MITを出た 大前研一 『低欲望社会』を読んで。

<この本は2015年に発行されたものです>

 


【まだ半分しか読んでないのですが、

どうも最近、読書が出来なくなってきたので

途中ですが、アップします。

今後、もう本を読む事は無いかもしれません】

 

 

 


1、問題とすべきは、20世紀の世界を支配してきた経済秩序は、もはや21世紀の日本経済には通用しなくなっているということなのだ。
それは、往来の経済理論を振りかざすマクロ経済学者たちが考えていることとは、かけ離れた世界なのである。
それを私なりの言葉で言うと、「低欲望社会の出現」ということになる。
日銀の「異次元金融緩和」によって、異常なカネ余りが続いている中で、企業も個人も驚くほど低金利で資金を借りることができる。
いわゆるコスト・オブ・キャピタルがこれだけ低いのに、その資金に手を出そうという人間がいない。
また、個人金融資産は1600兆円、企業の内部留保は320兆円超とされている。
しかし、それだけの資金がありながら、使おうとしないのである。
読者の中には、私が言うところの「低欲望社会」などは、今の日本は景気が悪いのだから当たり前のことで、別に目新しい話ではないと考えている人がいるかもしれない。
あるいは、「失われた20年」を経てデフレが長期化する中で、どんどん安価な商品があふれるようになったために高価なものを買う必要がなくなり、必然的に低価格・最小限のもので暮らすようになっただけのことだと思うかもしれない。
だが、日本で進行しているのは、そんな一過性の現象ではない。
たしかに、もはやかつての高度成長期やバブルのような好景気はありえない。
だが、低欲望になったのは、ただ単に不景気のせいではない。
また、デフレ傾向も、消費税増税とアベクロバブルで徐々にインフレ傾向へと転換しつつあり、円安による物価上昇も随所に見られる。
したがって、デフレ経済だから低欲望になっているわけでもない。
さらに言えば、若者たちの欲求の低下が悪いと言いたいのではない。
若者たちが欲をもたないこと自体は、本書で解説するように、ある面で合理的な選択でもある。
ただ、このような社会の中で、日本企業や個人がどう対処すべきかを考えたいのだ。
この低欲望社会の出現は、人類がかつて経験したことのない現象であり、日本で世界に先駆けて進行していることなのである。
だからこそ、それに対して新たな政策が必要なはずなのだ。
しかし、安倍政権がやっているのは、十年一日のごとき昔ながらの自民党的バラ撒き政策だ。
ブラックジョークとしか言いようがないが、まるで線路が分断された断崖絶壁の先に向かって猛スピードで走る列車のように、安倍政権は破綻へと突き進んでいるのである。


2、そもそも今の消費減退は、日本が総じて消費意欲のない国になったことによるものだ。
その象徴と言えるのが、住宅金融支援機構が民間金融機関と提携して提供している長期固定金利の住宅ローン「フラット35」が1%台の史上最低金利になっても、新規貸出額が増えていないという事実である。
2%を切る固定金利の35年ローンでさえ借りないというのは、世界でも日本だけの現象だろう。
日本人(とくに物心がついた時から不景気が続いている、今の35歳以下の人たち)は、将来が不安で大きな借金を抱えたくないから金利に反応しない国民、すなわちケインズ経済学に逆らう国民になったのである。
言ってみれば、日本の若者の大半はDNAが変異し、欲望がどんどん減衰しているということだ。
したがって、今の日本は政府がどんな経済刺激策を打っても、消費が増えて景気が良くなることは期待できないのである。
かつて作家の司馬遼太郎は小説『坂の上の雲』で、日本を欧米列強に比肩する近代国家にすべく奮闘する若者たちを描いた。
敗戦を経て、高度成長期に育った我々の世代にしても、会社に入ればいずれその組織のトップやリーダーとなることを目指して、がむしゃらに働いた。
それがひいては日本という国の発展と経済の成長にも直結すると信じていたのである。
そして、多くの国民は結婚して子供を持ち、8%とか10%を超えるような金利であっても借金をして自分の家を建て、マイカーを買った。
今、世界を見渡してみても、当時の高度成長期の日本と同じような発展フェーズにあると思われる中進国や新興国では、やはり同じように高い金利でも金を借りて家を持ち、マイカーのある生活を夢見て働いている。
だが、成熟国家となった今の日本の国民には、自分たちが目指すべき夢や理想、いわば「坂の上の雲」が見えなくなってしまっているのだと思う。
そういうかつてない現実に対して、これまでのように税金を湯水のように使って消費を煽るのではなく、心理に働きかけることによって経済を活性化する方法がまだいくつか残っている。
低欲望社会が現出した背景には何があり、今後どう対処すべきか、それを論じたのが本書である。


3、人口減少、超高齢化と少子化、欲のない若者たちの増加…世界に先駆けて日本で進展しているそれらの事態に対処する術を教えてくれる経済書を、私は寡聞にして知らない。
それは、昨今話題になっている著作を読んでも同様だ。
たとえば今、世界的ベストセラーとなっているパリ経済学校のトマ・ピケティ教授の著書『21世紀の資本』(みすず書房)は、ピケティ教授が20か国以上の3世紀にわたる「所得と資産」の膨大なデータを約15年かけて収集し、それを分析してまとめた700ページを超える大書である。
その要旨は、長期的には経済成長率(g)よりも資本収益率(r)が高いため、多くの富を持つ者にさらに富が蓄積して格差が拡大し、資産の不平等は世襲により時代を超えて続く。
この「rVg」の不平等を是正するには、所得ではなく資産に対する課税を世界的に強化しなければならない、というものだ。
本書の推薦文にはノーベル経済学賞受賞者のポール・クルーグマン教授やジョセフ・スティグリッツ教授らが名を連ね、「この10年で最も重要な本だ」(クルーグマン教授)、「タイムリーで重要な本だ」(スティグリッツ教授)と絶賛している。
私の考えは全般にクルーグマン教授とは対極的だが、本書が重要だという点では同意する。
ただし、あえて言うなら、その分析自体は当たり前のことを述べているにすぎないと思う。
というのは、たとえば、シンガポール政府投資公社アメリカのカリフォルニア州職員退職年金基金ハーバード大学基金といった世界の巨大ファンドの利回りを見ると、金持ちのリターンは平均10%近くに達している。
すなわち、富が富を生んでいるのだ。
一方、貧しい人たちが銀行に貯金しても、今や利息はほとんどつかない。
しかも、先進国では給料が上がっていない。
となると、資産で稼ぐ人と賃金で稼ぐ人のギャップは、おのずとどんどん広がっていく。
本書が注目されるのは、真面目にビッグデータを分析しているところだが、富める者はますます富み、貧しい者は置いてけぼりを食らってますます貧しくなるというのは、資本主義の下では当然の帰結である。
歴史を振り返れば、産業革命後のイギリスは富の格差が非常に拡大したため、激しい労働運動が巻き起こって社会主義国化し、200年かけて富の再分配が進んだ(それで停滞したイギリス経済を立て直したのが規制撤廃と民営化に舵を切ったサッチャリズムである)。
また、ロシアや中国では格差の拡大が短期間に起きてしまった。
スイスの金融大手クレディ・スイスがまとめた「富の独占状態」という報告によると、2014年現在で富の独占が最も進行しているのはロシアで約85%に達し、中国は00年の約49%から64%に上昇してこの14年間で最も富の独占が進んだ国になった。
いずれにせよ、世界的な潮流である格差問題についてのピケティ教授の分析や観察はその通りだろうと思う。
だが、ピケティ教授が格差拡大の解決策として資産に対する累進課税を主張していることには同意できない。
その問題点は、今の日本の状況を見ればよくわかる。
たしかに日本は、世界的に見て富の再配分が最もうまくできている国のひとつである。
累進課税によって、イギリスと同じようにどんどん社会主義国化したからで、前出のクレディ・スイスの報告によれば、富の再分配が最も進んでいる国はベルギー(47%)で、第2位が日本(49%)だ。
富の独占率が50%を下回ったのは、調査国中この2か国だけだった。


4、私は、職業によって税制面で優遇されたり、所得が少ないからといって所得税を免除されるというのはおかしいと思う。
みんなで負担し、みんなでメリットを享受するという民主主義の原則から外れるからだ。
活気のある社会を維持するためには、所得に応じて負担することで国家や自治体の公共サービスが受けられるという制度にすべきだろう。
今、多くの日本人は「皆が等しく貧乏になっていく」という現状に閉塞感を覚えているのではないかと思う。
果たしてそれでいいのか、ということが問われているのである。


5、21世紀の国際競争とは、すなわち優秀な人材の取り合いである。
しかし、日本はそこに参加することさえできないだろう。
日本の所得税の累進税率や相続税の税率を聞けば、日本に住みたいと思う優秀な外国人はいないからである。
相続税がさらに増税される15年以降は、日本の富裕層も相次ぎ海外に移住していくだろう。


6、そもそも日本の場合、資本収益率が極めて低くなっているため、格差はさほど拡大していない。
不動産が大きく値上がりしたのは、バブル時代の1980年代末までだ。
それ以降ほぼ横ばいで、大半の地方では下がっている。
金融資産も90年代半ばまでは4~5%で回っていたが、今や定期貯金の金利は0.4%以下で、それより金利が高い商品は特例的に預入期間が短いかリスクがあるかのどちらかだ。
つまり、日本の場合、90年代後半以降の経済成長率と資本収益率はどっこいどっこいで、ほぼゼロかマイナスなのだ。
したがって、日本国内で「資産を増やす」のは至難の業になっている。
たしかに、日本で格差が拡大しているかのように見えるデータもある。
たとえば、「相対的貧困率」(所得水準の「中央値」の半分以下の所得者の割合)や「ジニ係数(所得分配の不平等さを表す指標。0から1までの数値で示し、1に近いほど所得格差が大きい)といった経済指標がそれだ。
しかし、日本で格差が拡大していることを示す現象はどこにもない。
海外の場合は欧米でも中国でも格差が目に見えて広がっている。
たとえば、宮殿のような大邸宅がある一方で、ほとんどの大都市にはスラムがある。
しかし、そういうものは日本ではあまり見かけない。
町の中に失業者やホームレスがあふれているわけでもない。
かたや近年の日本で大金持ちになったのがどういう人かといえば、企業の創業者で株式公開をした人や親から株をもらってキャピタルゲインで儲けた人が中心で、ごく少数だ。
このように、マクロ経済の指標ではなくミクロ経済の視点から実際の世の中を観察すると、日本の格差はそれほど拡大していないことがわかる。
それどころか、私は日本は世界で最も公平で富の集中が少ない国、言い換えれば世界で”最も社会主義化した資本主義国”だと思う。
だから資産家に対して累進課税で高税を課すべきだというピケティ教授の主張は、全く当てはまらないと考えている。


7、いま財務省は何としても消費税率を10%に上げたいから、資産課税強化は二の次だと思う。
安倍首相の発言は、そうした財務省の意を受けてのものかもしれない。
私は、消費税についてはピケティ教授と違って予定通り10%に増税すべきという意見だ。
ただし、最終的な消費に対して課税する消費税ではなく、経済活動に伴って発生する付加価値(富の創出)に対し、すべての流通段階で一律に広く課税する付加価値税Value Add Tax)を導入すべきだと考えている。
その税率を10%とすれば、日本の付加価値の総額÷GDPが約500兆円だから、税収は50兆円になる。
私の案は、預貯金や株式などの流動資産と不動産などの固定資産に対し、それを相続した人も含めて一律にフラットな税率で課税するというものだ。
そうすれば資産リッチな高齢者やその相続人から多く取り、資産プアな若い人からは少なく取ることになる。
そうやって所得ではなく資産に課税する税制が、成熟して所得は増えないが資産の大きい日本には最もふさわしい制度となる。
成長期に伸びしろのある所得に、成熟期には所得ではなく資産に課税するというのは常識だ。
日本の個人・法人の流動資産と固定資産は合計約3000兆円とされているので、これに時価の1%を課税すると、税収は約30兆円になる(企業が生産や営業のために持つ資産には課税しない)。
付加価値税と資産税の合計は約80兆円。
国の一般会計予算が約100兆円だから、20%カットすれば所得税法人税相続税など他のすべての税金を廃止しても帳尻が合う。
国債を減らしていくために資産税を一定期間は1%ではなく1.5%にするとか、付加価値税を15%に上げるといった”苦渋のトンネル”が必要かもしれない。


8、最近は定年退職後の年金支給開始年齢が遅くなっているため、その間に住宅ローンが払えなくなったり、貯蓄を食いつぶしてしまったりする「老後破産」という現象も出てきているが、まだ大半の日本人は、人生の終わりには、きれいに負債がなくなっているのだ。
しかも、2人以上の世帯では、持ち家率は30代で50%、40代で75%、50代で80%を超え、60歳以降は90%に達している。
これほど持ち家率が高い国は世界でもほとんど例がないだろう。


9、いま35歳以下の人たちは、物心がついた頃から「失われた20年」の暗いデフレ不況しか経験していないので、大多数が住宅ローンだけでなく結婚や子供など、すべてのリスクや責任を背負い込みたくないという意識になっている。
会社でも、さほど給料は上がらないし自分がやりたいこともやれないのに責任だけ重くなる役職には就きたくないという若手が増えている。
私たちの世代は、誰もがとにかく出世して最後は社長になりたいと思っていたものだが、そういうアンビジョンは、もはや日本の大半の若者にはなくなってしまったのである。
その上、これから日本は人口減少と超高齢化がますます進んで経済が縮小することは避けられない。
それを潜在的に感じているから、リスクを背負いたくないのだ。
今や日本は個人金融資産が約1600兆円、企業の内部留保が320兆円に膨らみ、その一方で、国の借金(政府債務残高)はGDPの2倍にあたる1000兆円の大台をとっくに突破している。
要するに、日本の問題はハウス・オブ・デットではなく、むしろ「カントリー・オブ・デット(借金漬けの国)」なのである。
コインの裏側から見れば、個人や企業の貯蓄を国がせっせと使い込んでしまっている、ということだ。
国債の暴落が起きれば、個人の貯えが瞬時に消失してしまう、という危険な関係と言ってもいい。


10、ただし、日本は相対的に見て金持ちの少ない国である。
東京は世界でも1億円以上の資産を持っている人が最も多い都市と言われているが、その中身は不動産が中心であり、しかも10億円以上、100億円以上のレベルになると一気に減って、ニューヨークやロンドン、シンガポールなどより格段に少ない。
つまり、「ちょい高」以上の本格的な高値志向には、なりようがないのだ。
そもそも、安倍首相が「最低でも物価を2%アップさせてみせる」と言い、それで日本銀行が2%の物価上昇率目標を導入したのだから、それ以前と比べれば、否が応でも「ちょい高」にならざるを得ない。
しかも、円安によって原材料を輸入に頼っている食料品などは、続々と値上がりしている。
さらに、2014年4月から消費税が8%に上がったことで、おのずと何もかもが「ちょい高」になり、国民の生活は厳しくなっている。


11、経済学者やエコノミストが往々にして間違えるのは、マクロ経済指標では未来を予測できなくなっているからだ。
しかし、未来を正確に予見できる指標が、ひとつだけある。
モグラフィ(人口統計学)だ。
このままいけば、今後30年、40年経っても日本の労働力人口(15~64歳)は増えず、高齢化だけが進むことが確実に予測できる。
そして、この人口減少こそ、日本が直面している最大の問題である。
何が問題なのかといえば、ここまでの人口減少を経験した国は未だかつてないにもかかわらず、日本政府はそれを克服するための抜本的な対策を何も打ってこなかったことだ。
人口減少が予測される場合、他の国々では様々な対策をとって人口減少を少しでも食い止めるべく努力してきた。
たとえば、後述するように、フランスやスウェーデンでは子供をたくさん産むことができるように手厚い育児給付金を出したり税金を優遇したりしている。
あるいは、海外から移民を受け入れて、労働人口を支えている国も多い。
しかし、日本の場合は、そのいずれも本格的にやっていない。


12、人口減少という問題に関して言えば、いま日本が抱える最大の課題は戸籍制度にある。
今は、いわゆる「できちゃった婚」が結婚の半分以上を占めるとされているが、戸籍という大きな縛りがあるために、妊娠した場合には「できちゃった婚」をするか、「中絶」するかを選択するよう迫られる(実は、出産よりも堕胎した数の方が多いのではないかという推計もある)。
そのほか、結婚せずに子供を育てていくシングルマザーという選択肢もあるが、現状の社会制度では生活が困窮するのは避けられない。
フランスや北欧では、すでに40年前に戸籍を撤廃し、事実婚が社会的に認められている。
そもそも、世界的に見れば、戸籍があるのは中国、韓国、そして日本だけである。
そして、この戸籍という制度が、子供を増やしていく上での問題となっている。
かつて高度経済成長期には「人口ボーナス」というものがあった。
すなわち、団塊の世代をはじめとする人口の多い世代が就職し、税金を払うことで、国の財政を支えてきた。
国家の借金があっても、それを将来返していく人間が大勢いたのである。
ところが、今は人口ボーナスどころか、人口の増加がピークを越え、逆に人口の減り方が激しいために、税金を払う人が激減し、ますます国の借金を返すのが困難な状態になってきている。


13、私はアメリカのUCLAで公共政策を教えているが、地域国家論というテーマを論じる中で、地方経済を反転させた例はひとつもない。
後で詳しく検証するが、ほとんどの国が取り組んでいるのは、地方ではなく都市の再生なのである。
となれば、いま政府が進めている「地方創生」政策も、大きな成果は期待できず、むなしい結果に終わるだろう。
あとは、国全体で「成長しなくていい、そこそこの生活で満足する」という、いわば”1億総「低欲望社会」”でしのぐ選択もあるが、それではますます税収が落ち込み、莫大な国家債務を抱える日本は、国債デフォルト(債務不履行)、ハイパーインフレになるリスクにさらされることになる。


14、少子化問題を考えるにあたって、大きな障害となっている戸籍制度だが、そもそもこの制度自体、今では意味がなくなっている。
戸籍がいかに意味がないかを示す好例は、自分の本籍地の場所を皇居にしている人が300人ほどいるという現実だ。
同じく、富士山山頂を本籍としている人も300人程度いるという。
本籍地をどこに移しても許されるのであれば、そんなものはなくても同じである。
昔は、「家」を基礎単位としており、本家と分家が明確に分かれて、その関係性や序列が重視されていたが、今は核家族化が進む中で多様な家族形態があり、結婚して家庭を持てばそこが登録すべき「家」=本籍となる。
それはすなわち住民票である。
それと別個に戸籍を登録する意味は全くない。
さらに現在、国は住基ネットをベースとして「マイナンバー制度」を導入しようとしているが、後述するように、住基ネットマイナンバーもあまりに問題が多すぎて、税金のムダ遣いだ。
私は20年以上前から、国民一人一人が生まれた瞬間から個人情報をすべてデータベース化して、国家が一括して管理・保護する「コモンデータベース」の構築を主張してきたが、マイナンバーはその発想とは似て非なるものである。
実は、海外ではすでに私が構想したものと似たようなデータベース化が進んでいる。
なかでもバルト3国の一つ、エストニアはまさに世界で最も進んだeガバメントを実現している。
それに対して、明治時代の制度そのままに維持されている戸籍は、つい最近までカタカナで書かれ、紙縒りで綴ることが前提になっていたため、データベース化もされていない。
まさに前近代的な”遺物”である。
制度や国の政策がどれほど国民一人一人の生き方を規定するものか、それはまさに各国の婚外子の問題を見れば分かる。
フランスでは、法的に婚外子が認められるようになったために、1980年には11%強だった婚外子の割合が、現在では55%強に増えている。
イギリスも同様に、80年に11%だったのが5割近くに、オランダなどはたった4%ほどだったのに45%ほどまで増加している。
やはり、制度を作り、給付金を増やして、その結果として少子化に歯止めをかけているのである。
それらの国々に比して、未だに戸籍制度に固執したまま少子化対策に何も現実的な手立てを打てずにいる日本は、もはや世界遺産特別天然記念物に指定してもよいのではないだろうか。
その上、戸籍に入れられない=結婚できないから堕胎するというケースは表面化していないだけで、非常に多いと推測されている。
この問題のほうが、社会的に極めて大きいと思う。


15、今後それらの制度的な改善が見られないまま出生率の上昇が見込めなければ、人口減少をカバーするために移民を受け入れるしかなくなる。
そこで図表15を見ていただきたい。
これは、OECD諸国の総人口に移民が占める割合を示したものである。
ルクセンブルクが突出して42%、続いてスイス、オーストラリア、イスラエルニュージーランド、カナダなどが20%台となっている。
日本はわずか1.1%で、最低レベルだ。
論理的に考えれば、少子化が進み、人口減少が避けられないなら、国力を維持するためには移民を受け入れるしかない。
にもかかわらず、移民を受け入れない。
国の借金が増える一方で、返す人が減るのだから確実に日本の財政は破綻する。
それも嫌だと言うのなら、税金をとんでもなく高くして、その税収で政府債務を減らし、今後いっさい借金をしない国になるしかない。
一方、移民大国アメリカも、ほぼ年間100万人の移民を受け入れている。
アメリカの持続的成長は、こうした移民による人口増と高度人材の集中によって支えられている。
そのほかに相当数の不法移民がいるし、留学生の数もアメリカが世界一で、世界の留学生の16.4%はアメリカへの留学生が占めている。


16、私は以前、『新・大前研一レポート』で、次のように国籍法を提唱した。
「夫婦どちらかが日本国籍を有する場合、その子供には日本国籍を与える」。
「夫婦が共に外国籍の場合も、子供が日本で生まれ、または日本で義務教育を修了した場合には日本国籍を与える」。
「日本に移民をしてきた外国人に2年間、日本の言葉、文化、法律、社会常識などの教育を無料で提供し、修了した者には永住権(米国でのグリーンカードに相当)を与える」。
移民政策の具体的なやり方については、第3章で改めて解説するが、私はこうしたことを20年以上も前から主張している。
しかし、日本政府は何もやろうとしていない。
社会が変わらなければ、人口動態た示す通りの未来がやってくる。
突然起きるのではない。
これらは、ずっと前からわかっていることなのだ。
政府が戸籍制度を廃止して、コモンデータベースを構築しない限り、子供が増えることはない。
しかもそれらは制度ができてから成果が表れるまで20年もかかるから、すぐにも取り組まなくてはいけない。
また、対症療法ではなく、長期的政策として移民受け入れ体制を整えなくてはならない。


17、従来の日本人と全く価値観の異なる”物欲・出世欲喪失世代”の出現は、実はコンビニエンスストアの普及と密接な関係があるのではないか、と私はみている。
コンビニは1日500円で何とかなる社会を作り出した。
つまり、1日1食か2食を、おにぎりやパンも含めたコンビニ弁当で済ませれば、500円玉1枚あったら生きていけるのだ。
フリーターやニートには、定職に就いている人のようなきちんとした時間の概念や朝・昼・晩のリズムがなく、空腹になった時にコンビニで安い弁当を買って食べるという生活をしている人が多い。
そうすると、多めに見積もっても1日の食費は1人1000円あれば事足りる。
1日1000円あれば生きていける社会の中で育ってきた日本の若者たちは、あえて自分に強い上昇志向がない限り、「低欲望」になってしまう。
それは仕方がないことなのかもしれないと考えた。
また、彼らが「低欲望」になった背景には、親たちが「反面教師」になっている面もあるのではないか、ということも当時から指摘していた。
つまり、ちょうどバブルを謳歌していた彼らの親の世代は、物欲や所有欲、出世欲を満たすためにガツガツと働いていて、ある意味「えげつない存在」として彼らの目に映っていたのではないか。
しかも、親たちは表面的には派手な生活をしているように見えて、結局は住宅ローンの返済に追われ、現実にはあまりハッピーそうではないのである。
楽しそうな夫婦の会話もほとんどない。
仕事一本やりの父親は、出世競争に明け暮れて、家庭を顧みようともしない。
自分はああはなりたくない。
あくせく働かずにのんびり生きよう、そんな潜在意識があるのかもしれないと分析していた。


18、いま日本の若者の間では新たに「プア充」なるものが話題になっているという。
お金や出世のためにあくせく働くのではなく、収入が低いからこそ心豊かに生きられるという考え方である。
だが、それと似た傾向があった海外の国々では、いずれも長続きしていない。
たとえば、1980年代のスウェーデンは高度福祉社会になった引き換えに国民負担率が80%近くまで上昇した。
経済は91年から3年連続で実質マイナス成長を記録。
重税に喘ぐ国民は「こんな小さな国で頑張ってもしょうがない」、「カネはなくてもグッドライフは手に入れられる」と諦観し、当時猛烈に働いていた日本人に対しては「あくせくしすぎ」、「あのような国にはなりたくない」と冷ややかな見方をしていた。
隣国デンマークも同様の状況だった。
1970年代までのイギリスも、よく似た状況に陥った。
「揺り籠から墓場まで」の高福祉国家になって社会が活力を失い、基幹産業を国有化した結果、国際競争力がなくなって斜陽の老大国となり、1人あたり国民所得が年々減少していった。
大志ある若者はアメリカに渡って勝負するようになった。
いわゆる「イギリス病」である。
しかし、それらの国の「プア充時代」は、長くは続かなかった。
国全体に「プア充でいい」という雰囲気が蔓延したら、その国は沈没してしまう。
そのため、いずれの国でも現役世代を支援し、働く意欲を引き出す政策に取り組んだからだ。


19、かつてスウェーデンの年金給付額の算定方式は、あらかじめ受給する年金給付額を決め、それに合わせて後から現役世代の負担を調整する「給付建て(確定給付型)」だった。
今の日本もそうだが、これでは、現役世代は年金保険料を払いたくなくなる。
「今の高齢者のために重税を背負わされている」という感覚が強くなるためだ。
そこで、現役世代が将来もらう金額は「掛け金建て」(確定拠出型)に基づいて計算する方式(みなし掛け金建てと呼ばれる)に切り替えた。
この制度なら、自分が負担した保険料は自らの老後に直結する。
それによってスウェーデンは若者の年金離れを食い止めることに成功したのである。
雇用については、企業の競争力を強くするため、雇用を守らせる政策から、不要な人は簡単にクビにできる政策に大転換した。
その代わり、クビになった人たちを国がトレーニングして再就職できるようにする仕組みを構築した。
では、これから日本はどうなっていくのか。
スウェーデンのように大胆な改革ができるのか?
はたまたイギリスのサッチャーのように強力なリーダーシップで変わることができるのか?
残念ながら今の日本には、両方とも期待できない。
最も現実的な日本の未来は、スペインやポルトガルのようにずるずると没落し、国全体が夕張化、デトロイト化する姿だ。


20、若者たちの欲望がシュリンクしていく一方で、元気な高齢者が目立っている。
日本では、リーダーやトップの高齢化はもはや日常茶飯事である。
たとえば、2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会の会長に就任した森喜朗元首相は77歳、経団連の会長は72歳、日本郵政社長は79歳、読売新聞グループ本社会長はなんと88歳(年齢は、本書執筆時点)。
人の能力やリーダーシップは単に年齢の問題ではないし、72歳になっても現役で働いている私自身が言うのもおこがましいが(私は公職に就いたことがないのであえて言わせてもらうと)、老人トップや高齢リーダーだらけの、”老害シンドローム”こそ、今の日本が直面している問題の象徴にほかならない。

 

21、長生きの日本人は、65歳で引退してから平均15~20年のセカンドライフがあるので、その期間を生き生きと暮らすためには、何らかの目的や刺激、そして仲間が必要になる。
しかし、それを現役時代に生活していた郊外の住宅地で得ることは難しいから、今後はアクティブシニアタウンのような施設がますます求められるようになってくる。
高齢者の問題は、とにかく時間があってヒマなことである。
とくに現役時代に仕事一筋で趣味もなかったような人がリタイアするとヒマを持て余してしまい、もう一度仕事をしたいという人が多い。
昔のようにのんびり静かに晴耕雨読の生活に浸りたいという人は少数派になっている。
結局、今の日本人は、元気なうちはコマネズミのように動き回っていないと気が済まない国民性なのである。
その一方で、若者から中年の世代では「草食化」が拡大している。
それゆえヒマで元気な年寄りが、頼まれたら二つ返事で引き受けて組織や委員会などのトップに就くケースが目立ってるわけで、このパターンはこれからますます増えていくに違いない。


22、欧米では、民間企業のトップがそういうポジションに就く例はほとんどない。
リタイア後は温暖で風光明媚な土地に移住して悠々自適の生活を送るか、せいぜい財団の理事や学校の役員といった社会に貢献する文化活動や慈善活動、エンジェル投資をするくらいだ。
日本でも、創業社長の多くは財界活動から距離を置いている。
パナソニック松下幸之助さん、本田技研工業本田宗一郎さん、ヤマハの川上源一さん、オムロンの立石一真さん、誰も経済団体などのメンバーにはなっていない。
私が知る限り、自分で起業した創業者たちは財界の付き合いは勘弁してほしい、財界活動をやるようになったら人生おしまいだ、というメンタリティだった。
例外は「日本を何とかしなきゃいけない」という思いで経団連の会長を目指して世界を駆け巡っていたソニー盛田昭夫さんくらいだろう。
現在でも、新経済連盟を創設して代表理事を務めている楽天三木谷浩史さんら一部を除き、ファーストリテイリング柳井正さん、ソフトバンク孫正義さん、日本電産の永森重信さんら多くの創業社長はやはり本業メインで、財界活動や自分の専門外のことには首を突っ込まないようにしている。
この人たちは、他人の面倒を見る時間があったら、それをもっと自分の会社を成長させるために使いたいという日本のトラディショナルな企業家メンタリティの持ち主なのだと思う。
とはいえ、老人大国・日本では、頼まれたら断らずにしゃしゃり出てくる老人トップや高齢リーダーは、増えることはあっても減ることはないだろう。
これは高齢化社会の物理的現象とも言えるが、やはり異常な光景である。
同時に、これこそが「日本が変わらない」最大の元凶でもある。
自分で汗をかく覚悟も体力もないなら、さっさと変革志向の若者に道を譲り、余生を楽しみながら穏やかに枯れていくのが”老いの美学”というものだろう。
少なくとも、こうした高齢のリーダーたちに、今の「低欲望社会」の問題解決を委ねることができないのは、誰の目から見ても明らかなはずである。


23、前章で見てきたように、日本は人口減少と低欲望社会の出現という未曽有の事態に直面している。
にもかかわらず、日本政府はその現実に有効な手を打てていない。
それどころか、かえって事態を深刻化させるような経済政策(アベノミクス)をとり続けている。
まず第1の矢の「異次元の金融緩和」は、出口戦略が見えない上に、日本銀行の内部崩壊リスクを高めている。
日銀は13年4月に毎月7兆円程度の長期国債を市場から購入して金利を押し下げる方針を決め、それ以降、金融機関からせっせと国債を買いまくった。
日銀が国債買い入れオペの実施を通知すると、入札では買い入れ総額をかなり上回る応募が続いた。
その結果、3メガバンク国債保有残高は大幅に減少した。
バブル崩壊後、政府の求めに応じて金融機関が仕方なく背負ってきた国債という重い荷物を、大喜びで次々と日銀に売りつけているのだ。
だが、かねてから繰り返し指摘してきたように、日本国債はGDPの2.3倍以上も発行されている、ある意味世界で最もリスクの高い国債だ。
これからいっそう少子化・高齢化が進む日本にとって、返せるはずのない莫大な借金である。
通常、中央銀行国債を買い入れる場合は残存期間が5年以内のものを買う。
短期間に償還されていくので、保有リスクが低いからだ。
ところが、いま日銀はあらゆる残存期間の国債を買い入れている。
今後予想される国債暴落のリスクを日銀がどんどん背負い始めているわけである。
ここからは、国債暴落(=日銀の破綻)が先か、経済が劇的に回復して現在の「異次元緩和」を終えられるのが先かというチキンゲームになるが、後者のようにハッピーエンドを迎えられる可能性は非常に低い。


24、第2の矢の「機動的な財政出動」は、これ以上は無理だ。
もう日本に振れる袖はない。
安倍内閣は「2015年度に赤字国債半減、2020年度までにプライマリーバランス黒字化」という歴代内閣の目標を踏襲すると表明している。
すなわち「財政規律の維持」である。
しかしそれを守るなら、財政出動する枠はなくなる。
安倍首相は限られた予算の中で優先順位をつけて変えていくと言っているが、政治家にそんなことができたら、とっくに無駄遣いはなくなっているはずだ。
予算は「票が取れるところ」につけ続けるに決まっている。
安倍政権は14年4月から、特例で現在1割となっている70~74歳の医療費窓口負担を2割に戻したりしているが、そんな小手先の微調整では、財政破綻は回避できない。
財政規律を維持して国債暴落を回避するためには、消費税を予定通り8%から10%へと引き上げるしかなかった。
それどころか近い将来、20%以上にアップする必要もあるだろう。
内閣府の試算では税率を10%にしたとしても、2020年までにプライマリーバランス黒字化を達成することはできないとされているのだ。
ところが、安倍ブレーンの学者たちは「景気の腰折れを避ける」ため、毎年1%ずつ尺取虫のように引き上げるとか、景気が完全に回復するまで待ってから引き上げるなどと言い始め、ついに安倍首相は15年10月に予定されていた引き上げを17年春まで延期することを決めて、「この道しかない!」と総選挙で押し切ってしまった。
しかし、これは単に問題を先送りしたにすぎず、重いツケを後に残してしまっている。
12年度に補正予算などで捻出した10兆円以上の財政出動は、その効果もとっくに切れて、まるで何事もなかったかのような状態である。
13年度には5.5兆円、さらに14年度は3.5兆円の補正予算を組んで経済対策に充てている。
この3年間で20兆円ほどの税金が注ぎ込まれたわけだが、やはりその景気浮揚効果は大いに疑問が残る。


25、第3の矢の「民間投資を喚起する成長戦略」に至っては、今のところ一つも成長につながるものはないと言っても過言ではない。
たとえば、安倍首相自身がしきりに強調する「医薬品のネット販売」は、それで市場が大幅に拡大して医薬品が2倍売れるようになるわけではない。
単にドラッグストアの店舗とネット上のバーチャル店舗が既存の限られたパイを奪い合うだけである。
「大都市圏での建物の容積率の緩和」も理解できない。
容積率の緩和は、以前から私が最も効果的な景気刺激策として提唱してきたことだが、いま出てきているアイデアは「大都市の国家戦略特区」で高速道路の上の空中権を両サイドに譲渡し、そのエリアの建物の容積率を増大させるというものだ。
それにより高層建築を供給しやすくして、外国企業の入居スペースやビジネスマンの住居を整備し、働きやすい環境に整えるという触れ込みである。
しかし、本気で規制緩和するつもりがあるなら、そんな面倒な条件をつけず容積率を全面的に緩和すればよい。
政府の本気度は推して知るべしだろう。
結局、安倍首相の”賞味期限”は、すでに切れてしまったと私はみている。
これから先は残念ながら、3本の矢がことごとく的を外れ、日本が失速する兆候が日増しに強まっていくだろう。


26、日本の問題点をもう一度整理すると、個人金融資産や企業の内部留保が市場に出てこないまま”塩漬け”状態になっていて消費も設備投資も上向かない。
日銀は禁じ手とされる金融機関などからの国債買い入れを増やし続け、すでにGDPの60%に当たる270兆円以上の国債保有している。
日銀に国債を売ってキャッシュがダブついている銀行は、貸出先がなくて株を買うしかなくなり、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)も政府の株価維持策で日銀に国債を売ったカネで株を買い増している。
しかも、日経225などの指定銘柄だけを狙い撃ちしているから、株価指数が上がるのである。
だが、それが実際の企業の業績や経営状況を反映したものでなければ、見せかけの株高にすぎない。
その一方で。政府の2015年度予算案の一般会計歳出総額は、過去最大の96兆3420億円に達した。
前述したように、すでに20兆円もの補正予算を組んだ経済対策をしたにもかかわらず、経済成長率が下がり続けているというのが、日本の実情なのだ。
この窮状から抜け出すためには、戦争を起こすか、歳出を4割カットするか、消費税を20%にするしかない。
その中間案として、とりあえず消費税15%、歳出2割カットぐらいはやれるかと言えば、政治家たちには無理だろう。
官僚も役人の5人に1人は削減しなければならない、ということで猛反発するだろう。
根本的な問題解決策は、私が25年以上前から提言しているように、この国の仕組み(統治機構)を道州制の導入によって中央集権から地方分権に変えるしかないのだが、それは今の中央官僚がいる限り、よほど強いリーダーが登場しないと無理である。
日本人は、一人一人はそれなりに問題意識を持っていても、集団になると「易きにつく」性質を持っている。
もはや、この国の仕組みを変えることは、しばらく諦めるしかなさそうだ。
そうなると、論理的に考えて、アベノミクスの行き着く先は「国債暴落」と「ハイパーインフレ」ということになる。
ハイパーインフレになれば、1000兆円を突破した国の借金も帳消しになる。


27、アメリカでさえこうなのに、日銀が絞り始めたらどうなるか?
出口戦略はあるのか?
これだけ金融緩和をしてしまうと、出口を見つけるのは至難の業どころではないと思う。
少なくともGDPの比率からすればアメリカより日本のほうがはるかに状況はシリアスだし、すでに実質的に日本の国債の利回りはほぼゼロになってきている。
過去に、ここまで金融政策がたるみきった国家はほどんどないが、数少ない例は、第一次世界大戦後のドイツである。
敗戦によって巨額の賠償金を背負わされた当時のドイツは、紙幣を刷りまくってハイパーインフレになった。
刷りすぎたらハイパーインフレを招来するというのは、紙幣も国債も同じである。
アメリカのQE3縮小をめぐる動きの中でわかったことは、少しでも金融緩和縮小の匂いがすると、急激に長期金利が上がるということだ。
日本の場合、日銀が金融緩和を縮小して金利が上昇したら、最初に腹の中が爆発するのはGDPの半分に匹敵する国債を抱え込んだ日銀である。
したがって、今回の黒田日銀の異次元金融緩和に出口はないと思う。
もし黒田総裁が出口を見つけられたら、まさに天才と呼んでいいだろう。


28、安部首相は経済問題も明るく言う。
私が提唱している「心理経済学」の観点からすれば、国民の心理を明るくするのは景気浮揚につながるから良いことだが、後述するように日本経済には本質的で構造的な問題がある。
2020年の東京オリンピックにしても、新聞やテレビが「3兆円の経済効果」と囃し立て、多くの人が「これで景気が良くなる」と期待しているが、五輪開催で景気が良くなるのは途上国の現象だ。
今の日本のような成熟国では、競技場や選手村、交通網などを整備する公共工事に税金を注ぎ込んだ分だけの経済効果しかない。


29、その上、15年4月からは「結婚・子育て資金の一括贈与に係る贈与税の非課税措置」が創設される。
この制度は結婚・妊娠・出産・子育てについて、親や祖父母から1人あたり1000万円まで(結婚費用は300万円まで)の資金を、非課税で贈与できるというものだ。
これも利用する時は教育資金と同じく金融機関に信託する必要があり、結婚・子育て資金の支払いに充てたことを証明する書類(結婚費用や出産費用、ベビーシッター代などの領収書)を金融機関に提出しなければならない。
贈与を受けた人が50歳になった時点で口座に残額があった場合は、やはり贈与税の対象になる。
教育資金と結婚・子育て資金の非課税額は合計すれば上限2500万円になるが、もともと教育資金など生活に必要なお金を親や祖父母が出しても贈与税は課されていない。
従来の生前贈与でも毎年110万円までは非課税だし、「相続時精算課税の特例による非課税枠」2500万円と「住宅取得資金贈与の特例による非課税枠」最大1500万円を一緒に利用すれば最大4000万円まで非課税となる。
そもそも、高齢者の保有する資産を消費拡大へと活用する目的で、特例的に贈与税相続税を非課税にするというのなら、親や祖父母が贈った資金を子供や孫が何に使うかということについて政府が口をはさむこと自体がおかしいと思う。
親や祖父母にもらったお金でゲームソフトを買おうが、スポーツ観戦をしようが、旅行に行こうが、個人の自由ではないか。
「とにかく3000万円までは何に使っても非課税」とすれば、高齢者を中心に貯め込んでいる1600兆円の個人金融資産が一気に子供・孫世代へと移って消費が拡大するはずだ。
なのに、それらをすべて使途限定の”ヒモ付き”にしているということは、逆に言えば、中央の役人たちが規制を緩和したかのように見せかけているだけで、実際には手綱を全く離していないということだ。


30、もし、女性を男性と完全に同格にして本当に活用するとともに公平な税負担を実現したいなら、その方法は二つしかない。
一つは「家庭内総合課税」である。
つまり、一世帯を形成している人たちの中で働いている人の収入は全部合計して”連結決算”にするのだ。
そして、その総収入については、現在の日本で最も多い単身世帯の人たちよりも税率を5%なり10%なり低くするという方法だ。
ドイツなどは、この税制を導入している。
もう一つは「夫婦別々課税」だ。
いま日本では女性のライフコースが非常に多様化している。
昔の女性のライフコースは、学校を卒業→就職→結婚→出産→専業主婦か共稼ぎ、もしくは子育てが終わってから再就職、という具合にほとんど単一的だった。
しかし、最近の女性のライフコースを調べると、未婚化・晩婚化・離婚・死別などの増加によってワーキングシングル、プラチナ(リタイア)シングル、DINKS、DEWKS、リターナー、シニア共稼ぎ夫婦、専業主婦、プラチナ夫婦など10以上のパターンに分かれているのだ。
そういう状況の中で女性の就労を拡大していくとなれば、多様なライフコースに対応した働き方ができるような仕組みを整えると同時に、夫婦別々課税、すなわち夫も妻もそれぞれ単身で独立して稼いだとみなし、夫婦世帯でも単身世帯と同水準の高い税率や保険料負担などを課すのもやむをえないと思う。
そうすると働いている女性たちが税金や年金・保険を自分で払うので、離婚などの自由度も大幅に拡大する。
すでにアメリカでは、全世帯の49%を占める共稼ぎ世帯の場合、女性のほうが男性より給料の高い世帯が25%に達している。
おそらく今後は日本も徐々にそうなってくるだろう。
となると、夫が一家の大黒柱として働き、妻は家庭を守って子育てをするという「サラリーマン家庭の専業主婦」を前提にした配偶者控除は現実にそぐわない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


■ 韓国外交省「日本、節度ない過剰な対応」 徴用工判決
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181107-00000002-asahi-int


これに関して竹田恒泰氏(明治天皇玄孫)のリツイート。 ↓


『韓国外務省のような節度ない人たちから「節度がない」と言われるということは、「節度がある」ということ』。

 


その通り!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


■ 【徴用工】韓国政府高官が駐韓日本大使と会談 河野太郎外相などの韓国非難に「度を越えている」
https://snjpn.net/archives/76671


何が「強制徴用被害者」だ。


そもそも真実は「徴用工」ではない。


募集で集まった人々。


こういう事を平気で言うから韓国は世界から信用されないのだ。


このような発言は”自爆行為”です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■ BOOK OFF で ¥10.210 の買い取り!


ハズレだった「映画 あぶない刑事」のBD&DVDや、もう見ない乃木坂46のDVDや、ハズレだった「映画 アウトレイジ」のDVDや、買ったはいいがもう読む気がしない本や、もう見ない写真集など、計10点で、 ¥10.210 で買い取ってくれました!


6千円くらいかなぁ~~と思っていたので驚きでした!


ホント BOOK OFF って高く買ってくれるよねぇ~~~


いつも驚く!


今月は美容院にカット&ブリーチしてもらうので、この買い取り金額でお釣りがくるくらいです。


家計が助かります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■ 日本政府は民主党とパイプを構築しなければならない。


早急にだ。


2年後の大統領選で、民主党が政権奪還すると思うので。


つくづく「2大政党制」が羨ましい・・・。

 

 

2018/11/07

 

 

 

 

 

HP 「Aki's Bar」
http://aki-s-bar2.webnode.jp/

スマホからは見れません。