意の経済力を切り札にすべきなのだが、その切り札を使いこなせるほどの有能な外交官は、悲しいかな1人も見当たらない。
政治家のみならず、官僚たちも頼むに値しない連中ばかりなのだ。
本来なら一番情報収集力のあるべき大使館は何の機能もせず、中国動乱の情報入手すら商社に遅れをとるという有様である。
そもそも政治家という職業は、数ある職業の中で、最もタフであることを要求され、同時に最も高度の判断を常に下し続けねばならない。
職業として最も難しいのが政治家なのだ。


33、同じくスキャンダルに巻き込まれた政治家でも、プロフューモ事件で失脚した英国のプロフューモの場合とリクルート議員とでは、その対応がまるで違う。
かつて英国閣僚、ジョン・プロフューモがクリスティン・キーラーというKGBのエージェントであった売春婦との関係を追求され、辞職に追いやられた事件は、読者もよくご存じのことと思う。
プロフューモは上流階級の出身で、誇り高い男であったから、当初、「私はそんな女は知らない」とキーラー嬢との関係は否定していた。
ところが証拠写真を突きつけられ、彼は辞職せざる得なかった。
辞職後、彼は姿を消し、その消息は長い間知られていなかったのだが、つい最近、ロンドンの一貧民街でゴミ掃除をやっていることが分かった。
アメリカの記者が「あなたは、なぜこんなことをやっているのか」と聞くと、「私は、あのとき議会の証言で嘘をついた自分が許せないからだ」と答えたという。
自分を徹底的に鍛え直すために、わざわざ最下層の労働者のする仕事を、自らに課しているのだという。
40いくつの若さで大臣になった傲慢そのものの男が、70を過ぎた現在貧民街のゴミ掃除をしているのだ。
もちろん生活する金は十分にある。
ただ、自ら自分をそういう環境において、我と我が身を痛めつけているのである。
スキャンダルに関与した日本の政治家、田中角栄中曽根康弘といった連中とは大違いだ。
彼等は未だに議席にしがみついている。
しかも、彼等の場合は最初から承知のうえで私利私欲で職権を利用した。
それに対してプロフューモは、KGBのワナと知らずに巻き込まれただけなのである。


34、ところが、この国では誰でも政治家になれると思っており、かつなりたがる。
まさにサル山のサルそのものだ。
たしかに自分のプライドを捨て、教養を忘れて、厚顔無恥になれば誰でもできるのが今の政治家なのだ。


35、かりにソ連が日本に侵攻して、占領したとしても、彼等はJRひとつ動かせまい。
彼等の非能率なマネージ・システムでは、パナソニックの工場も動かせるワケがないのだ。
日本は安奉にしておいてお金を生ませ、それを頂いた方がトクだということになる。
なぜ、いまの政治屋にこの構図が見えないのか。


36、米・中・ソ三極化が進行するこれからの世界のなかで、日本はこうした世界の問題を解決する一つのビジョンをもつべきだろう。
もし、われわれ日本人が現在の経済大国の地位を個々孫々にまで享受させたいなら、いまこそ21世紀を射程に入れたグローバルなビジョンをもつことだ。
つまり何らかの形で世界から必要とされ、かつ感謝されて生きる道を探すことである。
これまでのように日本だけの幸せを考えていては、もはや絶対に生きていけない。
そのビジョンとはたとえば全世界の中産階級化構想である。
現在、貧困に喘いでいる発展途上国を、ことごとく中産階級化してしまうプロジェクトだ。
いったん中産階級化した国家は、保守的になる。
すなわち戦争が起こらないということだ。
発展途上国中産階級化は世界の安定に大きく寄与する。


37、外交能力の欠落した日本だが、幸いなことにそうした構想を実現するだけの経済力がある。
それには往来のように、ただ単にそれらの国に金をばら撒くのではダメだ。
そんなものは、それらの国の特権階級に吸い取られてしまうだけの話である。
長期的なビジョンを欠いた「金さえ払えばいい」式のばら撒き援助では、砂漠に水を撒くようなものである。
まずは援助資金を効率的に使える受け皿を作らねばなるまい。
このビジョンが実現するには時間がかかるかもしれない。
しかし、日本の政治家がこういうビジョンをもてば、世界から尊敬され、日本の安定に寄与することは間違いない。
私は楽天主義者だから、世界・人類の将来を楽観している。
たとえ現状は悲惨でも、いつかはゴルバチョフのような人間が必ず出てきて事態は好転していくと信じている。
しかしながら、日本の政治の将来については、現状を見るかぎり悲観的にならざるを得ない。
個人が歴史を動かしていく実例は、ゴルバチョフが、キッシンジャーが見本をみせてくれた。
彼等の信念、行動には人間のいちばん上質なレベルが具現している。
ところがそれに対して、相も変わらず私利私欲の世界であがいている永田町の政治屋は、人間のいちばん下劣なところを見せつける。
キチンとした標準語を話せるクセに、選挙民の御機嫌をうかがいのためいつもズーズー弁で話し、未公開株を受け取ってもシャーシャーとして、傲慢に開き直る政治屋たち。
そんな政治屋たちが跳梁跋扈する姿を見るにつけ、米・中・ソの三極化が進み激動する国際社会のなかで、これから日本がどんな運命に翻弄されることか、不安を強くしているのは私だけではあるまい。


38、89年の参院選自民党の惨敗と社会党の大躍進をいちばん喜んでいるのは、アメリカとECである。
経済大国・日本にどこかでブレーキをかけたかった彼等にとって、おあつらえ向きにもおめでたい日本人たちが、自らの手でやってくれたからだ。
これまで、すべて外圧でしか変わらなかった日本が、初めて自主的に果たした大きな変革が悪い方向へのものだったというのも皮肉な話である。
参院選の翌日、記録的な大敗の責任をとって宇野首相が早々と辞意を表明したが、その席上で宇野はこう語っている。
「アルシュ・サミットでもベストを尽くすことができた。
やるだけのことはやった。
明鏡止水の心境だ」。
さすが2ヵ月弱の任期で憤死した総理である。
あれだけ冷遇されながら、こういう科白を吐けるのだから、おめでたいとしか言いようがない。


39、さてさきに、私は「米中ソの三極連合が世界の孤児・日本を襲う」と分析し、三極が並んでいくだろうと予測したが、その直後に、中国が例の天安門事件を起こして脱落した。
中国は、20年も後戻りしてしまった。
当然、中国の脱落が、今後の三極体制に少なからず影響を及ぼすことは言うまでもない。


40、しかしブッシュは、ここで制裁すれば苦しむのは中国人民だと強調して、最初からブレーキをかけていた。
ただ一つだけ、非常に重要な意味を持つ発言があった。
つまり「中国は戦略的にはあまりにも重要だ」と言っているのだ。
戦略的にと言えば、その対象はソ連しかない。
米中国交樹立のとき、アメリカと中国は一つの契約をかわした。
その契約とは、新疆の二つのレーダーポストの設置である。
それがソ連を向いているのは言うまでもないが、アメリカのレーダー設置を中国が許したことが重要なのだ。
これは中国にとっても、たいへん価値のあることだった。
なぜなら、その新疆に設置したレーダーポストによって、中国は、ソ連の深奥部まで届く耳を持ったからだ。
シベリアからウラル山脈を越えてモスクワ、ウクライナまでカバーできる高性能のレーダーによって、ソ連の国内で起こっていることを全部キャッチできる。
これがブッシュの言う戦略的な重要さである。
こういう最も重要なところをマスコミは見逃したのだ。


41、6月4日に、天安門で大虐殺が始まったとき、このレーダーポストは中国の内側、すなわち北京の方へ向いていた。
これに対して当然、中国は怒った。
言うまでもなく、新疆のレーダーポストはアメリカ軍が操作している。
CIAのスタッフも入っているが、ヘッドはペンタゴンであり、国防情報局(DIA)がこれを全部握っている。
だからアメリカは、この二つで27軍とか38軍、あるいは58軍のコミュニケーションを全部モニターした。
この生々しい情報をもとに情勢分析したアメリカは、いち早くシビリアンの中国撤退を開始した。
その動きがじつに素早かったのも、新疆のレーダーのおかげだった。
日本も今回は情報収集が早かった。
これは自衛隊電子傍受部の手柄と言える。
自衛隊の電子傍受部は、なかなか足の長いレーダー網を持っている。
かつて、林彪が中国国境で撃墜されたときにもモニターしたし、69年の中ソ衝突のダマンスキー島事件のときも、最前線にいるソ連軍の将校がモスクワに「大至急、増援を頼む」と打電した会話を全部モニターしている。
最近では、大韓航空機がソ連機に撃墜されたのをモニターしたのも自衛隊だった。
しかし日本がお粗末なのはアメリカに頭を撫でられ、キャッチした情報を出してしまったことだ。
おかげで日本の電子傍受部の情報収集能力は5年遅れた。
なぜならソ連は、日本の電子傍受能力に改めて驚愕し、情報通信システムを全部変えてしまったのだった。


42、だから今回も北京で何が起きているか、27軍あるいは38軍がどのように動いているかは、アメリカは人工衛星によってすべて知っていた。
マスコミは38軍が北京に入って初めて騒ぎだしたが、アメリカのDIAはすでにそのとき、全部を確実に掌握していた。
ただ発表しなかっただけだ。


43、中国という国は元々、1956年以降、必ず何年かおきに民主化運動を繰り返してきた。
今日のようにマスコミが発達していないために、それが一般に伝わらなかっただけなのだ。
毛沢東が百花斎放などと言ったときにもそうであったし、周恩来追悼に端を発した1976年の天安門事件、さらには4人組批判をきっかけにした地下の民主化運動もしかしだ。
つまり、何年かすると民主化運動が出て潰され、さらに大きなスケールで出て、また潰される。
中国の民主化運動は出てくるたびに大きくなってきているのだ。
今回の民主化運動は、いままでで最大規模だった。


44、いまイスラエルを巡って、中東は鳴りをひそめている。
だからこそ、むしろ不気味なのだ。
私が大学時代に学んだとき、第三次世界大戦が起きる第1の候補地はどこかというと、ベルリンだった。
1960年代の初め、ケネディとフルシチョフが、ウィーンで首脳会議で対決したときに一触即発の危機をはらんでいたのがベルリンだったのである。
そして、第2の候補地が朝鮮半島
第3が中東だった。
いまやベルリンでの危機はないと言ってよく、第2、第3の順序は逆転した。
火薬庫はイラクの50個師団と北朝鮮の75万の軍隊だ。
これをどうやって食わせていくかが、戦争への重要な鍵となっている。


45、さて、これだけの危機をはらんだ中東情勢だが、米ソはそこにどういう形で絡むのだろうか。
じつは86年に、シリアのアサドがゴルバチョフに会いに行っている。
この年の4月15日にアメリカ軍がリビアカダフィを殺そうとしてトリボリを爆撃した事件を覚えている人も多いだろう。
このときトリボリを守ったのはソ連の対空ミサイル、SAM6だった。
ところが、ソ連のミサイル稼働率の低さを物語るように、これがまったく稼働しなかった。
しかもそのとき、ソ連人の顧問とシリア軍の顧問が、米軍の爆撃で殺されてしまった。
アサドはその事態に驚愕した。
なぜなら、シリアの首都ダマスカスを守っている防衛ミサイルも同じSAM6だったからだ。
そこで、彼は急遽モスクワに飛び、ゴルバチョフに会って「新しいミサイルが欲しい」と訴えた。
だがゴルバチョフの返事はこうだった。
「あれは、リビア人だ。
シリア人は優秀だから、大丈夫だ」。
アサドは、こんな人を食ったような答えにはもちろん納得せず、執拗に要求した。
ゴルバチョフは、「わかった。
それではSAM6のBをやろう」と答えた。
SAM6Bは、SAM6の改良型で、もちろん性能も一段上である。
だが、それでもアサドは納得せず、さらに「SS23をくれ」と言ったのである。
SS23は攻撃兵器で、短距離弾道ミサイルである。
その命中率の正確度も、破壊力もSAM6とは比べものにならない。
だが、それに対してゴルバチョフは、はっきりとアサドにこう言った。
「いままで、我が国はいろんな国の局地戦、いわゆる代理戦争に何千億ルーブルを注ぎ込んできた。
だがこれからは絶対にやらない」。
そしてこうも言った。
「もしシリアがイスラエルを攻撃するようだったら、絶対に支援しない」。
ただしゴルバチョフは、こうつけ加えることも忘れなかった。
「しかし、イスラエルからシリアが攻撃された場合には、ソ連としてはテコ入れする」。
アサドが憮然として帰途についたことは言うまでもない。
だが、アサドはどうしてもSS23が欲しかった。
ソ連がくれないならば、SS23に匹敵するミサイルを他の国に求めるしか方法はない。
そこで目をつけたのが中国のM9ミサイルだった。
これはいまネゴシエーションの最中と言われている。


46、かつてソ連には、1956年にブダベストでハンガリー住民を戦車で踏みにじった歴史がある。
68年のチェコスロバキア制圧の際にもソ連軍は戦車を使い、人々の民主化要求を踏みにじった。
ところが今度、ゴルバチョフという男が出てきて、「そういうことは一切しない」と約束した。


47、世界の歴史において、ポルトガルにしてもスペインにしてもフランス、イギリス、アメリカにしても、すべて軍事力のバックアップでヘゲモニーを行使してきた。
しかし軍事力で世界を握る時代は、すでに終わりを告げようとしている。
経済力こそが、世界を動かす時代なのだ。
日本という国は、初めて軍事力なしで世界の隅々まで出かけて行き、1兆ドルの債権国家になった。
この経済力をどう使うかで、日本が21世紀の世界で、その国力に応じた責任を全うできるか否かが決まる。
それには、国家としての指針、すなわちビジョンがなければならない。
つまり日本が世界に貢献できるのは何かを考えることだ。
ODAのようなリベートがらみのものではなく、もっと大局的な視点に立って国際的援助を強化する必要がある。
たとえば東欧のハンガリーポーランドという2つの国に、いまフィリピンに注ぎ込んでいるぐらいの金を注ぎ込んでみることだ。
そうすれば考えられないようなことが実現する。
一国を中産階級化してやることができるのだ。
そしてその可能性のあるところと言えば、間違いなく東欧諸国だ。
教育度は高いし、国民のメンタル・レベルもかなりの水準にある。
そういう点で考えても、東欧諸国への経済援助は、我々の想像以上に大きな成果をもたらすだろう。
いま日本はフィリピンなどへODAを積極的に進めているが、フィリピンにいくら援助しても、はっきり言ってザルに水を入れるようなものだ。


48、私は今後、西側先進国サミットに、ゴルバチョフも出席させようという声が大きくなっていくのではないかと思う。
そうならなければ、西側の先進国サミットだけでは問題の解決は不可能になりつつあるからだ。
ソ連を参加させない限り、文字どおり単なる外交ショーになってしまうと思うのである。


49、したがって、日本はたとえエコノミック・アニマルと言われようが、これまでに築いてきた経済力は維持していかねばならない。
日本はゴルバチョフにとって金の卵を生む国にほかならない。
この経済力をフルに活用すれば、これからの対ソ交渉ひいては、世界政治の中における日本の影響力は飛躍的にアップする。
しかし、残念ながら、今の日本にそれだけの戦略と気概を持った政治家は1人もいない。
国会での質問一つ自分でつくれない政治家と、答弁も官僚の作文を棒読みしている大臣ばかりというお粗末な状況では、どうしようもない。


50、ベルリンの壁の崩壊、ポーランドハンガリー、そして東ドイツチェコといった東欧の政治的大変革、そして昨年12月のマルタ島での米ソの歴史的な和解といった世界史を書き換えるような超ドラスティックな今日の事態は、2人の男と1人の女によってもたされた。
1人の女とは言うまでもなく鉄の女マーガレット・サッチャーだ。
そして2人の男とは、87年12月、ワシントンで歴史的な手打ちをおこなった、当のゴルバチョフレーガンである。
それにしてもレーガンゴルバチョフを会わせたマッチメーカーサッチャーがいなかったら、今回の東欧をはじめとするソ連圏の大変革は、だいぶ先のことになっていたかもしれない。
1984年12月、ゴルバチョフクレムリンの書記長の座につく直前、イギリスに行き、サッチャーと会談している。
このときサッチャーは、ゴルバチョフに向かって「私はソ連という国家はいまだ信用していない。
しかし、ミスター・ゴルバチョフ、あなたという人間なら私は信用できる」と言い放った。
このサッチャーの言葉にゴルバチョフは強い感銘を受けた。
もし、サッチャーゴルバチョフに向かって「私はソ連という国を信用します」などと甘い言葉でもかけようものなら、ゴルバチョフほどの男である、まず間違いなくサッチャーに見切りをつけただろう。
しかしサッチャーは、はっきりと”あなたは信用するが、ソ連はいまだに信じない”と明言したのだ。
サッチャーの言葉がただのリップサービスでなかったことは、その後ゴルバチョフが書記長の座につくや、サッチャー自らレーガン大統領をゴルバチョフに会わせようとしたことが証明している。

 

51、ゴルバチョフの凄さは、ペレストロイカうんぬんよりも、150年前の、カール・マルクス大英博物館に通いつめて著わした「資本論」を「この理論はもう完璧に古いのだ」と、共産圏の盟主ソ連の最高指導者でありながら、世界中に宣言したことである。
そしてもうイデオロギーの時代は終わったのだと、世界中に告げたことである。
このゴルバチョフの大胆な政策によって東欧が勇気づけられた。
戦後40年、東欧はずっとソ連恐怖症に陥っていた。
48年、53年の東ドイツでの反ソ暴動、56年のハンガリー動乱ワルシャワ動乱、そして68年のプラハの春と、ことあるごとにソ連軍の戦車部隊が、プラハブダペストに侵入してきた。
そしてそのたびに大きな血の犠牲を払わされてきた。
それだけに東欧諸国は、当初、ゴルバチョフペレストロイカにも、おずおずと及び腰だった。
かつてのフルシチョフ時代のように下手に”雪解け”路線に浮かれて、ハシゴを上がったはいいが、後からハシゴを外されてひどい目にあうのは、2度とゴメンであった。
ところが、89年の5月2日になって、ハンガリーのグロース書記長は、突如、ハンガリーオーストリアの国境線の鉄条網を取り払った。
私はこの事件はベルリンの壁の崩壊以上のニュースだと思っている。
たしかにベルリンの壁の撤去はビッグニュースだが、とりもなおさず、その直接の引き金となったのが、このハンガリー国境の鉄条網撤去だったのだ。
この自由化されたハンガリー国境を越えて、東ドイツからの難民が西側に流出し、それが最終的には、ゴリゴリのスターリニスト、ホーネッカー議長を失墜させ、ベルリンの壁の崩壊を導いたのである。
この国境線の自由化にあたって、グロース書記長は何度もモスクワ伺いをして、ゴルバチョフの意向を確認している。
ハンガリー動乱で、ブダペストをさんざん戦車で踏みにじられ、大量の犠牲者を出したハンガリーにしてみれば、怖くて動きだせないのは当然といえば当然なのだ。
56年のハンガリー動乱当時、ブダペストの市街戦で、ソ連の戦車部隊に向かって、年端もいかない子供たちがレンガを投げつけると、ソ連の戦車兵は平然と機銃掃射で子供達をなぎ倒し、その死体をキャタピラでバラバラに踏みにじった。
こんな光景はあちこちで見られた。
そして彼等が指導者と仰いだハンガリー民主化の旗手、ナジ首相はKGBの手によって極秘のうちにモスクワに拉致され、極秘裏に処刑された。
この事件は天安門どころの騒ぎではなかった。


52、しかしゴルバチョフはおびえる東欧の指導者たちに業をにやし、自らハンガリーポーランドを訪問して自由化の促進をうながした。
彼は「もはやブレジネフ・ドクトリンは死んだ」と明言し、何度も重ねて、ソ連軍の軍事介入はあり得ないことを確約した。
そして「本当に改革を推し進めていいという証拠を見せよう」と、帰国した途端、ハンガリーから戦車師団と戦術核部隊をソ連本国に引き揚げた。
「どうやら今度は本物らしい」と、ハンガリーはついに重い腰をあげ、急激に改革に走ることとなった。
同時にポーランドでは戦後初の自由選挙が実施され、連帯が圧倒的な勝利をおさめ、共産党は現職の首相が落選するという、徹底的に惨めな敗北を味わうこととなった。
ハンガリー共産党は、このポーランドの事態を横目で見ながら、このままでは自分たちの存在自体が危なくなると、大胆な党内部の改革に乗り出し、それまで権力を牛耳ってきた年寄り連中を、ことごとく放逐し、若手が実権を握ることになった。
そして、ついにはおうらいのハンガリー民共和国という国名をハンガリー共和国に変えるにまで至った。
ハンガリーに従って、いまや東ドイツチェコも本気で国名を変えようとしている。
こいつは本当に凄いことだ。
共産党が率先して、社会主義とか人民民主主義とかいったコケむしに言葉を国名から排除しようとしているのである。


53、こうした昨年の一連の大変動、とくにベルリンの壁が突き崩される映像を見ていると、私は1961年の6月にウィーンで行われた、米ソ・サミットを思い出す。
この米ソ・サミットこそ、ベルリンの壁を生み出した、そもそものきっかけだった。
このとき交渉に挑んだアメリカの大統領は弱冠43歳のジョン・F・ケネディ
かたやソ連の書記長は67歳のニキータ・フルシチョフであった。
革命の国内戦からスターリンの粛清時代、そして対独戦という激動の時代を生き抜いてきた老練なフルシチョフにしてみれば、ケネディボーイスカウトに毛の生えた小僧っ子にしか見えなかったはずだ。
フルシチョフは、この小僧っ子がどのくらいの器量の男かためしてやろうというので、わざわざウィーンに足を運んだのである。
これはのちに1968年の選挙の際、ロバート・ケネディが私に話してくれたのだが、このときの会談は、会談などというような生易しい雰囲気のものではなく、最初から相手に殴りかからんばかりの喧嘩腰だったという。
この席上、フルシチョフは、「我が国は今年の末までに東ドイツ講和条約を結ぶ用意がある。
あなた方が講和しないのなら、我々は単独で講和する」とぶちあげた。
これが何を意味するかといえば、東ドイツ主権国家とするという意味だ。
主権国家には合意なしに外国軍隊が駐留することは許されない。
したがって、講和後の東ドイツの主権を尊重してソ連軍は撤退する。
だから西側の連合軍も西ベルリンから撤退せよという意味なのである。
連合軍が西ベルリンから撤退すればベルリンの運命は火を見るよりも明らかだ。
ベルリンの周囲はグルリと東ドイツ領なのだから、連合軍が撤退後1時間もたたないうちに、西ベルリンは東ドイツの手中におさまってしまう。
言ってみればこれはフルシチョフ一流のケネディに対する宣戦布告であった。
ケネディはフルシチョフ発言の真意がよく分かっていたから、穀然としてその挑戦に対応した。
そのとき彼は歴史に残る有名な科白を吐いた。
「書記長、あなたは重大なミスを犯そうとしている。
我々は決してベルリンで妥協はしない」。
西ベルリンは西側国家の結束の象徴である。
この東ドイツのど真ん中にある自由の灯台の灯りを、ケネディは絶対に消しはしないと頑張ったのだ。
それに対してフルシチョフは、こう言い放った。
「あなたがあくまでそう言い張るなら、戦争になるかもしれない。
しかしペンタゴンは昔からずっと、我が国に対して戦争を仕掛けたかったのだ。
それはそれで当然の帰結だろう」。
フルシチョフにせよブレジネフにせよ、過去のクレムリンの指導者たちは「米帝国主義者たちは血に飢えている」などと、自国の大衆向けにプロパガンダを打つと、必ず最後には自らその虜となり、自分自身でそれを信じてしまってきた。
このときのフルシチョフも、このパターンで、ケネディに”戦争をするんなら、いつでも受けてたつ”とタンカを切ってしまったのだ。
会談を終え、早々に帰国したケネディはテレビで全アメリカ国民に向け、「私はフルシチョフと会ってきた。
この会談は遊びではなかった。
テクニックでもなかった。
我々はベルリンを死守する」と演説を行った。
いつもは演説のなかで軽いジョークのひとつも飛ばすケネディが、このときばかりは実に厳粛な面持ちであったことを、私は昨日のことのように覚えている。
冷戦とはかくもホットな戦いであったのだ。
しかし、単独講和を行うと恫喝をかけたフルシチョフも、さすがに喧嘩師だけあって、ケネディの不退転の決意を敏感に感じとっていた。
喧嘩慣れした人間は、相手が真剣になっているかどうかを敏感に感じとるものなのだ。
そこで彼はその年、東ドイツとの単独講和条約は締結しなかった。
かくしてウィーン会談から2ヵ月後の8月13日、一夜にしてベルリンの壁が登場することになる。


54、フルシチョフケネディの対決が生んだベルリンの壁は、ミハイル・ゴルバチョフという男の登場で、劇的に崩壊することになる。
ベルリンの壁の崩壊は、戦後40数年にわたって鋭く対立してきた東西の和解を象徴する。
80年代で最も印象的な事件であった。
ゴルバチョフは、フルシチョフにせよブレジネフにせよ、またアンドロポフにせよ、歴代のクレムリンの指導者の誰にもできなかったこの大事業を成し遂げつつある。
私は現代ロシアにとってゴルバチョフという政治家は、レーニンと並ぶいやレーニン以上の大政治家だと思っている。
それほど並外れた力量を持った政治家なのだ。


55、いま、大新聞を先頭とした日本のマスコミは、こぞって冷戦構造が終結し、戦争の危機が遠のき、人類の未来はバラ色であるかのような観測を述べている。
しかし、逆にいえば、まがななりにも戦後40数年の安定を保証してきたのは、この米ソ対決という冷戦構造であった。
この構造が揺らぎつつあり、かつ次の秩序が形づくられていない、流動的な状況の現在こそ、最も戦争勃発の危険性が高いと言うことができる。


56、現在の状態でも、かりにソ連が本気で西側と戦争するとなったら、本気でソ連を支援するのはルーマニアチャウシェスクぐらいだろう。
他の東欧諸国はどこも本気でソ連に手を貸すハズがない。
そのルーマニアにしても反乱は始まった。
チャウシェスクが失脚したら、あとはもう分からない状態なのだ。
これが今のワルシャワ条約機構軍の現実なのだ。
いまだ形は残っているが、私はすでにワルシャワ条約機構は、事実上形骸化していると言っていいと思う。


57、このケネディの決断のおかげで軍部は出る幕を失い、同時に軍産複合体朝鮮戦争以来のおいしい市場を失ってしまった。
その軍産複合体が次に見出した市場はベトナムだった。
フランス軍が、1954年にディエンビエンフーで大敗北し、撤退してからこのかた一貫してCIAは現地の政権にテコ入れしてきた。
最初は軽機関銃やらライフルなど、軽火器程度の援助だったが、最終的にはB52まで動員されることになるこの戦争は、もともとCIAの戦争だった。
すでにケネディが大統領に就任した当時、ベトナムには、1万8千人のグリーンベレーが軍事顧問団として駐留しており、ゴ・ジン・ジェムと弟のニュー兄弟の独裁政権に強力な肩入れをしていた。
ケネディが使節として送り込んだジョンソン副大統領は、ゴ兄弟に簡単にたぶらかされ、当初、ゴ兄弟を表して、「大統領、彼等は素晴らしい紳士です。
東洋のチャーチルです」などと寝ぼけた事を言っていたが、その化けの皮もすぐに剥がれる。
それは1枚の写真が発端だった。
それはサイゴンの街で政府の専制に抗議して、仏教徒が灯油をかぶって焼身自殺しているシーンを撮ったものだったが、その写真以上にケネディを驚かせたのはこの写真に対するニュー夫人のコメントであった。
パリの街でショッピングをしている際APの記者から、その無残な写真についてのコメントを求められた彼女は、こう言って平然と笑った。
「どうってことないワ。
あれは人間バーベキューにすぎないのヨ」。
このニュー夫人のコメントの一件を聞いたケネディは激怒し、こんな腐敗した連中のために、これ以上合衆国兵士の血を流させる必要はないと決断した。
そして63年の11月3日、マクナマラ国防長官を通じて、アメリカは1963年の末までに8千人のグリーンベレーを撤退させる。
それを皮切りに、1965年までには、アメリカ軍はベトナムに1人も存在しないようにすると宣言したのである。
これはケネディとって踏んではならない虎の尾であった。
この発言に軍産複合体は強い危機感を抱いた。
そしてその結果、ケネディが約束した撤退がなされる前、ケネディはダラスで暗殺される。
ベトナムからの撤退宣言のわずか3週間後のことであった。
こうした”実績”を持つ軍産複合体とその尖兵CIAである。
彼等が手錬手菅を最大限度発揮して、ゴルバチョフをヒットしないという保証はどこにもない。


58、つい最近、マルタ会談の3ヶ月前に、CIAがブッシュにおこなった報告は、「ゴルバチョフペレストロイカは決して成功しない」というものだった。
一昨年は、「そこそこ成功する可能性はある」と言っていたCIAが、いまとなって成功の可能性はゼロであるというのだ。
これはCIAがよく使う手である。
彼等は自分たちで予言したことが現実のものとなるよう、懸命に各種の策略を実行する。
これをセルフ・グルフィリング・プロフェシィと呼ぶのだが、最近のセルフ・グルフィリング・プロフェシィの好例はチリのアジュンデ政権の崩壊だ。
かつて選挙でアジュンデ政権がチリに誕生したとき、CIAの報告書はこう予言していた。
「アジェンデは絶対に成功しない」と。
そしてその予言は的中した。
アジェンデは軍部のクーデターにより宮殿内で死亡することになる。
予言が的中するのは当たり前である。
なぜならその報告書を提出した彼等CIA自身が、キッシンジャーの命令下、ITT(国際電信電話会社)と組んで、アジェンデ抹殺に動いたのだから。
CIAがゴルバチョフペレストロイカは絶対に成功しないと断言する陰から、このセルフ・グルフィリング・プロフェシィの臭いがプンプンする。
軍産複合体と密接な関係にあるCIAとしては”成功しない”ではなく、”成功してほしくない”のである。
ゴルバチョフの息の根をとめるため、これからCIAは、全力を尽くしてゴルバチョフ潰しに奔走することになろう。


59、これは大胆な推測だが、私はゴルバチョフは最終的にソ連の14の共和国すべてに対して、自主独立を与えるのではないかと思っている。
ゴルバチョフにとって失ってはならないのは、ロシア共和国とシベリアだけだ。
このふたつさえ手中にあれば、ソ連は世界で最も裕福な国家たりうる。
ところが現在のソ連は、タジク、キルギスウズベクと世界のどんな辣腕政治家でも手を焼くにちがいない。
膨大な数のイスラム教徒を抱えている。
こんな面倒な地域を無理してマネージするより、さっさと切り離し、彼等が飢えようがどうしようが、彼等の勝手にさせたほうがソ連にとっては得策なのだ。
ウクライナは殻倉だから、取っておくにしても、これらイスラム圏、そしてバルト3国はゴルバチョフにとって支配している理由がまったく見当たらない地域だ。
ゴルバチョフはバルト3国に対しても、もっとも早く独立を与えるはずだ。
ゴルバチョフソ連邦のすべての共和国で、国民投票を実施するという手にでる可能性もある。
すなわちソビエト連邦に残るか残らないかを、それぞれの共和国の住民の意志に任せようというのだ。


60、アメリカにとって唯一神聖な条約は日米安保条約ではなく、NATOである。
彼等は同じ白人国家のNATOのためならいくら命を落とすことも厭わない。
だが、彼等は日米安保のためには決して本気で戦おうとはしないだろう。
アメリカの若者はベトナムのブラウン人種のためにあれほど血を流した。
その傷はいまだにアメリカ社会に根強く残っている。
そんなアメリカ人が、極東のイエロー人種のために死ねるはずがないのだ。
どんな国際会議に出ても、日本人の代表は惨めなほど孤立している。
率直に言って、我々日本人は、文化的、人種的に彼等の深いホンネの部分で強く拒絶されている。
そのことをよく理解してかからねばならない。


61、私が再三強調していることだが、日本にはその外交を緻密に展開するための情報もなければ、情報戦に対処する情報局もない。
マグニチュード8クラスの世界の激変に直面しても、相も変わらず外交不在の危機的状況にある。
ゆえにソ連と交渉しても最初から勝敗は目に見えているのである。
考えてもみるがいい、書記長に就任後あれほど世界を走り回ったゴルバチョフがいまだ日本を訪れていないことの意味を。
世界で最も金持ちの日本、技術大国の日本を、最も必要としているのはゴルバチョフのはずである。
その彼はなぜ、やってこないのか。
それは彼が90年代の対日戦略を練っているからに他ならない。
彼は機が熟するのをじっと待っているのだ。
ゴルバチョフが訪日するのは、予定では1991年であると言われている。
もし、その予定どおりにことが進むなら1991年まで、ソ連の北方での軍備拡張は、日本の心胆を寒からしめるものがあるはずだ。
もちろん、それは北方領土返還にからませてのことである。
彼の構想は北方四島の返還問題を交換条件に、シベリア開発に金を出させることであることは言うまでもない。
ゴルバチョフはポーカーの賭け金をつりあげているのだ。
こうして日本は米ソの描いた、世界のなかでの日本の孤立化というシナリオどおりに道を歩み、世界の情勢に完全に逆行させられてしまう可能性が高い。
それも結局は日本の政治家、官僚たちが、いつになっても世界の状況をミクロ的にしか見ることができないからなのである。
いま日本に最も必要とされているのは、冷戦後の世界の状況を的確に読み取り、大胆に行動のできる政治家なのだ。
もし、いまの日本の政治家に織田信長のような大胆な戦略家がいたら、世界に対してこう宣言するだろう。
「マルタ会談で米ソはもう戦争をしないと誓った。
これでもう第三次世界大戦は起こらない。
それゆえ、軍備、自衛隊の必要でなくなった部分を日本は解体する。
そして、それによって生じた過剰の軍備費を全額、東欧や第三世界の経済破綻の救済とシベリア開発に充てようではないか」。
日本がこうした大胆な行動に出れば、世界中から大喝采を受けるだろう。
そして米ソを逆にコーナーに追いつめるために、こうタンカを切ってやるのだ。
「おまえたちは不戦の誓いをした。
その約束は絶対に守れ。
俺たちは、それを信じて軍備解体を実行に移す”証人”になってやる」。
そのくらいの発想の転換がなければ、日本はこれからの世界を生き抜いていけない。
いままで日本は世界に対して何ら貢献してこなかった。
やったことはいつのまにか、人の目を盗んでチョコチョコと金を貯めたことだけである。
これでは憎まれ、嫌われて当然ではないか。
今回のベルリンの壁の崩壊に対して共産党はもちろん、社会党民社党、いや自民党すらも、往来の発想を乗り超えるコメントを出すことができなかったのにはつくづく呆れる。
まともな政党ならば、こうした歴史的な瞬間こそ党の歴史観、世界観をアピールする最大のチャンスであり、自らの運命を賭けて発言を行うのが常識である。
相も変わらず永田町のコップのなかの抗争にうつつを抜かす与野党
さらには外交の当事者である外務省のコメントは「模索中です」というお粗末なものだった。
これではこれからの世界で、日本は誰からも相手にされなくなる。
90年代に入っても、いまだヤルタ体制下にありつづける日本、その日本にとっての新たな冷戦はいま始まったのだ。


62、だが、まずこの構造改革そのものが日本では間違って伝わっている。
英語でいうと、structural impediments initiative talks(SII)。
確かにstructuralは構造上のということだが、肝心のimpediments=支障、障害という言葉を欠落させているのだ。
本来は”支障を取り除く協議”なのに構造改革という骨抜きの訳をされているために、このSIIの重要さがきちんと伝わっていないのである。
おそらく、どこかの役人が訳したのだろうが、そこには無知というよりも、なんらかの意図的なものさえ感じられる。


63、つい最近、私は日本の一部マスコミの「日本に内政干渉まがいの要求を強いるアメリカ人はまるで子供だ」という論調に接し、開いた口が塞がらなかった。
言うにこと欠き、アメリカ側が子供だというのだ。
誰が見ても子供なのは日本側だ。
もし、アメリカ側が子供だというなら、なぜ大人のはずの日本人が彼等にコロコロ手玉に取られてしまい、ご無理ごもっともばかりに土下座して帰ってくるのか。
アメリカ人に言わせれば、日本人はこんな調子だからこそ、マッカーサーのとき以来、12歳の子供のまま変わっていないのだということになる。


64、こうした世間知らずの子供のワガママは、いつまでも続けられるものではない。
皮肉なことに衆議院自民党が圧勝すると間もなく、株価の暴落が始まった。
本来なら保守政党自民党が勝ったのだから、株価は上がるはずだったのに株価は坂道を転がるようにして下り続け、同時にあれほど高かった円もどんどん下がり始め、債券も下落した。
理由は簡単である。
あれほど騒がれたリクルート議員たちが、ほとんど再選されたからだ。
今回の衆院選は、これからの日本の動向を占ううえで、世界中の耳目を集めていたが、こうした選挙結果は彼等にしては信じがたいものであった。
そして、彼等海外の投資筋は「日本ではこれだけ汚れきった政治家が、再び当選する。
政治家がこれでは、日本には将来性はない」と判断したのだ。
株にせよ為替にせよ、買われているのはその国の将来性である。
将来性がなかったら誰も株や為替など買いはしない。


65、為替、株、債券のトリプル安に慌てた政府は、4月に開かれたパリでのG7で、円を支えるための協調介入を要請した。
ところがこの日本の要請は体よく断られたも同然で、実際には何の効力もなかった。
ECにしてもアメリカにしても、彼等のホンネは、いまの日本の状態に対して「いい気味だ。
助けてやるものか」とせせら笑っているのだ。
それでいながら、このG7でも日本の新聞各紙はまたもネボケタ報道に終始した。
当時、ヘラルド・トリビューンやロスアンジェルス・タイムズは、「G7は日本の要請を蹴った」と報道した。
ところが、日本の新聞各紙は「G7、協調に同意」と、例によって希望的観測に基づいた報道をしているていたらくであった。
私が前々から主張し続けてきたように、現在の世界では、日本という国が沈んだところで、喜ぶ国はあっても、悲しむ国など一国もない。
今回のG7では、それがより明確に現れたと言っていい。
いまの世界で日本がいかに嫌われているか、それを実証したのが今回のG7である。
いまの日本の置かれている立場は実に恐ろしいところにある。
もっと恐ろしいのは、政治家も官僚も、それにほとんど気がついてはいないということだ。
一般のアメリカ人は、日本には興味を示さない。
政治家もしかりである。
最終的にはアメリカが見ているのは対EC、つまりヨーロッパとアメリカが、これからどうやっていくかなのだ。
日本は完全に外されている。
そのいい例がG7だった。

 

66、しかし、悲しいかなこれが政治の世界となると、事態は逆転してしまう。
戦後40数年、日米安保体制という揺り籠に、どっぷりつかって惰眠をむさぼってきた日本の政治家たちは、肝心の政治家としての能力が最も求められているいま、まるで世界の先を読むことができない。
彼等の脳を支配しているのは次の選挙のことだけなのだ。


67、ところが、これが各自の責任に応じた犠牲をはらむ問題となると、まったく話が違ってしまう。
誰もが自分の血は流したがらない。
農協のリーダーも、このままでは絶対にダメだと分かっていながら「それではコメを自由化しよう」と言うと、「それだけは避けたい」と言う。
総論では出血もやむなし、しかし各論となると、ノーとなる。
誰もが自分だけは出血したくない。
要するに自分にさえ問題がふりかかってこなければいいのである。
こうした傾向は、何も日本人だけに限ったことではなく、アメリカ人にしてもドイツ人にしても、どんな国民でも多かれ少なかれ持っている傾向である。
そこではじめて政治家という存在の意義がある。
こんなときに問題点を国民に説得し、国民全員に出血を覚悟させることのできる哲学を有するエキスパートこそ、政治家なのだ。
かつてケネディは大統領選に立候補するに際して、「私が当選したらあなたたちに犠牲を強いることになる。
私はゴールデン・フューチャーなど絶対に約束しない。
私はあなたたちのサイフにはアピールしない。
私がアピールするのはあなたたちの誇りに向かってだ」と演説した。
これを言える政治家は、残念ながら今の日本には存在しない。


68、「はっきり言って、日本には民主主義などない」と言うこの代議員の指摘は、確かに痛いところをついている。
日本人、ソ連人ともに、全体主義、上意下達的システムに非常に慣れ親しみやすい国民性であることは事実だ。
ソ連人はいまだにイワン雷帝やらピョートル大帝が大好きだ。
またインテリ階級のあいだではあれほど嫌われているスターリンも、ローカルの庶民階級のあいだでは未だに人気が根強い。
要するにソ連人は、強い者、目上の者には徹底的に弱く、何でも言うことを聞いてしまう体質を持っている。
分かり易く言えば、ソ連とは家父長的関係で成り立っている。
前近代的要素を色濃く残した社会なのだが、これはそのまま日本にも言えることだ。
日本人は、自分の個人的な意見を主張しようとしない。
常に会社組織なり、職場の上司なり、自分より上位の者の意見に従属してしまい、それをよしとする。
完全な資本主義、民主主義の国ではない日本に対処するには、ビジネスレベルではいくら話しても駄目で、官僚や政治家を叩かなければ、効果が上がらないことにアメリカ側は気がつき始めた。


69、品物ひとつ輸入するのに、いちいち官僚のご機嫌うかがいをし、稟議書を回して、何回もハンコを押さねばならないといった習慣は、早急に廃絶するしかない。
現在の日本は、とにかく何のために存在しているのか分からないような官僚の数が多すぎる。
実際のところ官僚は現在の半分以下でも、十分にやっていけるはずである。
官僚の数が増えるにつれ、国家はそのダイナミズムを失っていく。
現在、ソ連には900万人の高級官僚が存在している。
ソ連動脈硬化を起こしてしまった最大の原因は、この900万人の官僚にある。
これは決して対岸の火事ではない。
日本もこのままいけば、ソ連同様、官僚というコレステロールのため、重度の動脈硬化を起こすことは必至である。


70、現在、アメリカが日本側に指摘していることは、悔しいが大部分は理に叶っていることばかりである。
490億ドルという貿易黒字を抱えながら、国際都市、東京では未だに15%も下水が完備していない。
すなわち汲み取り便所ということなのだ。
全国の都市では30%から35%と、数字がはね上がる。
それが現在、世界で最高にドルを稼いでいる国の実情なのである。


71、戦後の日本がここまで発展してきたのは、こうした三流政治家の力ではない。
ひとえにビジネスマンたちが優秀だったからに他ならない。
逆に言えば現在のアメリカが地盤沈下してしまったのは、ビジネスマンの質が低下したからと言える。
この点、日本のビジネスマンたちは、優秀だった。
日本経済がここまで発展してきたのは、優秀な経営陣が存在したからに他ならないのである。


72、ところが国内経済政策では、あれほど優秀だった官僚たちも、相手がグローバルになると、まるで無能となってしまう。
構造協議にしても、株、為替、債券のトリプル安問題にしても、いまの経済官僚たちは、まったく的確な手を打てず、ただ指をくわえて事態を傍観するばかりだ。
加えて今の官僚たちは天下りを重ねて3回も退職金を貰ったり、既得権を守ることに汲々としている。
実はこれひとつとっても構造協議の大きなテーマとなりうることだ。
日本の教育システムは、東大法学部に入学することを至上の価値としている。
東大卒業後は大蔵、通産省に入って高級官僚になれるからだ。
そうすれば最終的に政治家となって天下を取れる。
政治家になれなくとも、天下りで莫大な退職金と、年金を手に入れることができる。
こうして官僚がのさばりかえる土壌が作られていく。


73、アメリカはこうした日本社会の構造をどうにかしろと迫っているのだ。
私が7対3でアメリカ側の主張に分があるというのは、そうした理由からだ。
マジメに働く者なら誰でも、庭付きの家が一軒持て、北海道から沖縄まで水洗便所を完備し、物価がせめてアメリカ並みの水準になるのなら、アメリカもECも、日本に対してあからさまなイチャモンはつけにくくなる。
日本のように、国や企業ばかりが莫大な資産を持ち、国民一人ひとりは貧しい生活に甘んじているという国も、世界史上珍しいのではないか。
かつて繁栄したカルタゴローマ帝国では、庶民は素晴らしい生活をしていたのである。
大英帝国時代のイギリスも同様だ。
世界で最もドルを稼いでいるこの国では、その経済活動を支えているはずの一般庶民は、誰もいい思いをしていない。
享楽の果てに破局を迎えたというのならまだしも、誰もまだいい思いをしていないうちに沈没してしまうのでは、庶民はやりきれない。
暴動が起きないほうが不思議である。


74、ソ連と中国の間には、日本とソ連の間以上に深刻な領土問題が存在する。
実際、そのために両国の軍隊が何度も戦火を交えている。
だが、そうした経緯があるからといって、ゴルバチョフは中国訪問を拒否したりはしなかった。
彼は堂々と北京を訪問し、中国首脳と話をつけてきているではないか。


75、北方領土の問題は、さらに大局的なレベルから考えなければ、いつまでたっても解決しない。
日本はシベリア開発にしてもウラル開発にしても、ソ連がノドから手が出るほど欲しい技術力、資本力をふんだんに持っている。
ここは日本の国家的プロジェクトとして、シベリア開発、ウラル開発の青写真を作り、彼等に提示することだ。
いまの日本の経済力、技術力からいえば、こうした青写真は最もリアリティに富んでいるはずである。
そして、最終的にソ連側が、このプロジェクト案に乗ってきたところで、「ところで北方領土のことだけれど」と持ち出すだけでいい。
それだけでこの問題は一気に解決する。
ところがビジネスというものを知らない日本の政治家、官僚たちは、話し合いの段階から、北方領土問題を持ち出してしまう。
これでは絶対に話は進展しない。
最近、自民党小沢幹事長あたりが北方領土の問題は、もっと大局的に考えてなどと発言しているが、こうしたことはもっと前から言っておくべきことだった。
「あんな島4つのために日本の経済的、技術的援助が受けられないのが情けない。
早く返してしまいたい」と思っているのは、ほかならぬソ連自身なのだ。

 

76、現在、ソ連は韓国にアプローチしており、両国の関係は急速に進展している。
今年中には、ソ韓に正式に国交が樹立されることになった。
また83年、サハリン上空で大韓航空機が撃墜されたのがウソのような話だが、大韓航空アエロフロートの相互乗り入れも実現している。
こうしたソ連と韓国の歩み寄りにはシベリア開発という大前提がある。
が、実際のところは、これは日本に対する当てつけにすぎない。
韓国には日本ほどの開発力も資金力もないことを誰よりも知っているのは、ほかならぬソ連自身だからだ。


77、イラククウェート侵攻は、米ソ和解後、平和の幻想に酔いしれていた世界の横面をいきなり張り飛ばす形となった。
「90年代はヨーロッパの時代」「ソ連は複数政党化で自由化する」などとバラ色の夢に浮かれていた世界は、オフガードでパンチをくらったも同然、一夜にして1国が消えてしまう国際政治の冷厳なる現実をまざまざとみせつけられた。


78、クウェートは周知のようにその成り立ちからして非常に人工的な国家で、普通のアラブ一般大衆から言わせれば到底国とはいえないアーティフィッシャル・カントリーだ。
1961年にクウェートが英国の統治領から独立したとき、イラククウェートの領有権を強硬に主張した。
イラクからしてみれば、歴史的にイラクに帰属してきた土地のうち、最も豊かな油田の存在する部分を独立国家として切り取られてしまったということだ。
現在、シリアが「大シリア構想」に基づきレバノンをシリアの領土の一部であると主張しているのと同様、イラクも「クウェートは歴史的にイラクの一部、それを取り返したまでだ」と主張する。
サダム・フセインの野望は全アラブの盟主、指導者になることだ。
彼はかつてのエジプトの伝説的指導者、ガマル・アブデル・ナセル以来、ずっと空席になっているアラブ世界の盟主の座を欲している。
かつてナセルは盟主の座を維持するため、自分と肩を並べようと台頭してくるアラブの有力な指導者たちを次々と暗殺していった。
また殺されないまでも、ナセルがライバルと見なしたサウジのサウド国王もイラクのカセムも、ヨルダンのフセインも、ことごとく狙われた。
が、ナセルはその志半ばにして病死する。
そのナセルの死後、後をついだサダトこそ、本当にアラブの盟主たる資質を有する大政治家であったが、彼はカダフィの操るイスラム原理主義者に殺される。
サダトを殺したカダフィもナセルになりたかった男だ。
彼はサダトが権力の座についたとき、サダトにアラブ合衆国をつくろうと、リビアとエジプトの合併を持ちかける。
このときにカダフィが出した条件は、サダトが大統領、カダフィが副大統領に就任する、しかし軍の統帥権カダフィに属するというものだった。
カダフィの提案の狙いは明白だった。
当然サダトはその提案を蹴った。
そこでカダフィはサダトに向け、暗殺者を大量に送りこみ、ついにイスラム原理主義者の手によって暗殺することに成功した。
が、カダフィはアラブ世界の盟主にはなれなかった。
いかんせん彼にはアラブ世界をまとめるほどの強力な軍隊も、政治的指導力もなかったからだ。
こうしてナセル以後、アラブ世界の盟主的指導者の席は空席のままであった。
が、ここにきて登場したのが、サダム・フセインだ。
彼は自分の手で何十人という政敵を暗殺してきたヒットマンである。
かつてフセインは、当時のイラクの首相カセムを暗殺しようとし、失敗、エジプトに亡命したという経歴を持つ。
世界の指導者のなかで、暗殺者だったという経歴を持つ男は、このサダム・フセインが史上初めてだろう。
そして、こういう人物が一国の政治指導者になれるのは、世界広しといえどイラクだけだ。


79、世界にとっては寝耳に水の今回のイラククウェート侵攻だったが、じつは事前にその全容は、米ソにほぼ察知されていた。
中東の上空には平時でも2時間おきにアメリカのKH-11という偵察衛星が回ってきて軍事偵察をおこなっており、常に状況を監視している。
それはソ連偵察衛星も同様である。
イラククウェートの国境で何が起こりつつあるかは、米ソにとってすべて「お見通し」だったのだ。
今の偵察衛星のレンズの解像力は、人間の身体の細かな部分や毛髪まで捉える。
10万人の兵員、350台の戦車、1千台以上の装甲車、それに重砲部隊が国境付近に結集しているのにそれをキャッチできないわけはない。


80、今回、CIAがかくも一生懸命頑張ったのには理由がある。
73年の第4次中東戦争のとき、イスラエルの情報機関モサドは、敵の侵攻作戦をキャッチし、アメリカに対して「エジプト軍とシリア軍が攻めてくる」と情報を流してきた。
そのときCIAはこのモサドの情報を正確に分析できず、せっかくのモサドの警告を生かすことができなかった。
実は当時イスラエル内部でも情報は錯綜しており、モサドの報告に対してイスラエル軍の情報部「アンマン」は「アラブ側は絶対攻めてこない」と判断していた。
当時の女性首相ゴルダ・メーアは、次の選挙を横目でにらみ、自分に都合のいい「アンマン」の情報を選んだ。
そしてモサドが侵攻のその直前まで、「今日侵攻してくる」と繰り返して警告してもまったく聞き入れなかった。
その結果イスラエルはシリア、エジプト軍の奇襲攻撃を受け、初戦で敗北を喫しながらも最終的に勝利を得たのだが、このときCIAの幹部3人のクビが飛んでいる。
モサド情報の正確な分析ができなかった責任を追及されたのだ。
CIAは17年前のこの事件を教訓にしていたから、今度は必死だった。
その結果、イラクの軍事行動の可能性をかなり正確に報告している。
ところがアメリカ政府の上層部は、ペンタゴンはもちろん、ホワイトハウスもこの報告をまったく聞こうとしなかった。
イラククウェート侵攻当日、ベーカー国務長官ソ連イルクーツクで、シュワルナゼ外相と米ソ外相会談をしながら、仲良く魚釣りに興じている始末だ。
そしてイラク侵攻の報に対して、米ソの外相2人は「これは遺憾である」などと声明を発しているのだが、これは彼等の完璧な演技に他ならない。
米ソはともにイラククウェート侵攻を黙って見過ごした。
米ソそれぞれにとって、このイラククウェート侵攻で得るものは、けっして少なくないからだ。


81、ところが今回の米軍のサウジ・ペルシャ湾への進駐で、アメリカは17億ドル、2500億円の軍事費を支出した。
もし戦闘状態に入った場合には17億ドルどころではない、30億から50億ドルはかかろう。
しかもそれが長引けば長引くほど、さらに支出は増える。
これは軍産複合体にとっては恵みの雨だ。
軍需産業のみならず、ペンタゴンの将軍たちにとっても望外のボーナスになる。
ペンタゴンはここぞとばかり大部隊を出動させている。
その布陣たるやベトナム戦争当初と比較にならないほどの熱の入れようである。
アイゼンハワー、ジョン・ケネディサラトガ、そしてインディペンデンスといった空母4隻、さらにこれの周りに護衛艦巡洋艦、AWACS5機、B52爆撃機、そしてなんと最終的にステルス機まで投入した。
ペンタゴンの将軍にしてみれば、サウジアラビアの砂漠は、格好の実験場なのだ。
これまでアメリカは、第二次大戦でヨーロッパを舞台に総力戦を経験した。
これは苛烈な爆撃戦と空中戦、それに、当時最強の軍隊であったドイツ軍を相手の陸上戦であった。
陸上戦闘はヨーロッパの経験で分かった。
そして太平洋では大日本連合艦隊を相手に海上戦をおこない、これもだいたいやり方は分かった。
第二次大戦後は朝鮮で山岳戦を経験し、ベトナムではジャングル戦もやった。
あと残っているのは砂漠戦だけである。
ペンタゴンの将軍たちにとっては、サウジはその理想的な実験場となりうる。
サウジに派遣されたアメリカ兵は星明りだけでも目標がキャッチできる暗視スコープつきの、夜間戦闘用ライフルを装備している。
いままでの戦場ではこの種の武器は登場してこなかった。
さらに例のステルスである。
ペンタゴンの意図がどこにあるかは、それを見ただけでもはっきりと見てとれる。
戦争というものは、通常戦がもっとも金がかかる。
原爆などを落とすより、はるかに大きな浪費となる。
ベトナム戦争終結から17年、米ソ和解という雰囲気のなかで、次第に追いつめられ、その生存すら脅かされていた軍産複合体にとって、今日の中東派兵はまさに一大ボーナスであった。


82、一昨日、私はヒューストンの開発業者へ電話を入れ、彼等オイルマンたちの腹づもりを探ってみた。
「いくらぐらいに考えてるんだ」
「悲観的に見積もって30ドルだ」
「楽観的に見積もったらいくらだ」
「40から50ドルだ」
という。
彼等は最悪で1バーレルあたり50と予測している。
この価格になれば、いくら開発費を注ぎこんでも足が出る危険はない。
それどころか大儲け間違いなしだ。
イラククウェート侵攻のおかげでアメリカの石油開発は息を吹き返した。
メジャーからインディペンデントも含めて、すべて石油業界にとってはうまい具合に事態は動いているわけだ。
笑いが止まらないのはOPEC諸国も同様だ。
OPECは第二次オイルショック以降の10年間、いくら結束して石油価格の下落に歯止めをかけようとしても、内部の足並みがそろわず、ズルズルと価格を下げ続けるしかなかった。
彼等OPECは儲かっている間は結束しているが、いったん情勢が厳しくなると、すぐに誰かが抜け駆けをはじめる。
しかもいったん抜け駆けが始まると限度がない。
ナイジェリアが抜け駆けしたと思うと、クウェートサウジアラビア、UAEのアラブ3兄弟が一斉に抜け駆けをする。
そしてOPECはガタガタとなり、仲間うちでの喧嘩が始まる。
そんなOPECにとって、今回のサダム・フセインの行為は、実にありがたいチャンスを与えてくれた。
この危機で石油の値段が上がり始めたから、OPECは協定など結ぶ必要はない。
市場原理であっという間に石油価格は上昇する。
今回のイラクの傍若無人な行為に対し、OPEC諸国が不思議と歯切れの悪い対応しかできないのは、こうした構造があるからだ。
原油を有する国、ソ連、アメリカ、OPEC諸国のいずれにとっても、今回の中東危機は正に棚からぼたもち的な、笑いの止まらない事態なのである。


83、アメリカの当初の最終目標は、こうだった。
クウェートからイラク軍を撤退させ、ジャビル首長を連れ戻して現状を回復する。
あとのルメイラ油田やワルバ、ブビアン2島の領有に関しては、クウェートイラクとの話し合いで決める>
しかし、いったん戦争が始まれば、戦闘はクウェートだけで終わるという保証はどこにもない。
現にペンタゴンは開戦となったらまずイラクのミサイル基地や軍事施設を集中爆撃する作戦を立てている。
問題は、アメリカ陸軍がバグダッドまで攻め入るのかどうか。


84、かつて、ソ連は中東政策において”コントロールド・テンション”という言葉を使った。
制御された緊張。
中東でのプレゼンスを確立するために、ソ連はこの謀略的手法を実行してきた。
例をあげよう。
1967年の6日戦争(第三次中東戦争)のとき、3ヶ月前からKGBはエジプトとシリアに対して「イスラエルが攻めてくる」と偽情報を流し続けた。
このディスインフォメーション工作にまんまと乗せられて、エジプトはシナイ半島に兵力を集結。
シリアもゴラン高原に兵力を展開した。
5月22日、エジプトがティラン海峡を封鎖した。
ティラン海峡はイスラエルが紅海からアジア、アフリカに出るための生命線である。
このとき、モサド長官、メイアー・アミットがワシントンに飛び、先制奇襲攻撃の了解をアメリカから取りつける。
そして、この情報をキャッチしていたKGBは、作為的にイスラエルが先制攻撃を仕掛けてくることをエジプト、シリアに告げなかった。
当時のエジプト大統領のサダトは、後にキッシンジャーに対してこう語っている。
KGBイスラエルが攻撃してくることを教えてくれなかった。
ただ、我々を煽っただけだった」と。
なぜ、KGBイスラエルの先制奇襲攻撃の情報を彼等に流さなかったのか。
イスラエルが消滅すれば、中東のテンションが一気に鎮静化してしまうからだ。
となれば、ソ連はアラブに入っていく余地がなくなる。
今回の湾岸危機でアメリカがやっていることは、このときのソ連と同じだ。
つまり、フセインを残すことで、中東に”制御された緊張”を維持し、フセインの脅威を煽って、アラブ諸国にさらなる武器購入を煽る。
コントロールド・テンションの最高の状態を作り出せるわけだ。


85、湾岸危機を通じて、フセイン退治に大きな声を出さなかったのは、ソ連、フランス、中国だった。
3国とも国家財政を武器の輸出に大きく頼っている。
もし、イラク軍が使う彼等の武器が、アメリカの武器に負けたら、これから先、クライアントは激減する。
フセインが巨大になればなるほど、中東のテンションはそのボルテージを上げていく。
アラブの盟主の座をめぐる戦いがいやが上にも激化する。
エジプト、サウジアラビアカタールバーレーン、UAEなどに武器が売れるというわけだ。
そして、アメリカはこれまで通り彼等の莫大なオイル・マネーを吸い取り続けることができる。
フセインが生き残っているかぎり、ソ連もフランスも、中国も、この中東という大市場に、再びビジネス参入できる。
米・ソ・欧・中の利潤追求・近視眼的な中東戦略が、今日の危機を招いているといえる。


86、中国が真っ先にソ連に食糧援助を宣言したのもそのためだった。
かりに、戒厳令によってもソ連邦解体の危機を回避できなかった場合、ゴルバチョフは最終的なオプションを選択する可能性が大きい。
それは、ロシア共和国、ウクライナ共和国、天然資源を有するシベリアのヤクート自治共和国、この3つの共和国だけでソ連邦にするというウルトラCだ。
この3つの共和国さえあれば、ソ連邦は世界で最も裕福な国家となれるポテンシャルを持つ。
逆にゴルバチョフが最後のギャンブルにすべて失敗したときのことを考えると、背筋がゾッとする。


87、アメリカは湾岸危機で多国籍軍武力行使国連に決議させるために、様々な国に対して約束手形を振り出している。
たとえば中国。
国連決議に反対票を投じなかった褒美として、中国の銭其深外相をホワイトハウスに招いた。
これはアメリカが天安門事件を忘れるという確固としてジェスチャーだった。
つまり、天安門事件を理由としてアメリカがそれまで行ってきた経済制裁を解除することを約束したのである。
同じくソ連に対して振り出した約束手形は、最恵国待遇のプレゼントにほかならない。
エジプト、トルコ、シリアといった諸国に対しては、アメリカ製武器の供与と経済援助だ。
裏を返せば、これだけの約束手形を振り出してもまだ、アメリカはコントロールド・テンションによる中東市場での利益を甘受できるということだ。


88、90年8月2日、イラクサダム・フセインは突如としてクウェートに軍事侵攻を敢行した。
そして5ヶ月後の91年の1月16日、米軍を中心とする多国籍軍の対クウェートイラク空爆によって、クウェート解放作戦、オペレーション・デザート・ストームが開始された。
西欧世界とアラブ世界のほとんどを巻き込んた湾岸戦争の火蓋が切られたのである。


89、テルアビブにイラクの最初のスカッド・ミサイルが落ちた1月18日、私はテルアビブの郊外に住むイスラエル人の友人に国際電話を入れた。
電話口の向こうの彼はアメリカの空爆作戦について、「イスラエルだったら、あんな無意味なことはしなかった」と苦々しく吐き捨てるように言った。
そして「アメリカに任せてはいられない。
我々の戦争は我々の手で遂行する。
誰にも戦ってほしくないんだ」と言い切ったのである。
周知のように日本には日米安保条約があるが、もし日本人がこのような発言をしたら、アメリカは間違いなく怒るだろう。
また、我々日本人自身、そういう発想は持たない。
イスラエル人のメンタリティと日本人との間にはこれほどの距離があるのだ。
日本をとりまく状況は、平和ボケした日本人が考えているほど安定もしてないし、甘くもない。
いつ何が起きても不思議ではないのである。
現在、朝鮮半島では韓国軍が非常事態態勢に入っている。
いまアメリカ軍の横須賀基地は空っぽで、攻撃能力を持つ空母はペルシャ湾、紅海に去り、駆逐艦が2隻いるだけというお寒い状況である。


90、彼がクウェートを侵攻したのは、本来、イラクの領土拡張が目的ではない。
目的はたったひとつ、石油である。
フセインはアラブの石油を押さえ、アラブの盟主として君臨したいのだ。
全世界の埋蔵量中、約10%のオイルを埋蔵するクウェートを手中のものとすればイラクの10%のオイルと併せて、世界の20%のオイルを制する。
さらに世界の28%のオイルを占めるサウジアラビアを占領すれば、合計で約50%を持つ。
サウジを手中に収めれば、湾岸諸国も自動的に落ちる。
これで世界の70%のオイルがフセインのものになる。
ということは、石油価格は彼の思いのままで、世界を文字通り牛耳ることになる。
ブッシュがイラクに対して、あれほど早く行動に踏み切ったのは、こうしたフセインの野望を読み取ったからに他ならない。


91、アメリカ・多国籍軍は、おそらく2月の初めまでは徹底的に空爆を続行するだろうが、この空爆はいかにもアメリカらしく、きわめて大味なものだ。
日本のマスコミなどは多国籍軍の空からの戦果を過大評価しているようだが、実際はそれほどの効果をあげていないと私は見る。
ペンタゴンはレーザー誘導のスマート爆弾が目標の倉庫などに命中すると、いかにアメリカの爆撃が正確かつ精密であるかを宣伝すべく、わざわざテレビにその映像を提供する。
たしかにこうした映像は、茶の間で湾岸戦争を、テレビ観戦する視聴者を驚かせはするが、問題は命中したかしないかではない。
たとえ命中しても、叩いた軍事的な価値がなかったら、何の意味もないのだ。
早い話が、ミサイルがなく空っぽになった倉庫など、いくら正確に爆撃してもムダなのである。
こうした私の危惧を裏づけるように、空爆開始から数波の攻撃で破壊されたはずのスカッド・ミサイルによって、現にイスラエルが何度も攻撃されている。


92、67年の6日戦争で、イスラエル空軍の急襲を受けたエジプト軍が驚いたのは、半分近くダミーを交えておいた50機ほどのミグ(上空から見たら、ほぼ見分けがつかない)のうち、ダミーには1発も爆弾が投下されなかったということである。
イスラエル空軍は1発もミサイルを無駄にすることなく、確実に本物だけを破壊した。
私はこのときの空爆に参加したイスラエルパイロットの1人にインタビューした際、彼が「我々は貧乏だから、ミサイルを何十発もムダに使えない」と答えたことが強く印象に残っている。
ミサイルは当時で1発10万ドル、30発となると300万ドルだ。
一回の出撃でこれだけの巨額になるのだから、一発たりともムダにできないと言うのである。
では、どうしてダミーと本物を識別できたのか。
彼等はイスラエルの情報機関・モサドによってもたされた情報によって、50機ならんだミグのうち、どれがダミーで、どれが本物かという情報を、事前に極めて正確にキャッチしていた。
それが可能なのはイスラエルの情報機関がしっかりしているからこそで、彼等は正に”情報はカネ”という言葉を地で行っている。


93、現在多国籍軍バグダッドイラク北部の山岳地帯を集中的に爆撃しているが、2月の初めまではこのやり方を続けるだろう。
いまのところ陸上での戦闘はパトロール部隊のこぜりあい程度で、本格的な交戦に突入することはないだろうが、それが本格的に始まったときこそ恐ろしい。
そのときに湾岸戦争は本当の局面を迎えることになるのだ。


94、独立以来、5度の戦争を戦ってきた彼等は、1度でも負けていれば地中海に叩き込まれていることを誰よりも自覚している。
その意味で、イスラエルの政治家や軍人の言動は決して過小評価できないし、彼等の言動を軽くみると大きな過ちを犯す。
81年6月、イスラエルバグダッド郊外にある原子炉を空爆、破壊したが、そのとき世界はイスラエルを徹底的に非難し、アメリカまでもその非難の輪に加わった。
しかし、もしこのときイスラエルイラクの原子炉を爆破していなかったら、現在の湾岸戦争はまるで違った局面を迎えていたはずで、多国籍軍は先制攻撃どころではなかっただろう。
中東全体がサダム・フセイン原子爆弾の人質になっていただろうからである。


95、現在のところ日本にできるのはカネの面での貢献だけだ。
一部には自衛隊を派遣せよなどという論議もあるようだが、冗談を言ってはいけない
自衛隊は実際の戦闘能力など、爪の先ほども備えておらず、下手に自衛隊など送ったら、足手まといになって逆に迷惑がられるのがオチだ。
私は憲法論議云々よりも、その理由で自衛隊派遣には反対する。
送らなければもうこれ以上笑い者にならなくてすむではないか。


96、繰り返して言う。
今回の中東戦争は日本にとって非常に高いツケを支払わされるものになるだろう。
そして近い将来、”第2、第3のフセイン”が中東に現れて、同じように戦争が起きる可能性は十分、いや十二分ある。
そのときに日本の為政者たちが、再び今回のように右往左往し、”無知、無策、無能外交”を繰り返さないようにしてほしいと、私はただ祈るのみである。


97、ついにソ連共産党が、事実上解体した。
西側のプロパガンダが、何十年かかってもできなかったことが、いとも簡単に成し遂げられてしまったのである。
もちろん共産党は、いまもメンバー1500万人を抱えている。
党名を変えて出直すことも考えられるが、その前に凄まじい魔女狩りによって、ハード・コアは別にして大量のメンバーがバラバラになる可能性が強い。
これでゴルバチョフは権力の基盤を完全に失ってしまった。
連邦内の各共和国が雪崩を打って独立に走っているいま、連邦の大統領といっても、その力は無きに等しいものだ。
ソ連共産党という20世紀のバケモノが、かくも簡単に死に絶えてしまうなど誰が予測しえたであろうか。
それを可能にしたのは皮肉にも共産党のハード・コア8人のメンバーだった。
91年8月19日早朝に起きた非常事態委員会のゴルバチョフ解任に始まる。
ソ連保守派のクーデターは、まさしく世界を震撼させるものだった。
が、このクーデター劇は決して寝耳に水というものではなかった。
ここ数年のゴルバチョフの行動を見ていると、ある意味では必然ですらあった。
ゴルバチョフの失脚という事態は、すでに2年ぐらい前から予測されていた。
アメリカのCIAにしても、DIAにしても、確実にその見通しは立てていたし、また私自身もそれは分析していた。
表だっては認めなかったが、アメリカは全軍が警戒態勢に入ったし、対ソ連正面がガラガラだったNATOは、急遽、中東方面からピストン輸送で重火器を配置につけた。
アメリカの国防長官、国務長官は休暇をすべて切り上げ、ワシントンに集まった。
ドイツ、フランス、イギリスでもみんな同じであった。


98、今のソ連の経済事情は信じられないほど悪い。
とにかくモノがないのだ。
私が初めて訪ソした90年の3月は、筆舌に尽くしがたいほどひどいものだったが、91年の3月に行ったときは、それが更に悪化していた。
例のマクドナルドのモスクワ支店は、90年の3月にはビッグマックが日本円で900円だった。
ところが今年行ったら、なんとそれが2千円になっているのだ。
それでもマクドナルドは客で満員だ。
その理由は、この店ではルーブルが使えるからである。
ルーブルは、ソ連市民のあいだではもはやただの紙切れにすぎなくなっている。


99、このように混迷を深めるソ連を事実上動かしていくのはエリツィンということになるだろう。
だが、彼の統治能力は未知数に近い。
これまでは野党的な立場で、ある意味では言いたいことを言っていたものが、実際に様々な政策をとってみても、一向に成果が得られないということも考えられる。
それほどソ連の事態は深刻なのである。
そうなったとき、現在、絶頂期にあるエリツィンに対する国民の支持は保たれているであろうか。
次第に国民の関心が薄れていったとき、保守派やノーメンクラツーラが再び決起しないとは断言できない。


100、エリツィンと異なり、ゴルバチョフが民衆に人気がなかった理由は、この共産主義を捨てきれなかったという点にある。
このジレンマから袂を分かったのがエリツィンだった。
エリツィンは「共産党が支配しているかぎり、この国はよくならない」と完璧に共産主義を放棄した。
ソ連には15共和国全部合わせると、なんと100以上の民族、言語、宗教がある。
その15の共和国が共産党という接着剤を失ったら、必ず民族間での殺し合いが始まる。
共産党という鉄の支配があってはじめて、ソ連は治まるとゴルバチョフは考えていたのだ。
その是非はともかく、彼がそれを主張しているうちは、軍もKGBも党も、ずっと彼を後押ししていた。
しかし、去年の12月にバカーチンが去り、シュワルナゼが辞めたときに彼は完璧に党と軍部に対するコントロールを失った。

 

101、また東欧も動揺する。
7月1日にワルシャワ条約機構は正式に解体されたが、ドイツの中にはいまだ英、米、仏の連合軍がいる。
と同時に、いまだ30万人のソ連軍がいるという異常な状況なのだ。
またポーランドハンガリーにもソ連軍がいまも駐留しているという事実も、ことを複雑なものとしただろう。
「クーデター」の第一報を聞いて、サダム・フセインリビアカダフィ北朝鮮金日成キューバカストロたちが飛びあがって喜んだというのも、無理のない話である。
実際、そのくらいのインパクトがあるクーデターだったということだ。


102、テロ活動の心配もある。
実際、そうしたテロはすでに何度も実行されている。
たとえば、去年の革命記念日だ。
この日はゴルバチョフはひそかに暗殺されかかっている。
彼が赤の広場のレーニン廟に立っているときに、ゴルバチョフの目の前で発砲した男がいる。
男はKGBにその場で取り押さえられ、その弾は見当はずれの方角に飛び、ゴルバチョフにかすりもしなかった。
ゴルバチョフよりさらにターゲットとなる可能性が高まったのはエリツィンだ。
エリツィンは、いままで4回やられかけている。
たとえば交通事故、あるいは極寒のモスクワで橋の上から河に突き落とされるなどの事故だ。
事故といっても、それは全部KGBが仕組んだものだ。
KGBは河に落とされた件についても、「エリツィンはアル中だから、幻でも見たのだろう」と誤魔化して逃れたが、少なくともKGBは四六時中、彼を監視していたはずだ。
最近も、ロシア共和国の大統領執務室から盗聴器が発見されているぐらいなのだから。
これからはソ連邦より、エリツィンの率いるロシア共和国の議会が、何を決定するかに世界は注目することになるだろう。
連邦とロシア共和国の力関係は、確実に逆転したからだ。


103、18世紀の経済学者アダム・スミスは、国民経済の運営上政府の果たすべき責務を4つ挙げている。
その4つとは、
①「政府は政府運営のために国民から適当な税金をとる」
②「時代に合った技術を持つ労働者を創る努力をする」
③「運輸や通信のためのインフタストラクチャーを整備する」
④「未来のためのテクノロジーを磨き、それに投資する」
ところが、いまのアメリカ政府はこの4つを全て裏切っている。
税制の問題にせよ、インフラの整備にせよ、さらに技術開発にせよ、現状は惨噡たるものだ。
なかでもとりわけ怠っているのがレイバー・フォースの育成で、いまやアメリカの労働者の質の低さは、目を覆わんばかりである。
これはかつてのアメリカの移民政策のツケが回ってきたからだ。
現在、アメリカには合法、非合法合わせて2800万人の外国人労働者が存在するという。
主として中南米カリブ海からきたヒスパニックたちだが、彼等がアメリカに流入を開始したのは、いまから約25年ほど前からである。
早い話が、アメリカも25年前には日本と同様、外国人労働者に直面していたのだ。


104、アメリカが最終的に問題にしているのはコメなのではない。
彼等が最終的に問題にしているのは、日本の通商システムそのものなのだ。
日本が考えているほど、アメリカはコメを重要視してはいない。
彼等にとってコメは単なる日本の閉鎖性のシンボルにすぎず、かつての牛肉、オレンジと同じなのだ。
この意味からいって車はちょっと違う。
車はかつてアメリカの大産業だった。
この自動車を日本が完璧に抑えてしまった。
91年度の日本の貿易黒字は782億ドル。
そしてその63%の493億ドルは自動車である。
じつに三分の二弱が自動車で得た利益なのだ。
トヨタ一社が自動車を輸出することによって得る収入は、日本が1年間に使う石油が全部買える金額に匹敵する。
日本のアンフェアなシステムを代表するのが車と、アメリカ人が見るのもごく自然なのだ。


105、これから日本とアメリカの関係は、世界にとって今まで以上に重要になっていく。
なぜなら、いまこれだけ混乱している世界の中で曲がりなりにも警察力を発揮できる国は、アメリカを除いてはないからだ。
その点、我々日本はアメリカという国家をしっかり評価しなければなるまい。
かのサダム・フセインのような人物は、この世界にまだまだ存在する。
ことによるとフセイン自身、再び中東に登場してくるかもしれない。
そうなったらアメリカ以外のどこの国が音頭をとって、サダムに抵抗していくというのか。
アメリカと日本は健全なライバルとして、これからも鎬を削っていくしかない。
もしアメリカが完璧に経済的にこけてしまい、日本だけが世界に突出したらどうなるか?
そんなときサダム・フセインのような人物がふたたび登場したら、世界は日本に「大国として、あれを何とかしてくれ」と要望するだろうが、「お金だけ出しますから、皆さんで何とかしてください」で済むだろうか?
みっともない話だが、憲法9条を抱くいまの日本では、その要望に応じることはできない。
だからこそ、日本にとっては、世界で唯一強力な軍事力を保持するアメリカがいままで以上に必要になってくる。


106、宮沢首相はブッシュに対して「我々は価値観を同じくする」と懸命に強調し、民主主義を標榜した。
しかし、一般的などこにでもいるアメリカ人から見れば、日本人の価値観、人権に対する感覚はいまだに理解不可能、星の彼方の人々が考えることなのだ。
我々日本人の発想には、彼等欧米の世界と本質的な意味での共通点がほとんどない。
だから、たとえいくら協議を重ねたところで日米間には本質的な意味での、コミュニケーションなど成り立ちようもない。
相手の考えていることが分からないということほど、アメリカ人を不安にさせるものはない。
小賢しい屁理屈を積み重ねて、納得できる理由も提示しないまま、「ノー」「ノー」と頑迷に主張しつづける日本人が、アメリカ人にとってサダム・フセインのような「わけの分からない輩」と同じように映らない保証はないのである。


107、さらにゴルバチョフが1985年3月に登場したとき、彼が東欧を解放するなどと誰が考えただろう。
チャウシェスクの処刑がテレビの画面を通じて、世界中に報道されるとは誰が想像しただろう。
そして昨年暮れ、ゴルバチョフが失脚し、ソ連帝国が解体すると誰が予測し得たか。
いまの世界では、どんな小説家の作品より、はるかにドラマチックかつショッキングな事柄が次々と現実となって展開しているのだ。